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ミスター世界の食文化紀行

"ミスター世界"こと、関根正和さんによる「食」に関するライトハウスの人気コラム。食体験にまつわる楽しい話題や、移民の国アメリカならではの当地のレストラン情報をご紹介します。世界各国の珍しい食材や独特な調理方法、料理の特徴など、読めば新たな発見があるはず!

ミスター世界…世界230以上の国・地域を旅し、本場の食体験と、LA界隈の4000軒以上のレストラン食べ歩きの経験をもとに、食文化評論家として活躍。

ミスター世界
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オムレツと世界遺産

ミスター世界(関根 正和)

ユネスコの世界遺産。

どんどん数がふえていて、僕にいわせれば、観光的見地からすると、ちょっと安売りしすぎなのではないかとさえ思う。
自然遺産として貴重な自然を保存しようというのはわかるし、文化遺産として歴史を将来に伝えようというのもよく理解できるが、観光客として訪れたばあい、視覚的に、または体感的に、おおきな感動を覚えるかどうか、というとかならずしもそうとはかぎらない。

そのなかで、モンサンミシェルLe Mont Saint Michelこそは、観光客として訪れてみて、もっとも感動をあじわえる世界文化遺産のひとつである。
フランスはノルマンディーの沿岸、周囲の土地もまっ平ら、海はもちろんまっ平ら、その海の中の孤島にそびえたつ修道院の、美しく、ちょっと不気味なシルエット。
写真やポスターをみてもわからない。あの空間に立って、あの島と、空と海を同時に眺めることによって、世界でまたとあじわえない不思議な感動をおぼえる。

オムレツと世界遺産とどういう関係なんだ? と思われたでしょう。
じつはモンサンミシェルのオムレツについて書きたかったのです。
その島の中、修道院にのぼる参道には、多くのみやげもの屋や食堂が連なるが、そのひとつに1888年からやっているLa Mere Poulardがある。ここのオムレツこそ、全世界につとに有名なモンサンミシェルのオムレツなのである(いまは参道のほかの店でもみんなマネしてやってるが)。
むかしのままの木造のキッチンでは、チャッチャカチャッチャカと独特のリズムで、おおきな金属のボウルで卵を泡立ている。そしておおきな暖炉に柄のながーいフライパンを入れて、オムレツを焼く。
できあがったオムレツは巨大で、二つ折りになってでてくる。
泡立ててから焼くので、フワーッとしたところが特色である。
さて味はどうか、というと、特別におどろいたという記憶はない。
巨大すぎて辟易したのかもしれない。

じつは、オムレツならば、僕はパリのカフェで食べるものがいちばん好きだ。
夏のパリは、朝から歩道にテーブルが出て、朝食petit djeunerが食べられる。
すがすがしい朝の空気とマロニエの木漏れ日、バゲットかクロワッサンにカフェオレ。だからパリはやめられない。

そしてオムレツ。

目玉焼きや半熟でもいいのだが、それはどこの国で食べても大してかわりはない。パリのオムレツomeletteは特別なのである。
フワッとはしていない。薄焼きで、表面はきつね色に焼きあがっている。まず、そこのところの香ばしさがいい。
薄焼きなんだけど、中心はトロッと半熟である。これが、中まで硬ーく焼いちゃうアメリカのオムレツとは大違いである。
そもそもフランスの卵は、香りがいい。そして、焼くときにつかうバターがまたアメリカとはちがうのだ。
できあがったオムレツはオムレツとしてもうこれ以上望めない。
中にはチーズやオニオン、トマトなどを入れてもらうことはできるが、僕はnatureつまりプレーンが好きだ。
だって、いちばん卵の香りがよく味わえる。
そして、海の塩をパラパラとかけ、コショウもちょっとふる。僕はアメリカではオムレツにはいつもケチャップだが、フランスではかけない。
卵の香りを楽しむためだ。
もう、朝食だけ食べにいまからパリに行きたい!

ところで、スペインのトルティーリャtortillaもうまい。
は? なぜ突然トルティーリャ? と思うかもしれないが、メキシコではトウモロコシの粉を練って焼いたものだが、
スペインではオムレツのことをこう呼ぶのである。
ジャガ芋を入れて、ワインのつまみとして食べる、タパスのひとつである。赤ワインとよくあうのだ。
じつは、日本のホテルなどで食べられる、あの木の葉型の半熟オムレツ、あれも世界に誇れるおいしさだと思う。

たかがオムレツ、されど世界の貴重な食文化遺産なのである。

Photo by Masakazu Sekine

(2006年8月16日号掲載)


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