ライトハウス
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ライトハウスの特集

アメリカでの教育・進学、ビザ・法律、市民権・永住権、観光・レジャー、求人・仕事、グルメ・レストランなど、現地情報誌「ライトハウス」の過去の特集をご紹介。

人生に活力!
趣味人間の充実ライフ(1)

Lighthouse編集部

ひと言で「趣味」と言っても、楽しい趣味もあれば、暗い(?)趣味もあり、その種類は千差万別。
でも共通して言えることは、その人を没頭させ、生活にハリを与えてくれること。
そこで、全身全霊で趣味を謳歌する「趣味人間」を紹介。
彼らの充実ライフを語ってもらいました。


日曜大工
高津 眞 さん
技術系キャリアコンサルタント

技術系の人材やコントラクターの紹介、派遣、コンサルティングを行うOrangeTech Network社代表取締役兼CEO。昔からモノ作りが大好きで、家の備品や生活必需品を作製するほか、家の修復などの大掛かりな日曜大工も手掛ける。そのほか、飛行機や山登り、スキー、キャンプ、マラソン、ローラーホッケーなどもやりこなす、多趣味人間。

日曜大工はお金の節約
必要に迫られ、やっています


アメリカ人って、自分で何でも作っちゃうでしょ。私の知人も、家具を作ったり家の修理をしたり。それを見て、自分でもやってみようかなって思ったのが最初でしたね。もう25年くらい前のことです。
 
1番最初に作ったのが、このテーブル。うちの子供が生まれるずっと前からありますよ。かなり厚い天板を使いしっかりと補強していますから、大人4人ほどが乗って飛び跳ねても、まったく大丈夫(笑)。長持ちしていますね。
 
ご覧の通り、僕のやっている日曜大工は、道楽と言うより日常の必要性に迫られてやっているという感じ。何かを作ったりどこかを修理しなければならない場合、大工さんに頼むとかなりお金がかかるでしょ。それなら「自分でやってやれ」って言うのが、私の日曜大工の原点なんです。
 
アメリカのホームセンターには、あらゆる工具と材料が売られています。まるで、家が1軒建てられるみたいに。それで、当時住んでいた家の改修を試しにやってみたんです。妻はハラハラして見ていたと思いますよ、壁を破ったり穴を開けたりするわけですから(笑)。でもね、終わってみるとそこそこ良いできあがりで。それから、どんどん作業の内容が増えていきました。

日曜大工のノウハウは、もっぱら本や雑誌から学びます。誰かから教えてもらっているわけではありませんが、きっちりと基本を押さえることにしています。そうでないと、見た目は立派でも後で色々問題が出ますからね。

これから手掛けたいのはバスルームの全面改装

今までに手掛けたもので1番大掛かりだったのは、このキッチンです。10年前この家に引っ越して来た時、すでにシンクや棚、レンジが設置されていました。でも、古い上に雰囲気が暗いので、全部撤去したんです。何もない状態に戻してから、自作の図面に沿って材料を用意。キッチンは妻が最もよく使う場所ですから、位置や高さなど彼女の要望を大いに取り入れて作りました。ですから、今でも使い勝手がいいって言ってくれます。


キッチンはすべて高津さん作。棚、シンク、グリル、換気扇など、奥さんの
意見を参考に組み立てた

さっきも言ったように、私にとっての日曜大工は、お金を節約しながら生活に必要な物を作る作業。例えばこの台所は、床も含めて材料費は5〜6千ドルですが、専門業者に頼むと、3万ドルはかかると言われました。
 
モノ作りは子供の頃から好きでした。車の修理も自分でやります。これも、お金の節約かな(笑)。アメリカに来た頃は1ドル260円くらいの時代。貧乏で、ボロボロの日本車に乗っていました。ある日、エンジンが壊れてしまって。でも修理にお金がかかる。たまたま日本に修理工の友人がいて、彼に頼んで中古エンジンを用意してもらいました。私が日本に帰った時、そのエンジンをバラバラに解体し、鞄に入れてアメリカに持ち込んだんです。そしてこちらで組み立てました。きちんと動きましたよ。でも、お金があればそんなことはしてなかったでしょうね(笑)。背に腹は代えられないから、最小限の資金で、工夫しながら作ってしまうんです。
 
