日系アメリカ人の歴史

アメリカ現地の日本語情報誌「ライトハウス」では、毎年夏に日系アメリカ人の歴史についての特集をしています。ここでは最新の特集内容や、過去のバックナンバーをご覧いただけます。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

再び戦争が起きたら私たちは強制収容されますか?

「第二次世界大戦中、アメリカ西海岸に暮らしていた日系人、日本人が、国籍にかかわらず、人種だけを理由に、強制的に立ち退きを命じられ、強制収容所(キャンプ)に入れられた。」皆さんはそのことを知った時、どんなことを思われたでしょうか?   日本では触れる機会の少ない、日系移民と日系人の歴史。初めてその強制収容の事実を知った時、それが本当のことだと信じられないくらい …
»日系アメリカ人の歴史「再び戦争が起きたら私たちは強制収容されますか?」の続きを読む

日系移民とアメリカの歴史

日系アメリカ人の歴史研究者のお話を踏まえ、1790年から現在に至るアメリカの歴史と日本をはじめとする世界の歴史を、日系移民と日系人を中心にして整理してみました。   年表を整理してみると、長い歴史の中で、アメリカで日本人が「日本人である」ことだけでからかわれることも、法的差別も受けることも、犯罪者扱いされることもない状況は、ほんのここ数十年の稀有な歴史だとい …
»日系アメリカ人の歴史「日系移民とアメリカの歴史」の続きを読む

戦後70年特別インタビュー「日系アメリカ人の肖像」

【戦後70年・日系アメリカ人の肖像】 戦後70年。あの時代のことを記憶する世代はとても少なくなっています。 日系人・日本人の差別と強制収容の歴史も例外ではありません…。 薄れゆく歴史の記憶を探して、日系アメリカ人二世、三世の皆さんを訪ねました。 (2015年8月1日号掲載) 1945年に第二次世界大戦が終わってから今年で70年が経ちます。今、私たち日本人は、 …
»日系アメリカ人の歴史「戦後70年特別インタビュー「日系アメリカ人の肖像」」の続きを読む

戦後70年・日系アメリカ人インタビュー/アイリーン ・ヒラノ・イノウエさん

日系人の歴史を受け継ぐ全米日系人博物館の役割 米日カウンシルの会長として日米関係強化に尽力する、アイリーン・ヒラノ・イノウエさん。2009年までは20年以上にわたって、全米日系人博物館の館長として、強制収容をはじめ、日系アメリカ人の歴史や文化の収集、保存、教育に努めてきました。 そのヒラノさんが強制収容のことを詳しく知ったのは、大学に入ってからだったそう。「 …
»日系アメリカ人の歴史「戦後70年・日系アメリカ人インタビュー/アイリーン ・ヒラノ・イノウエさん」の続きを読む

戦後70年・日系アメリカ人インタビュー/プリシラ・オウチダさん

日系人不当解雇に対する加州の補償法案の成立   日系米国人市民連盟(JACL)で女性として初の事務局長を務めるプリシラ・オウチダさんが、自身が日系人だと知ったのは4歳のハロウィーンのこと。「トリック・オア・トリートに訪ねた白人女性の家で『ジャップにやるキャンディーはない』と言われたのです。自分が日系人であり、また日系人を嫌う白人がいて、世の中には不 …
»日系アメリカ人の歴史「戦後70年・日系アメリカ人インタビュー/プリシラ・オウチダさん」の続きを読む

戦後70年・日系アメリカ人インタビュー/ミチオ・ヒマカさん

真珠湾攻撃の翌日から誰も話してくれなくなった サンディエゴの日系人の歴史を収集し、伝承するThe JapaneseAmerican Historical Society of San Diego(JAHSSD)が設立されたのは1992年のこと。ミチオ・ヒマカさんは立ち上げ当時の役員の一人でもあり、自身の体験を積極的に語ってきた一人です。   「それまでは戦争 …
»日系アメリカ人の歴史「戦後70年・日系アメリカ人インタビュー/ミチオ・ヒマカさん」の続きを読む

