先住民同士の戦いビーバー戦争
現在のオハイオ州にあたる地域では、古代より多くの先住民の部族が共存していたが、17世紀中期、銃を扱うイロコイ族によりそのほとんどは一掃された。イロコイ族はもともと、ビーバーを始めとする毛皮をフランス製のビーズなどと交換して生活していた。しかし、18世紀に入りビーバーが絶滅寸前になると、今度はフランス人たちが同地に移り住み、自身の貿易拠点を築いた。
18世紀後半、フランスはイギリスとの植民地争いに敗れ、領地をすべてイギリスに譲ることに。しかし1776年、独立戦争でイギリスが敗れ、同地を含む一帯は今度は合衆国領となる。1803年、17番目の州として合衆国に加盟。その後、合衆国とイギリスとの関係が再度悪化し、米英戦争に発展する。
1812年、エリー湖上でオリバー・ペリー海軍大佐率いる合衆国軍がイギリス軍を撃破し、戦いに終止符を打った。このオリバー・ペリーの弟が、江戸幕府に開国を迫ったマシュー・ペリー。
8人の大統領を輩出したオハイオ王朝
1825年、エリー湖とオンタリオ湖を結ぶエリー運河が開通し、工業化が飛躍的に進んだ。1837年にはプロクター&ギャンブル社も設立されている。南北戦争後にはジョン・ロックフェラーがオハイオ川とミシシッピ河をつなぐオハイオ運河の拠点、クリーブランドにスタンダード石油を設立。翌年には、アクロンにB・F・グッドリッチがゴム工場を開設したことを皮切りに、同市はタイヤ製造のメッカとなり、1900年にはファイアストーン社が創立された。
同州出身の大統領は多く、第9代のウィリアム・ハリソンに始まり、18代グラント、19代ヘイズ、20代ガーフィールドと、1869年から81年まで3代続けて同州出身者が大統領に。25代のマッキンレー、27代タフト、そして29代ハーディングも20世紀の大統領として在任した。