アムトラックでシアトルからロサンゼルスへ大陸縦断鉄道の旅

ライトハウス電子版アプリ、始めました
山と山の間を走るアムトラック

Photo:©Courtesy of Amtrak

旅の本当の楽しみは、目的地だけではなく、旅をする時間そのものにもあります。たまには、旅の移動の時間をもっと贅沢に過ごしてみませんか。大陸を縦断するアムトラックのコーストスターライト号で、語り尽くせないほど思い出に残る旅へ。

【ライトハウス2014年秋増刊号掲載 / 文:込山洋一(ライトハウスCEO)】
「ライトハウスの特集はどうやって決めるのですか」と聞かれることがある。その答えで言うと、メンバーから半年ごとに企画案を募り、300本超から議論して絞り込む。ネタには困らないけど、絞り込むのは毎回悩ましい。そんな中から選ばれたコーストスターライト号でシアトルからロサンゼルスに36時間かけて南下する旅。「オレ、行こうか(行きたい!)」、頼まれていないのに手を挙げていた。
 
昨年の夏、息子とロサンゼルスホテルからサンフランシスコに行くアムトラックの旅で味をしめて、もっと北に行きたいと思っていた矢先だった。

※この記事はライトハウス2014年秋増刊号掲載の情報を基に、2023年3月時点の情報で更新しています。

シアトルから出発(シアトル~ポートランド)

シアトルのキングストリート・ステーション

(写真左)シアトルのキングストリート・ステーションは、2013年に改装して昔の待合室を再現。旅の趣きたっぷりだ。(写真右)いざコーストスターライト号の旅へと電車に飛び乗った。

シアトルのキングストリート・ステーションに到着したのは出発1時間半前。荷物を預けて、出発30分前に並び始めたところで、「停電により遅延」とアナウンス。日本のように「お急ぎのところ申し訳ありません」的な誠心誠意はなく、むしろ駅員のオバさんはピリピリ怒っていた。ワイルドな旅を予感させるようでワクワクする。
 
アムトラックは幸い15分遅れで乗車。「ようこそ!」、トム・ハンクスに声がそっくりの客室乗務員のジェイが迎えてくれた。個室は向かい合わせのシートをスライドすると、フルフラットのベッドになる。2人利用の場合は、車窓の上に畳んであるベッドを倒して、2段ベッドにする。かなり頑丈な作りだ。

シアトルのキングストリート・ステーション

(写真左)1906年開業のキングストリート・ステーション外観。(写真右)次から次へ、アムトラックの車窓にワシントン州の澄んだ湖が現れる。

アムトラックが動き始めたら、早速車内を探検。寝台車には、個室の他にシャワールームやトイレがある。コーヒーや水、氷、タオル類は自由に使えるように常備。隣のパーラーカー(寝台車・一等車乗客専用特別車)、ラウンジカー(展望車)では、ワイングラスを傾ける人、新聞や本に読み入る人、ゲームに興じる親子連れなど、それぞれに楽しんでいる。客層はシニアのカップルが多いのだけど、シニア男性グループ、女性同士、若いカップルなどさまざま。たまたまかも知れないけど、2組の親子連れはどっちもお父さんと子どもの組み合わせだった。ガンバレお父さん。

快適な寝台車の個室。ベッド用に広げたところ

快適な寝台車の個室。ベッド用に広げたところ。

ご機嫌で個室に戻り、Air Macを開いてランチタイムまでひと仕事。パーラーカーではWi-fiが使え、少し遅いけどEメールの送受信は問題ない。2階建ての寝台車の車窓を、ワシントン州の風景が時速30マイルで流れる。年中温暖で、カラッとしているロサンゼルス、サンディエゴが気候なら世界で一番だと思っているけど、風景の美しさはワシントン州、オレゴン州に軍配が上がる。
 
途切れることのないみずみずしい緑と清らかな水と空。眺めているだけで、心が洗われる。こっち(北)に来ると、親切な人が多いけど、こんな風景の中で生きていると心まで浄化されるのだろうか。

1日目の昼食(ポートランド~エメリーヴィル(サンフランシスコ))

食堂車での食事は相席だった。向かいは、ワシントン州生まれのベトナム系2世のマークと、ベトナム移民のミギュエンのカップル。僕の隣は一人旅のアメリカ人男性ジェフ。
 
マークらの目的地はポートランド。2週間前はラスベガスへ行ってデートをしたそうで、もう燃える恋の中の2人なのだ。目の前でいちゃいちゃせんでもよろしい。

1日目の夕食で相席になったリリーアン

アムトラックの中で出会った人:1日目の夕食で相席になったリリーアン

ジェフは、シアトル在住でトーランス育ち。10日の滞在で、トーランスの父親とラグナビーチに住む母親を訪ねる。楽しそうな旅だねと返すと、表情を曇らせた。少し間を置いて「母親の痴呆が進んでいるんだ。近所に迷惑を掛けたり、僕のことも何もかも忘れたりしてしまう。今回は母が安全に暮らせる環境を整えるための訪問なんだ」。唐突な重たい話に沈黙が流れる。飛行機ではなく列車を選んだのは、一人で考える時間が欲しかったからだと言う。わかる気がした。僕の親父も大きな病と闘っている。
 
