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ミスター世界の食文化紀行

"ミスター世界"こと、関根正和さんによる「食」に関するライトハウスの人気コラム。食体験にまつわる楽しい話題や、移民の国アメリカならではの当地のレストラン情報をご紹介します。世界各国の珍しい食材や独特な調理方法、料理の特徴など、読めば新たな発見があるはず!

ミスター世界…世界230以上の国・地域を旅し、本場の食体験と、LA界隈の4000軒以上のレストラン食べ歩きの経験をもとに、食文化評論家として活躍。

ミスター世界
ミスター世界

ビストロ! ビストロ!

ミスター世界(関根 正和)

今年二回目のパリ。
10月後半というのに、25℃前後と、異常な暖かさだ。
普通だったら10度くらいなのに。
これも異常気象なのだろうか。
緯度が高いパリは、秋も深まると、夕暮れが早く訪れる。
昼間のパリも文句ないが、夕暮れのパリはうっとりする。
うっすらと青さが残る空に、高さがそろった美しいビルたちが、
それぞれ下からライトをあてられて清清と浮かび上がっている。
そのビルたちの一階には、カフェやビストロが軒を連ね、
赤か黄色のネオン管で控えめに綴られた店名が、マロニエの木々のむこうに見え隠れする。
よし、あのビストロでメシ喰おう!!

〝Bon soir, monsieur!〟
道路に張り出したテラスのテーブルに座る。
テラスといっても、夏とちがって、まわりをキャンバスで囲ってある。
でも今夜は暖かい。
開け放った窓から、反対側のカフェの赤いサインや、行きかう人々、車が見える。

さあ、なにを食べよう。
前菜は、「三種類のさかなのカルパッチョ」にしよう。
メインは肉にして、と…。
Entrecote(子羊の背肉のグリル)、デイジョン・マスタードソース、ソテード・ポテト添え、これがいい。
「ワインは何にしますか?」
〝Un verre de vin rouge, 'sil vous plait!〟
そう、こういう店はいちいちワインリストを見て頭をひねることはない。
赤ワインをグラスで!
これだけで、ウェイターがいろいろあるハウスワインの中から、適当な赤を選んで持ってきてくれる。どこの産だってかまったこっちゃない。
到着した赤ワインを一口すする。
フッと笑いが漏れる。
負けるねー、かなわないよ。
三種類のさかなのカルパッチョ、なんだかわけがわからないが、
おそろしく香りのいいグリーンのソースとともに美しく皿に盛り付けられている。
まったく、さかなには白ワイン、肉には赤ワイン、なんて決めつけちゃっている人がかわいそうだなあ。

つづいて登場、僕の子羊ちゃん。
もう皿の上に置いているだけで肉汁が噴出してきそうなジューシーさ。
口のなかに入れれば、まさにほとばしる肉汁。かすかに乳の匂いがする。
日本の霜降り肉が最高と思っている人からすれば、びっくりするような歯ごたえ、心地よい弾力。
世界最高のフランスのバターでソテーして、ほんの少し角が焦げたポテト。
これ以上のいい香りがあるだろうか。

〝Un dessert?〟
もうすでにお腹は一杯。でもここでデザートを食べずに帰らりょか。
〝Jous vous recommedais un tart de poire.〟
梨のタルトがお勧めか。ちょっと重いかな。
でも秋の味覚、試してみよう。
頼んだとたん、間髪入れずでてくる。なんだ作り置きか。
サクッ。
あれ? この軽さはいったいどうしたことだ? しかもちゃんと温かい。
お勧めなので、どんどん作っているのにちがいない。
作りたてじゃなきゃ、こんなに軽く、温かいはずがない。
ここでもフランスのバター、フランスの小麦粉、フランスの梨が力を発揮している。
残念ながらLAの多くの店ででてくるタルトは、重くて甘くて、こういうふうにいかないんだよねえ。

Caféを注文。そう、店のほうも、アメリカのように、デザートと一緒にコーヒーかカプチーノを飲むか?なんて聞いてこない。
これで58ユーロ。悪くないね。

フランスの食事は三ツ星レストランでコース料理? それともカフェでオニオン・スープ?
どちらもいいけど、こういうビストロの気取らない料理、でも世界最高レベルの味、いいですねえ。

註)ビストロ=BistroともBistrotとも綴る、気軽な中級レストラン。ロシア語で「早く!」という意味で、露仏関係が密接なころ、パリに滞在していたロシア兵たちが店に入ってきて、「早く料理を持って来い!Bistro! Bistro!」と叫んだことからきている。

(2006年12月1日号掲載)


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