声楽家 / 秋川雅史

あきかわ・まさふみ◎1967年、愛媛県西条市生まれ。4歳よりバイオリンとピアノを始め、声楽へと転向。国立音楽大学・大学院卒業後、4年間イタリアのパルマで、デリオ・ポレンギ氏に師事。98年、カンツォーネコンクール第1位、日本クラッシック音楽コンクール声楽部門最高位をそれぞれ受賞。2001年、日本コロムビアより日本人テノールとして最年少CDデビュー。06年、『千の風になって』がアルバム『威風堂々』よりシングルカット。同年から3年連続でNHK紅白歌合戦出場

1人でも多くの人に歌を届けて 元気になってもらいたい

声楽を始めたのは、中学3年生の時に音楽の先生から「秋川君が入団して、合唱団を盛り上げてよ」と、誘われたのがきっかけ。父親も声楽家で、家の中が絶えず歌声で満たされていましたから、ある意味すごく恵まれた環境だったと思います。合唱を始めてみたら「歌って楽しい」と思い始め、それから歌の道に進むことを決意しました。

高校に入ってからレッスンを受け始め、25歳から約4年間、本場で声楽を勉強したいと思ってイタリアに留学しました。イタリア語がまったくわからなかったですし、海外に出ること自体、その時が初めてだったので色々と苦労しましたね。ですが日本しか知らない自分にはすべてが新鮮で、イタリアでの未知の経験は自分にとって刺激になりました。

イタリア留学の最後の年に、扁桃腺が原因で声に雑音が入るようになってしまいました。当時は原因を探るために色んな病院を回って、日本に帰国してからもずっと検査を続けました。

手術を受けても治らなくて、もう完治の見込みがないと自分が諦めた時が、声楽を辞める時だと思いました。ですが、「もし治らなかったら」と考え出したら、自分の意識がすべてそちらの方向へ向いてしまう気がしましたから、マイナス思考にならないよう、最後の最後まで、自分の声は絶対治ると信じていました。結局、手術を3回受けました。

イタリアでオペラの発声法を学んだのですが、日本に戻ったら、日本人の良さをすごく感じて、自分の中で日本の曲がすごく大切になりました。それから日本の名曲のレパートリーを広げていって。そんなある時、お客様からたまたまリクエストされたのが『千の風になって』だったんです。すごくメロディーが美しい曲だったので、それに惹かれて歌い始めたのですが、曲が広がっていくのに、どんどん引っ張られて行きました。この歌を歌うようになって、色々な方から声もかけていただけました。「この曲で本当に救われた」っていうようなお手紙もたくさんいただいて、そのひと言ひと言に、私の方がまた歌う勇気をいただいています。

本当の秋川は〝バンカラ” で男っぽい

僕は、愛媛県西条市で生まれ育ち、故郷には「だんじり祭り」があります。西条の人は、皆お祭りが大好きです。秋川もお祭りが好きで、イタリア留学中も、この時期には帰国していたくらい。祭りにかける情熱と、歌にかける情熱には通じるものがあって、パッションがすごく大事。

クラシックや『千の風になって』のイメージとは違う〝バンカラ” な男っぽい物が、本当は大好きなんですよ。楽しいことが好きで、いつも笑いの絶えない生活をしたいっていうのが、本当の自分かなと思います。だから、クラシックを歌いながらも、〝男らしいクラシック” っていうのを表現したい。クラシックと言うと繊細なイメージがありますが、それを打破し、新しい音楽のスタイルを作っていきたいと思います。


全力を出し切れば その熱は必ず伝わる

ロサンゼルスは、公演で来た今回が初めて。ロサンゼルスの印象? 初めは街を走る車が日本と同じで、日本人の方も多くいらっしゃったので、あまり「外国に来た」という印象がなかったのですが、ショッピングに出かけたり、観光をするうちに、アメリカの風景や空気感を味わえました。

ヨーロッパは、例えば街並みひとつにしても、景観が揃っていないといけないとか、古くからの伝統を守るという美徳がありますが、アメリカというのは本当に自由な国で、建物ひとつ取ってもすごく斬新。1番印象に残ったのがディズニーホールで、日本でもちょっと考えられないデザインですよね。ヨーロッパだと外観は全然目立たないけれど、中に入ると豪華という劇場やコンサートホールが多いんです。ディズニーホールは、外観からしてもう全然違う。これぞアメリカだなと思いました。やっぱり、何だか自由な感じの雰囲気が満ちあふれています。ですから、ヨーロッパとはまた違った良さがありますね。

 

コンサートでは120%、力を出し尽くして歌うというのが秋川のポリシーですから、ロサンゼルスでも完全燃焼しました。全力を出し切った時は、聴いてくださっている方に、その熱が必ず伝わるという信念で歌っています。ロサンゼルスでも、皆さんのパワーが伝わって来て、その熱気が自分の歌声を引き出してくれた気がします。

ロサンゼルスに来たら、「乾燥しているから、喉には良くないでしょう?」ってよく言われたんですが、あんまり湿度は気になりませんでした。また、時差で身体のコンディションがどうかなぁと思っていたのですが、ロサンゼルスのファンの方々の熱意のおかげで、メンタルの部分では、逆に良いコンディションで歌えたと思います。

今までイタリア留学中も、モスクワに立ち寄ったりした際も、海外に出た時は日本人の温かさに触れることが多かったんですね。海外にいる日本人は、祖国から訪れる同胞に対して本当にすごく優しく、温かい気持ちで迎え入れてくれるんだなと、今回改めて感じました。とはいえ、ロサンゼルスの皆さんの歓迎ぶりは予想以上でした。

秋川の今年の目標は、1人でも多くの人に歌を届けて、元気になってもらうこと。将来は、イタリアでさらに声楽を勉強して、その世界の頂点であるオペラで何か歌えるといいなと思います。大学生だった時、ニューヨークのメトロポリタン歌劇団やロサンゼルス歌劇団が来日して、プラシド・ドミンゴなんかが歌ったステージにすごく影響されました。それで歌を頑張ってきたという経緯もあるので、自分もそういうオペラのステージに立てたらという夢はあります。そういう場で、自分の歌がどう世界の人たちに響くかっていうのが、自分自身興味があるし、楽しみでもあります。

2010年も皆さん元気いっぱい、120%頑張っていきましょう。いつもプラス思考で、楽しく笑顔の絶えない生活を送れるといいですよね。
 
(2010年1月16日号掲載)

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