ふと、このアムトラックに乗っている全ての乗客を思う。笑っていたり、平気な顔をしていたりするけど、家族や仕事、友人や健康のこと、何の悩みも痛みも抱えていない人なんていないんだろう。

サーバーのクレシー

アムトラックの中で出会った人:サーバーのクレシー

ジェフは場を盛り上げるように「この国の列車は日本より50年遅れている。日本の新幹線は大したもんだ」と笑って持ち上げた。新幹線は時速200kmで正確に目的地に着くけど、アムトラックは時速100kmくらいで、到着する時間は怪しいぞと言うわけだ。
 
出発前にスタッフや家族から「えっ、36時間っ!」と驚かれたけど、ちょっと違うんだな。1週間のクルーズに「えっ、168時間っ!」とは言わない。アムトラックは、目的地に正確に最短時間で到着するための手段ではなく、汚れたりザラついたりしてしまった心を洗濯して、置き忘れた自分を取り戻す「旅」なのだ。線路の振動に揺られる昼寝の気持ち良いこと。

車窓からは、普段はほとんど見ることがないサンフランシスコの橋の橋脚だってくっきり見える。

2日目は個室から車窓の景色を楽しんだ。車窓からは、普段はほとんど見ることがないサンフランシスコの橋の橋脚だってくっきり見える。
パーラーカーは寝台車&一等車乗客専用で広々としている

アムトラックのパーラーカーは寝台車&一等車乗客専用で広々としている。

2日目の朝(エメリーヴィル(サンフランシスコ)~オークランド)

朝6時過ぎに目覚めたとき、アムトラックはサクラメントの駅に停車していた。まだ辺りはほの暗い。普段より深い眠りを得られた。淹れ立てのコーヒーを飲みながら、朝日に彩られていく草原や流れる川の風景をただしばらく眺めている。静かな時間の中で、昨夜の夕食を思い出した。
 
僕と同じテーブルを囲んだのは、一人旅を楽しむアフリカ系アメリカ人女性のリリーアン。一昨年まで大学で地学を教えて65歳でリタイア。今は旅やガーデニング、友人との時間を楽しむ毎日を過ごしている。今回の彼女の旅は全てアムトラックで、シカゴからポートランド、サクラメントに寄って、シカゴに戻る。サクラメントからシカゴまで、ロッキー山脈を越える旅は48時間。4、5日の休みが取れたら僕も行ってみたいと話すと、そんなんじゃ駄目、シカゴを楽しむ時間をキチンと取らないとと突っ込まれた。そりゃそうだ。

食堂車のサーバーをはじめ、スタッフはフレンドリー。

食堂車のサーバーをはじめ、スタッフはフレンドリー。車内放送もマニュアルと無縁な人間味のある放送が頻繁に流れる。「ラウンジカーで複数の子どもが勝手に遊んでいます。速やかに保護者は子どもをおとなしくさせてください」(車内に笑い声が響く)
草を渡る風まで見えてきそうなほど、アムトラックはゆっくり走っていく

草を渡る風まで見えてきそうなほど、アムトラックはゆっくり走っていく。

彼女の話はユーモアと教養に満ち、僕の想像力を縦横無尽に導いてくれた。生い立ち、アフリカ系アメリカ人の悲しい歴史、第二次世界大戦のこと、戦後の日本の復興の偉大さ、彼女が冷蔵庫に豆腐を常備していること、ロシアの脅威、宗教観、話題の映画、話は尽きない。僕もアメリカに来た理由、仕事の話や夢を語った。1台のプリウスに9年乗っている彼女は、「かわいくて、丈夫で、素晴らしい燃費。それから広告で見たけど、トヨタの部品はアメリカ中で作られて、たくさんの雇用を創出しているの。トヨタによくお礼を言っておいて」と瞳を丸くして笑った。
 
途中からは、片付けをしていたサーバーの女性レクシーも話に加わった。フットボールをしている高校1年生の息子がいて、体が大きくないから陸上に変わろうかと悩んでいること、サーバーのシフトは4日間連続勤務で6日間の休みがあること、色んな人生があることを感じた。それにしても、僕が頼んだアイスクリームは30分以上忘れられたままだ。

個室の車窓から(オークランド~サンノゼ~ロサンゼルス)

2日目の午前中。チーズとハムとほうれん草のサンドイッチを食べた後は、パーラーカーで読書にふける。『米ハフィントン・ポストの衝撃』(牧野洋著)。同社のビジネスモデルに目が行きがちだけど、やっぱりメディアはコンテンツ力だと再認識。もっともっと読者の人生に刻まれるような情報誌を作りたい。

