滝田洋二郎 / 映画監督

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制作開始当初は、配給すら決まらず、制作終了後も公開まで13カ月かかった『おくりびと』。だが、口コミで良さが伝わり、最終的にはアカデミー賞外国語部門を受賞し、世界中が認める形となった。ここロサンゼルスでも一部上映された同作の監督、滝田洋二郎氏に話を聞いた。

死を扱っているが
生きるための映画

『おくりびと』は、最初、全然話題になっていませんでした。制作発表もやっていませんし、映画が完成して初めて完成披露だけやりました。クランクインする時に配給も決まっていなかったのですから当然だと思います。だから、オスカーをいただいたこと自体、「意外」と言うしかないです。
 
死を題材にした映画というのは難しいというか、当たらないという通説が映画界にはあります。まぁ、普通の人はあんまり喜びませんよね。企画の段階では。僕自身としてもやっぱりそう思いましたが、納棺師という珍しい職業にすごく惹かれました。映画監督としては、あまりみんなが作りたがらない、際どい、危ないところを覗いてみたいという習性がありますから、非常に興味を持ちました。それに自分の年になると、やはり死というものが周りにチラホラ近付いて来る多少の危機感もありました。死を扱っているけれど、僕なりに料理すれば、皆さんが考えているような、暗いくて地味な、ただ悲しいだけの映画にはならない様な気はしていました。
 
これは、生きるための映画です。しっかりと死と向き合うことで、命の尊さとか、大切さを実感して、明日への希望を持って歩き出す映画。主人公は納棺師ですが、納棺の映画ではないことは確かです。主人公自身も、オーケストラのチェリストという花形でありスポットライトを浴びる側から、それとは反対側のような職業に就かなければいけなくなってしまうという皮肉、そしてそこから初めて自分の生き方を見つけていくという、非常にわかりやすいドラマだと思います。
 
ただ、死を過剰に受け止め、深刻になり過ぎないこと。そして、価値観を押し付けないと同時に、過剰なユーモアも止めるということに気を付けました。お客さんに納棺の現場の遺族に会ったような気持ちで観てもらい、淡々とした中にも色んな感情が上手く取り入れられればいいなぁと思いました。納棺の現場というものは、すごく多様な感情があって、想像では考えられないリアクションもたくさん起こります。人それぞれのドラマがあるのだなという気はしました。
 
 

アドリブから生まれた
本質を突く言葉

死に対する尊厳を守りつつ、あまり暗くならないようにユーモアを混ぜ込むっていうバランスが上手くいきました。僕のコメディー好きなところを、今回は抑えることで、逆にシリアスの反対の笑いが生まれたのかなという気もします。
 
あと、そのバランスというのは俳優さんの力量によるところも大きいと思うんです。同じ台詞でも、俳優さんが違えば全然違う映画になってしまう。例えば山崎努さんがフグの白子を食べながら、「うまいんだよなー、困ったことに」という台詞があったんですけど、まさしくあれは人間の本質を突いた台詞ですよね。
 
これは、リハーサルの時に山崎さんがいきなりおっしゃたんです。「うまいんだよなー」という台詞はあったんですが、そこでボソッと「困ったことに」とおっしゃたんですね。その途端、「あ! それいただきます」って。それをそのまま本番でもやってくださいと。みんなが色んなアイデアを出したり、積極的に関わることで、映画は段々変化していきます。「困ったことに」を、どういう風に言おうか、あるいはそのリアクションをどう取ろうかとか、面白くなっていく傾向にありました。良い俳優さんに恵まれ、良いスタッフがすごく柔らかいライティングで作ってくれたんで、それが良い世界観を伝えてくれたのかなと思っています。
 
僕には確たる死生観はなくて、ちゃんと死を考えたことがありませんでした。自分が死に近い体験をしたことがないので、あえてすっとぼけて考えないことはあるかもしれないです。怖いっていうのもあったのかもしれません。どうしようもないことを考えて、落ち込むのも嫌だし。ただこの映画を撮って、死とか死体と接してみたら、人間は必ず死ぬんだなという所に辿り着きまた。ただ、死生観については、もうちょっとできれば考えたくないというのが本音です。
 
 

チェロの音色だけで
色んな心情を表した

音楽は、『壬生義士伝』という映画で一度ご一緒した久石さんにお願いしました。久石さんは、映画の感情、人間の感情を表すのがとても上手い方だというのはわかっていましたし、人気もあります。しかし、非常に忙しい方で、普通はなかなかタイミングが合わない。でも、今回はたまたま久石さんの方から声を掛けてくださったんです。久石さん自身が脚本を読まれて、「スケジュールを無理してでも、ぜひやりたい」とおっしゃっていただいたんで実現しました。
 
基本的にチェロだけで全編通しているんですね。チェロだけで、色んな心情を表していくというようなチャレンジをなさったということです。そして、エンディングは13分間チェロだけでやっています。収録日は、よそでオーケストラが開けないくらい1番いいチェリストたちが集まり、久石さんにまとめていただいて、
 
日本的な映画ですが、現実的には世界の色んな方に認めていただいた映画です。納棺師を通して死を扱っていますが、生きるための映画だということを、よく理解していただけるのではないかなと思います。
 
この映画をご覧になった皆さんが、どんな風にお感じになったか、ぜひおうかがいしたいです。特にロサンゼルスは日本人の方がたくさん住んでいらっしゃいますから、皆さんに日本を懐かしんで、楽しんでいただきたいなと思います。
 
 
 
監督 滝田洋二郎
たきた・ようじろう:1955 年富山県生まれ。81 年『痴漢女教師』で監督デビュー。成人映画の監督として話題作を連発し、注目された。85 年、初の一般映画『コミック雑誌なんかいらない!』を監督し、高評価を得る。以降、コメディー作品を中心に話題作を発表。2004 年の『壬生義士伝』で日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。『おくりびと』は、09年日本アカデミー賞で最優秀

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