戦後70年・日系アメリカ人インタビュー/ヒロ・ニシムラさん

徴兵か強制収容か MISとして戦場へ ヒロ・ニシムラさんが生まれたのはシアトルの日本町(現インターナショナルディストリクト北側)。1907年に留学生として渡米し、その町で小さなホテルを経営していた父と母の下に育ちました。当時のシアトルは、全米で2番目に大きな日系コミュニティーを形成していたと言います。「父の教育方針で、他の二世と同様、地元の日本語学校へ通い、 …
»日系アメリカ人の歴史「戦後70年・日系アメリカ人インタビュー/ヒロ・ニシムラさん」の続きを読む

戦後70年・日系アメリカ人インタビュー/トシ・オカモト さん

忠誠登録により家族は別々の収容所へ シアトルを代表する観光名所、パイク・プレイス・マーケットは、1907年に設立された、アメリカで現存する最古の公設市場と言われています。設立当時、シアトル近郊では多くの日系一世二世が農業に従事していて、42年に立ち退きを強制されるまで、多くがここで農作物を販売していました。トシさんもそのうちの一人。「私が幼い頃、父は大きな貿 …
»日系アメリカ人の歴史「戦後70年・日系アメリカ人インタビュー/トシ・オカモト さん」の続きを読む

戦後70年・日系アメリカ人インタビュー/トミオ・モリグチさん

子どもの目から見た 戦前の日本町と収容所 ワシントン州・オレゴン州最大の家族経営の日系スーパーマーケット「宇和島屋」は、トミオさんの父、富士松さんが1928年にタコマで創業した食料品店から始まりました。富士松さんは20年代に愛媛県から渡米。実家は貧しく、森口家の長男として、お金を稼いだら日本へ帰るつもりでした。母の貞子さんは07年にシアトルで生まれ、日本で教 …
»日系アメリカ人の歴史「戦後70年・日系アメリカ人インタビュー/トミオ・モリグチさん」の続きを読む

戦後70年・日系アメリカ人インタビュー/トオル・イソベさん

移住、大不況そして戦争 日系人家族を翻弄した歴史 1926年にサンフランシスコで生まれたトオル・イソベさんは、2歳から12歳まで静岡で育った帰米二世。「父は静岡・歩兵第34連隊を除隊後、サンレアンドロで花農家をしていた伯母夫妻に呼ばれて、19年に渡米。伯母夫妻はもともと出稼ぎのつもりでしたので事業が成功した後、28年に帰国しました。その時2歳だった僕は、子ど …
»日系アメリカ人の歴史「戦後70年・日系アメリカ人インタビュー/トオル・イソベさん」の続きを読む

戦後70年・日系アメリカ人インタビュー/金城秀夫さん

日本での教育を理由に収容所に隔離 ハワイ島生まれの日系二世、金城秀夫さんは、1922年、1歳の時に兄と共に母に連れられて、父の故郷の沖縄に渡り、旧糸満町で育ちました。日中戦争勃発後の38年、金城さんは沖縄に残ると言った母を残して、ハワイに帰郷。帰国後はホノルルでコックとして働いていました。 41年12月7日、真珠湾方面に真っ黒な煙が立ち上るのを見たそうです。 …
»日系アメリカ人の歴史「戦後70年・日系アメリカ人インタビュー/金城秀夫さん」の続きを読む

戦後70年・日系アメリカ人インタビュー/巽 幸雄さん&長男の一郎さん

頼るものは互いしかない…日系コミュニティーの絆 幸雄さんの生まれ育った、ロサンゼルス港にある人工島ターミナルアイランドは、戦前には約3500人の日本人・日系人が住んでいた漁村。和歌山県出身の幸雄さんの父はそこで缶詰工場を経営していました。当時のターミナルアイランドは、「家にカギをかけたりすることもなくて、皆が家族のようなコミュニティーでした。悪いことをしよう …
»日系アメリカ人の歴史「戦後70年・日系アメリカ人インタビュー/巽 幸雄さん&長男の一郎さん」の続きを読む

