宮武広直 / 宇宙物理学者

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物理の力を駆使して宇宙の真理に少しでも近づきたい。

2016年1月、宇宙に分布する銀河団の内部構造と謎の物質「ダークマター」の深い関係を明らかにした研究論文が、アメリカ物理学会発行の『Physical Review Letters』で注目論文に選ばれました。その研究チームの一員が、NASAの研究機関JPLに所属する宮武広直さん。宇宙とはどのようにできているのか?今回、何を解明したのか?などを伺いました。
(2016年4月16日号ライトハウス・ロサンゼルス版掲載)

みやたけひろなお◎2007年、東京大学理学部物理学科卒業後、2009年に同大学院の修士課程を、2012年には博士課程を修了。修士課程では、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ「Hyper Suprime-Cam」の開発にも関わった。以後、プリンストン大学での3年間の博士研究員を経て、カリフォルニア工科大学およびNASAの宇宙開発・研究機関ジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory=JPL)に勤務。

―もともと、なぜ宇宙に興味を持たれたのでしょう?

宮武広直さん(以下、宮武広直):大学時代は素粒子に興味があったんです。水や空気、木、動物など全てのものは細分化していくと素粒子という物質の最小単位にたどり着くんですが、この素粒子理論を追求することで、この世界を支配する物理の基本法則を理解したくて。でも入学後、宇宙の成り立ちや構造が、素粒子理論だけでは説明が付かない、という話が耳に入るようになって。これは面白そうと思い、大学院では宇宙論の研究を始めました。

―宇宙は何でできているのでしょう?

宮武広直:宇宙がビッグバン(約137億年前に起こった大爆発)から始まったとしましょう。そこから宇宙は膨張し続けているのですが、最近の宇宙では、膨張が加速しているんです。この宇宙の加速膨張は1990年代後半に、超新星(星が死ぬ時に起こる大爆発)の明るさを観測することで発見されました。宇宙には重力があるため、最近の宇宙では膨張のスピードは緩やかになるはずなのに加速している。それで、これはどうやら、物理学的にまだ見つかっていない力が働いているようだと。
 
万有引力とは物があればあるほど引き合う力ですが、逆に物を引き離す「万有斥力」のようなものがあるのではないかと。この力の源は、「ダークエネルギー」と名付けられました。現在、世界中の物理学者、天文学者がダークエネルギーの性質を解明しようとしていますが、目に見えず、状況証拠のみで、それがあるらしい、ということだけが推測されているので、かなり難易度の高い研究です。
 
さらに、このダークエネルギーは、宇宙全体のエネルギー密度の約70%を占めていると言われています。残りの約30%のうち約25%は「暗黒物質=ダークマター」と呼ばれものなのですが、これも正体不明の物質で、未知の素粒子の一つと考えられています。物質とはいえ光を出さないため観測ができませんが、「ダークマターによる重力がないと宇宙の構造や成り立ちの説明が付かない」というところまでは分かっています。とにかく現在、宇宙はこの2つの相反する力が影響して、成長してきたと考えられています。ちなみに、残りのたった約5%が、星やガスなど我々が素粒子物理学で説明できる物質になります。20年前までは素粒子で宇宙の全てが説明できると考えられていたのですがね(笑)。

「重レンズ効果」によって起こる銀河団の背景にある銀河の歪みから、ダークマターの分布を割り出し、表した図。等高線でくくられている部分が、ダークマターが多く分布している場所。©国立天文台/HSC Project

―なるほど。では、今回大きく評価された研究は、どのような内容だったのでしょう?

宮武広直:ダークマターは観測できないと言いましたが、銀河団の画像を解析することで「ここにあるはず」と割り出すことは可能です。この研究では、ダークマターが広い宇宙でどのように分布しているのか、ニューメキシコ州の光学望遠鏡「Sloan Digital Sky Survey」で取得された約9000個の銀河団の画像を基に解析しました。解析には「重力レンズ効果」と呼ばれる物理現象を用いているのですが、僕はこの重力レンズ効果の解析が専門で、得意としているんです。重力レンズ効果というのは簡単に言うと、光が物質の重力によって曲げられ、銀河の見え方が変わってしまう現象のことです。
 
銀河団内には重力の源となるダークマターが非常に多く分布しているため、その銀河団の向こう側にある銀河の見え方の歪みを見ることで、「ここにダークマターがある」と分かるんです。今回は特に、メンバー銀河(銀河団を構成する一つ一つの銀河)が中心に集中している銀河団の周りにはダークマターの量が少なく、逆にメンバー銀河が広がって分布している銀河団の周辺は、ダークマターの量が多いということが分かりました。これは一説として既に言われていたのですが、今回初めて、観測結果に基づいて実証できたのです。

―ダークマターの分布を突き止めて、今後どのような研究につながっていくのでしょう?

宮武広直:宇宙の物質の約85%はダークマターで占められており、銀河団はもちろん、宇宙の形成に大きな影響を及ぼしています。ですから、ダークマターの分布を見ることで、宇宙が生まれて10のマイナス34乗秒後であるインフレーション直後の宇宙における物質の分布の様子を推測できるなど、宇宙がどのように生まれ、成長してきたかの解明に近づけます。

―今後の目標は?

宮武広直:まずは、大学院生時代に開発に関わったすばる望遠鏡の「Hyper Suprime-Cam」で取得したデータを使い、今回行った解析をさらに緻密にやりたいと思っています。すばる望遠鏡は口径が8mもある世界最大級の望遠鏡なので、より遠くの宇宙からの光を拾って記録できるんです。今後の大きな目標は…物理ってこの世界を一つの法則で記述しようとするものなんです。究極の理論と言われた素粒子理論だけでは残念ながら宇宙は説明できないと既に分かっていますが、ダークマター、ダークエネルギーの性質を明らかにし、宇宙の真理に少しでも人類が近づく仕事に携わっていけたらなと思います。
 
※このページは「2016年4月16日号ライトハウス・ロサンゼルス版」掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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