アーティスト / LOVE PSYCHEDELICO

LAと東京から世界に向けて自分たちの信じる音楽を発信したい

日本語と英語が自然な形で行き交う独特な歌詞、存在感あるKumiのヴォーカルスタイルとNaokiの印象的なリフに、日本では「デリコサウンド」という言葉まで浸透している。2008年5月には、念願のアメリカ版ファーストアルバムをリリース。今後、アメリカでの活動を広げていくため、夏の3カ月をサンタモニカで過ごした2人に、LAの印象や今後の展望を聞いた。

LAの広い空を見ていると誰もがただ癒される

Kumi:大学時代にNaokiが「一緒にバンドやらない?」って声を掛けてくれて、なにげなく始まったバンド。プロデビューなんて野心はまったくなかった。ファーストアルバムも、バンドがなくなって次のベースとドラムとキーボードを探すまでに2人で作っていたデモテープだったんですよ。それがそのままCDになっちゃった。

Naoki:ファーストを出したおかげで、音楽を今も続けられている。でも、根拠のない自信が確信に変わったりすることってあるじゃない。若い時って根拠ないんだけど、「この音楽が素晴らしい」と自分で信じ込もうとしているエネルギーが強くて、それがだんだん確信に変わる。 
世の中に出て行く″ビックバンの速さ、その瞬間は誰もが経験できるものではないので、それを音楽人生の中で、早いうちに経験させてもらえたのは大きな財産です。

Kumi:私は2歳から7歳までサンフランシスコで育っているのですが、その頃はよくLAに来ていたので懐かしいですね。

Naoki:僕が最初にLAに来たのは2001年のライブ。でも印象に強く残ったのは、それから少し経ってから『I am waiting for you』っていう曲のプロモーションビデオ撮影で来た時。LAって建物が東京と違って低くて、空が広いでしょ。空が広いっていうのは、神様から恩恵をすごく受けているって思う。嫌なことがあっても次の日起きて、空を見ると癒される。土地のエネルギーが強くて、タフになれる気がする。
今回、ステイするだけじゃなくて、住むっていう感覚を味わっています。今までとはちょっと違う角度で、LAという街、街の人たちを見ることができます。サンタモニカビーチとか行くと、「何でこの国にこの音楽があるのかわかった」みたいな瞬間がすごくある。
LAでは色んなコンサートを観に行くのが楽しい。こっちはいっぱいいいハコがあるし、いいミュージシャンもいるし。この前、サンタモニカにボブ・ディランが来て。知ったのが2日ぐらい前だったんだけど、それをスッと観に行けた。日本では、あんな小さい所では観れないからね。

音楽は生活をウキウキさせるエネルギー

Kumi:今回こちらで出したアルバムは、日本で出した1枚目から3枚目のコンピレーション。まず、ラブ・サイケデリコの音楽、世界観を紹介しようというものです。選曲は、ハックトン(レコード)にお任せしました。

Naoki:日本人と共通してるところがあるのが意外だったね。アメリカ色の強い音楽を入れたいのかなと思ったら、日本での代表曲をいっぱいチョイスされたので面白かった。

Kumi:リリックは英語が多いけれど、音楽は歌詞だけがメッセージじゃないから、特にそれでアメリカで有利になるとは思っていません。本当に伝えたい部分はすごいシンプルな言葉、わかりやすい英語で表現していますし。音楽は音楽自体が主役ではなくて、その人の生活をちょっとウキウキさせてくれるエネルギーがあったりするし、歌詞で人をハッピーにするというよりは、言葉を超えて楽しめるものだと思っています。

Naoki:今回の滞在では、とにかくライブハウスに足を運び、そういったなかで色んなミュージシャンと仲良くなって「一緒にライブやろうか」って話にもなった。自分たちでドンドン直接コミュニケーションを繰り返していったけど、日本ではそういう機会はないから、エキサイティングな経験をしてます。
来た当初はライブの予定はなかったんだけれど、やることになりました。ライブで楽しいのは、お客さんの気持ち、興奮を共有できた時。今回は特に、新しくこっちで出会ったミュージシャンたちと一緒に、新しいラブ・サイケデリコのサウンドを流すことができるっていうのが楽しみですね。

LAでの楽しかった経験を曲で恩返ししたい

Kumi:日本に帰ったらLA滞在の経験をなるべく活かしたいから、すぐに次のアルバムのレコーディングに入りたい。

Naoki:アボット・キニーが好きで、「アボット・キニー」って曲を書いたんですよ。こっちでリリースできたらいいなと思ってます。楽しかった経験をプレゼントしてもらった分、曲で恩返ししたい。
今回感じたのは、こっちのミュージシャンは音楽至上主義の人が多いこと。音楽家だから音楽でコミュニケーション取ろうよ、みたいなのが強い。自分の音楽に対するスキルを大切にするし、相手の音楽性もすごく大切にする。
僕たちは名声や地位とか、守らなきゃいけない物は何もない。自分たちの音楽を気持ち良くやるために、LAがベストだったら、過去もすべて捨ててLAに来るのも全然怖いことではないですね。「音楽があるから大丈夫」っていう思いが持てました。LAに来て、いい意味でアマチュアに戻れましたね。LAにもこれから毎年、来ますよ。少しずつこっちでの拠点を大きくしていきたい。

Kumi:ゆくゆくは日本とLAを活動の拠点にしたいですね。そのための準備も始めているので、ライトハウスの読者のみんなと会う機会がドンドン増えると思います。

Naoki:僕らがやっているような音楽にとって、LAは刺激が大きい。もともと60、70年代的な、西海岸の音楽とかロックがすごい好きだから。LAの空気が好きです。ちょっと涼しくなった夕方に街を歩いていると、『ホテル・カリフォルニア』が生まれてきた訳がわかるし、イーグルスがそういう曲をいっぱい作ってきたのがわかる。「この音楽が生まれてきたのは、LAという土地のせいなんだ」っていうのが、すごくわかるね。

Kumi:今後はまず、LAでの音楽活動を活発にしていきたい。対象を日本中の人から世界へ広げていきたいって思っています。私たちの音楽がLAと日本を発信源にして、もっとどんどん広がっていけばいい。焦らず、自分たちの音楽の力を信じてやっていけばいいと思っています。

ラブ・サイケデリコ●Kumi(Vo.)とNaoki(G.)による音楽ユニット。青山学院大学の音楽サークルで出会い、1997年にバンドを結成。2000年にビクターより『LADY MADONNA~憂鬱なるスパイダー~』で衝撃的なデビューを果たす。これまでにオリジナルアルバム4枚、ベストアルバムとライブ版をリリース、驚異的なロングセールスを記録する。04年11月には韓国・香港で初のアジア・ワンマンツアーを、05年には台湾公演を実現、05年と07年には日本武道館での公演を成功させる。08年5月、ロサンゼルスのハックトン・ミュージックから『THIS IS LOVE PSYCHEDELICO』をリリース、アメリカデビューを果たした。
 
(2009年1月1日号 掲載)

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