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ミスター世界の食文化紀行

"ミスター世界"こと、関根正和さんによる「食」に関するライトハウスの人気コラム。食体験にまつわる楽しい話題や、移民の国アメリカならではの当地のレストラン情報をご紹介します。世界各国の珍しい食材や独特な調理方法、料理の特徴など、読めば新たな発見があるはず!

ミスター世界…世界230以上の国・地域を旅し、本場の食体験と、LA界隈の4000軒以上のレストラン食べ歩きの経験をもとに、食文化評論家として活躍。

ミスター世界
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世界にひろがるロースト・ビーフ

ミスター世界(関根 正和)

鎌倉に、ローストビーフの老舗で、有名な店がある。そこに行ってみた友人が、ひとりまえ6千円で注文して出てきたローストビーフがあまりに薄くて小さいので、つけ合わせはいらないから肉だけもう1枚追加してくださいとたのんだら、薄い肉がもう1枚でてきて、請求書はちゃんと1万2千円になっていたそうだ。

それで、おいしかったのかどうかは話題にならなかった。
日本ではこういうハイカラな食べものはいまだに値段が高いようだが(ハイカラってわかりますか?)、ホンバはイギリスである。

ロンドンでローストビーフの有名店といえばSimpson in the Strandで、
肉質といい焼きかたといい、さすがであった。
もちろん店の造りや風格にもおそれいる。
ちなみに値段は現在21ポンド(約38ドル)で、もちろん量はたっぷりである。

ローストビーフは、家庭で焼くばあい、リブロースRib roastなどの牛肉のかたまりに
塩コショウをすり込み、オーブンで時間をかけて(大きさにもよるが1〜2時間)ゆっくり焼く。
それを薄く切ってグレービーをかけ、ヨークシャー・プディングを添えて食べるのがならわしだ。
オープンファイアでさっと焼いたステーキとはちがい、肉のうまみが封じ込められ、
しっとりした柔らかさ、ジューシーさ、脂身のうまさと、肉の表面がわずかに焦げた香り、
そのあたりが魅力である。
ヨークシャー・プディングなるものは、いわば、巨大なシュークリームの中に
クリームを入れるのを忘れちゃったみたいな、ヘンテコな食べものだ。
だがグレービーでグチョグチョにして食べると、見た目は悪いがまずくはない。

ところで、焼きあがったローストビーフのかたまりから肉をナイフで削り取ることを英語でcarveするというが、イギリスでは家庭でローストビーフを焼いた場合、そのカーブする作業は、料理をした主婦でもないし召使いでもない、その家のあるじだというのはご存じだろうか。カーブするための大きくて鋭利なナイフは、使用人はもちろんのこと、ひょっとしたら奥さんだってうっかり渡したら自分に切りつけてくるかもしれない。そういう時代のヨーロッパのなごりなのである。

もっとも、いまでもそうする習慣が残っているのは、ローストビーフはもてなしの料理ゆえ、
お客に最大限のもてなしをデモンストレーションするために主人みずからがカーブするということなのかもしれない。

アメリカは当然、イギリスの文化伝統をうけついでいるから、ローストビーフはアメリカの食文化でも重要なポジションをしめている。ラスベガスのホテルなどの豪華なバフェーにはローストビーフが欠かせないのはそういうわけだ。プライムリブというものも、アメリカ版ローストビーフといってもいいものだ。プライムリブという部位があるわけではなく、リブ(あばら骨)部分の肉の最上級のものをそういう。これを薄くカットすればイギリス風ローストビーフということになり、Lawry'sなどのプライムリブ専門店で、English Cutと称するのがそれだ。

Lawry'sは、LAが世界に誇ってもいいプライムリブの老舗で、アメリカ各地やシンガポールなどのほか、2、3年前に東京にもオープンした。この東京の店は、日本では老舗でないぶん、
値段はハイカラ設定ではなくわりとリーズナブルで、人気がある。アメリカでほかに僕がいままでに食べたローストビーフのなかでは、ニューヨークのWollensky's Grillが印象深い。

フランスでもローストビーフは人気のある食べものだが、イギリス発祥の食べものよろしく、「rosbif」と英語の「roast beef」の発音をそのままフランス風にスペルしているところが笑ってしまう。

ああ、そんなことはどうでもいいけどローストビーフが食べたくなってきた。

(2005年11月1日号掲載)