世界の常識と違う道を歩む日本の「トイレ事情」

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冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点:米政治ジャーナリストの冷泉彰彦が、日米の政治や社会状況を独自の視点から鋭く分析! 日米の課題や私たち在米邦人の果たす役割について、わかりやすく解説する連載コラム

独自に進化する日本のトイレと訪日外国人の反応

トイレ事情

日本人の「清潔好き」は自他共に認めるところだと思うが特にこの文化がよく現れているのが「トイレ事情」だろう。例えばトイレや洗面設備に関する日本の企業は、国際的にも評価されており、日本を代表する産業の一つになっている。
 
自動検知で水を流すトイレや、便座のフタの開け閉めが自動になるなど、さまざまなイノベーションが日本から生まれたが、何と言っても画期的なのは「温水洗浄便座」だろう。使い慣れてしまうと大変に便利で手放せなくなり、今では日本国内での普及率は一般家庭の場合では77.5%に及ぶという。
 
この温水洗浄便座だが、使い慣れない外国人には戸惑いの元だった。例えば誤って操作してしまい、トイレ内を水浸しにするという事件もあったのだが、近年では「日本ツアー」の観光ガイドなどでは必ず使用法の説明が載るようになり、誤使用は減っている。反対に、日本のホテルなどで経験してファンになる人もあるという。普及している日本国内と、関心の薄い世界のギャップはまだまだあるが、トラブルは減っていくだろう。
 
一方で、同じ「トイレ問題」で、日本国内外のギャップが問題になる場合もある。例えば、飛行機の客室内におけるトイレの「男女別」という問題だ。2010年ごろに、日本の女性客から「どうして飛行機のトイレが男女共用なのか?」というクレームが増えたのを受けて、日系の航空会社では国際線エコノミークラスのトイレの一部を「女性専用」にする動きがあった。ちなみに日本の国内線はほとんどが短時間フライトなので、トイレの利用そのものが少なくクレームもないし、あえて男女別にする必要もなかった。あくまで問題は国際線だった。
 
だが、これは着陸前の混雑時に混乱を生じたり、男性側からのクレームを招くことになったという。何よりも、日系航空会社における外国人乗客の比率が年々高まる中で、結局は定着しなかったようだ。
 
女性トイレ向けの工夫ということでは、日本では、人工的に水音を発生させる「トイレ用擬音装置」というものもある。ムダに水を流さないように「音だけを発生する」装置であり日本国内では普及しているが、これも外国人には理解し難いようだ。

全面個室化から見る現代日本の問題点

日本「だけ」で独自に「トイレ文化」が進化するというのは、女性向けだけかというと、必ずしもそうではない。日本の小中学校では、「男子トイレの個室化」という動きがある。なぜかというと、最近の子どもたちの間では「個室に入るのは恥ずかしい」という感覚があるからだ。学校で大便をしたことが判明すると、他の子どもたちから「からかわれる」からなのだが、そうしたカルチャーが定着している。
 
その結果として、校内では「大便をガマンする」というのが「当たり前」となっており、これでは健康の問題にもなってくるという。そこで、一部の学校では校舎の新築を行う際に、「男子トイレの全面個室化」をして、この問題を解決しようとしている。意外なことに、この動きは歓迎されており、早く全面個室化をという声すらある。
 
学校というのは本来は子どもたちに社会生活を教える場であり、そのように「他人をからかう」という行為自体は「どうしてやってはいけないか?」を考えさせて教える場だと思うが、日本の教育現場ではより悪質な「いじめ」などの対策に追われる中で、「対策が取れる問題」については「対策をしてしまう方が簡単」だとして「個室化」が出てきたということらしい。
 
こうしたカルチャーというのも、元は「ケガレ」を嫌う自然な感覚からきているわけだが、それが常識を超えて暴走してしまうところに、現代の日本社会の問題がある。いずれにしても、昨今では「海外の食事は味覚に合わない」から日本に閉じこもる傾向があるというが、トイレ事情でも「独自の進化」が進むようだと、ますます日本人が「内向き」になりそうで心配だ。

冷泉彰彦

冷泉彰彦
れいぜい・あきひこ◎東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業。福武書店、ベルリッツ・インターナショナル社、ラトガース大学講師を歴任後、プリンストン日本語学校高等部主任。メールマガジンJMMに「FROM911、USAレポート」、『Newsweek日本版』公式HPにブログを寄稿中

 

(2016年7月1日号掲載)
 
※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2016年7月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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