アムトラック乗車口の前で記念撮影

午前11時を過ぎた頃、客室乗務員のジェイが「あと10分くらいで、湿原になるから、カメラの用意をしておくと良いよ」と知らせてくれた。しばらくすると、左右の車窓に湿原が広がった。6マイル先のモントレーの辺りまで続いていると、車内放送でもつけ加えた。
 
その後に広がるのはアーティチョークの畑。アメリカで一番の生産地で、本場のイタリアよりも生産量が多いそうだ。この辺りは車でもよく走るけど、自分で運転しているから風景もじっくり楽しめないし、解説ももちろんない。
 
昼食はルームサービスを頼んだ。田園風景と読書と音楽とビール、全部を欲張りたかったから。
 
夕方はずっと個室から海を眺めていた。夕日が少しずつ空を染めていく変化を逃すまいと。列車に向かって手を振る人、沖のヨット、ビーチを歩く親子、波を待つサーファー、連なるキャンピングカー、パームツリー、BBQをする男性、アムトラックを追い越す車。ゆっくり走るからその分周りがよく見えた。
 
車窓が夜の闇に包まれていく。もうすぐロサンゼルスだ。

アムトラックの旅を終えて…

アムトラック乗車口の前で記念撮影

36時間の間、1秒も退屈しなかった。そして、旅が進むほどに後悔した。せっかくだから行こうと誘って断られたカミさんを、無理にでも引っ張り出せばよかった。自転車仲間で来るという手もある。社員旅行で連れて来たら、みんな仰天しそうだ。40名あまりのスタッフで西海岸を縦断したらさぞ楽しいだろう。怪物のような酒豪が多いから、酒は各自持参させねばならない。
 
ローカルの道で車が追い越すくらいアムトラックは遅いけど、その分なかなか懐が深い。次回はリリーアン推薦のロッキー山脈越えだな。

アムトラックのチケット料金・時刻表・路線図

チケットの取り方と金額

乗車前にチケット(またはコンファメーション)とIDを持ってチェックイン

乗車前にチケット(またはコンファメーション)とIDを持ってチェックイン

アムトラックの駅のカウンターか券売機、ウェブサイト(www.amtrak.com)、☎ 1-800-872-7245で購入します。料金は季節によって変動し、例えばシアトル=ロサンゼルス間(片道/Coast Starlight・2023年3月の平日)だとコーチ席が132ドル、寝台車のRoomette(定員2人)は1人846ドル、2人1038ドル。寝台車に乗るなら、個室の定員数ぴったりで乗るのがオトクです。

預け入れ荷物と手荷物

コーストスターライト号での自転車預け入れは、箱代15ドル+預け入れ代10ドル

コーストスターライト号での自転車預け入れは、箱代15ドル+預け入れ代10ドル

アムトラックへの預け入れ荷物は1人2つまで無料です。出発45分前までに出発駅で預け入れ手続きをします。到着駅まで預け入れた荷物を取り出すことはできません。到着するとBaggage Claimに荷物が運ばれてきます。持ち込み手荷物も1人2つまで。重さや大きさの制限はウェブサイトで確認できます。

車内サービス

Wi-Fiが使えるのでラップトップを持っていけば仕事も出来ます

コーストスターライト号は、食堂車、寝台車を備えています。食事は、食堂車でのフルサービスの他、車内売店では軽食を販売しています(売店には食事用の座席もあります)。なお、寝台車のチケット代には、アルコール以外の食事と、駅にあるラウンジの利用が含まれています。指定の列車、駅構内では無料のWi-Fiも利用できます(ただし、動画や音楽のストリーミングなどデータ容量が大きな利用はサポートしていません)。

コーストスターライト号の路線図(シアトル~ロサンゼルス)

シアトルからロサンゼルスまでのコーストスターライト号の路線図

コーストスターライト号の路線図

今回乗車したコーストスターライト号の路線図。シアトルを発車し、ポートランド、サンフランシスコ(エメリーヴィル)を経由し、ロサンゼルスまでの旅となっています。

コーストスターライト号の時刻表(シアトル~ロサンゼルス)

11号(南行き) 14号(北行き)
シアトル ↓ 9:50発(1日目) 7:51pm着(2日目)
ポートランド ↓ 2:22pm(1日目) ↑ 3:56pm(2日目)
エメリーヴィル
(サンフランシスコ)
↓ 8:39am(2日目) ↑ 9:47pm(1日目)
オークランド ↓ 9:09am(2日目) ↑ 9:27pm(1日目)
サンノゼ ↓ 10:26am(2日目) ↑ 8:04pm(1日目)
ロサンゼルス 9:11pm着(2日目) ↑ 9:51am発(1日目)

(※毎日運行、到着地以外は出発時間を表示、2023年3月時点のスケジュール)

※このページは「ライトハウス2014年秋増刊号」掲載の情報を基に作成し、2023年3月時点の情報で更新しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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