戦後70年・日系アメリカ人インタビュー/比嘉武二郎さん

予想外の真珠湾攻撃 開戦後、日系人部隊に志願 今年92歳になる比嘉武二郎さんは、オアフ島生まれの帰米二世。2歳の時に母に連れられて、兄姉と共に両親の故郷の沖縄に移りました。当初の予定では、3年後に家族でハワイに戻る予定でしたが、母が肋膜炎になり旅ができる状態でなく、父が兄と姉を連れて帰国。比嘉さんは、母と共に沖縄に残りました。しかし12歳の時に母が死に、祖父 …
»日系アメリカ人の歴史「戦後70年・日系アメリカ人インタビュー/比嘉武二郎さん」の続きを読む

葛藤と苦悩の日系人・アメリカの歴史

思いもよらぬ祖国からの攻撃で、アメリカ市民でありながら一瞬にして「敵性外国人」の烙印を押された日系人。現状を打破するにはアメリカ兵として出兵し、戦場で良い成績を残すしか生き残る道はないと、多くの若き二世が前線に向かった。 戦後、日系社会はモデル移民と呼ばれ、各界に多数の成功者を送り出した。それも若き日系兵士の犠牲があったからにほかならない。今回は、第2次世界 …
»日系アメリカ人の歴史「葛藤と苦悩の日系人・アメリカの歴史」の続きを読む

日系人の葛藤と決意・二世たちの戦争体験

ハワイ・パールハーバー攻撃で始まった日米の戦争は、アメリカの日系人社会に大きな打撃を与えた。日系人は以前から激しい排斥に遭っていたが、この日を境に「敵性外国人」のレッテルを貼られた。アメリカ人として生まれた二世たちは、米兵として戦地に向かい、命をかけてアメリカへの忠誠を証明した。今回は、元日系部隊の兵士たちの戦争体験談を紹介しよう。   (2007年8月16 …
»日系アメリカ人の歴史「日系人の葛藤と決意・二世たちの戦争体験」の続きを読む

アメリカ社会で活躍する日系人リーダー

歴史を受け継ぎアメリカ社会で活躍する日系人リーダー 人種差別と闘いながら苦労の限りを尽くした日系一世。アメリカに忠誠であることを、戦場で命をかけて証明しなければならなかった二世。彼らの犠牲と努力は、戦後、日系人の社会的立場を飛躍的に押し上げた。今回は、外務省の「日系人リーダー訪日招聘プログラム」に参加した人の中から今やアメリカ社会で指導的立場にある若き日系リ …
»日系アメリカ人の歴史「アメリカ社会で活躍する日系人リーダー」の続きを読む

歴史を変えた日系人の戦争/ダニエル・イノウエ氏の功績等

日系人が人種差別と闘ったのはキング牧師が公民権運動を展開する20年以上も前のことだ。今では「移民のモデル」と呼ばれる日系人も戦前は公然と法的差別を受けていた。日本軍によるパールハーバー攻撃が排日運動に拍車をかけたのは言うまでもない。終戦60周年を迎えて今回は第2次世界大戦下にあって逆境にも屈せずに立ち上がった日系人の勇気を紹介したい。   日米開戦の衝撃 ( …
»日系アメリカ人の歴史「歴史を変えた日系人の戦争/ダニエル・イノウエ氏の功績等」の続きを読む

日本人部隊「442連隊」の活躍

日系部隊「第442連隊戦闘団」とは 第442部隊の訓練場ではハワイ兵と本土兵が一緒だったが、バックグラウンドの違いから両者の間には対立が絶えなかった。手を焼いた上層部が、ハワイ兵を訓練所から最も近いジェローム収容所へ見学に行かせた。イノウエ議員もその1人だった。議員は述懐する。「行きは遠足気分だったのに、帰りは皆、無言でした。ほとんどの人が同じことを考えてい …
»日系アメリカ人の歴史「日本人部隊「442連隊」の活躍」の続きを読む