今でも何かを作る時は、極力安いお金で長持ちする物を作るよう心がけています。今も資金面をクリアすれば、作りたい物はいくらでもあります。今度は、バスルームを全部改造したいかな。


中古バイク&銃収集
たかひろ さん
板金・塗装会社勤務

高校卒業後、射撃の腕を磨くために陸上自衛隊に入隊。除隊後、ハイヤー運転手に。その頃から、好きな車やバイクの修理を本格的に始める。その腕が見込まれて、1992年にメカニックとして渡米。その後、収入が良いと現職の板金・塗装業に就職。現在は、より多くのバイクを保管したいと本格的にガレージを借り、趣味に生きる。

バイクも銃も精神の拠り所
仕事は趣味のためと割り切ってます


古いバイクが大好きで、壊れたバイクを買ってきては修理し、乗れる状態に戻すんです。とにかく、それが楽しくて。1992年の渡米以来、数えきれない台数を修理しては手放しての繰り返し。本当は、直したバイクを全部コレクションしたいんですが、増え過ぎても困るので、結局は売ってしまう。これはジレンマですね。そこで、思い切って本格的なガレージを借りることにしたのです。ここなら数台置けますから。
 
経費はかかりますよ。1番お気に入りのハーレーは、7千ドルほどで買って、修理に3千ほどかけました。直った後は、コレクション用としてNon-Operation登録する方法もありますが、基本は動くようにしていますからナンバー登録します。すると登録料と保険が必要。でも、身体は1つで乗れるのも1台だけでしょ。今持っている5台は売りたくないですが、金が入ったらまた古いバイクを買って修理して。そしたら、どれか売ることになるんだろうな(笑)。
 
バイクいじりで1番面白いのは、やっぱりエンジン。「ブーン」って動いたら、死んでいる物が生き返ったような感じです。だから、致命的な故障や複雑な構造のエンジンほど、修理していて燃えちゃいます。すんなり直っちゃうと、意外と愛着が湧かなかったりしますからね。
 
思い返せば、幼い頃から機械に親しんでいました。田舎育ちで、親父がもらってくる鉄クズとか壊れたエンジンとか、オモチャ代わりにしていました。工業系の高校を卒業して、整備士資格を取得しましたが、就職先は陸上自衛隊。新兵や独身者は駐屯地の中で生活しますから、バイクいじりなんてできません。だから欲求不満でしたよ。でも新兵を卒業して休みが取れるようになると、駐屯地の外に下宿を借りて、そこにバイクをこっそり隠すんです。4年間の自衛隊生活でしたが、退職間際は内緒で乗っていました(笑)。

銃の歴史を考えると粗末に扱えません

僕は、中学生の頃から銃にも興味がありました。高校で射撃部に入り、エアーライフルの許可書を取得しました。一生懸命に練習した努力の甲斐があって、インターハイと国体にも出場しました。自衛隊に入ったのは、射撃をやるためだったんです。自衛隊には、オリンピック選手養成の体育学校がありましたから。もちろんバイクは好きでしたが、「オリンピック選手の方が夢があるし、鉄砲で食っていこう」と決めていましたね。でもね、上には上がいる。オリンピックどころか、全日本で勝つのも大変。2年ほどで挫折し、射撃を辞めました。
 
除隊してからはハイヤーの運転手をし、それまでの欲求不満解消のためにバイクを買いまくっては、いじっていました。それがきっかけで、アメリカでメカニックをやらないかという話が来たんです。アメリカなら、バイクも鉄砲も両方楽しめる。それで渡米しました。
 
今は、色んな銃を集めています。ピストルも合わせてざっと50数丁持っています。集めているのは、実際の戦争で使われた銃。木と鉄でできた古い品々です。光沢も良いしきれいだし、理屈抜きにかっこいい。ただ、銃が持つ歴史を考えると、微妙な気分ですね。これで人が死んでいるかもしれないし。でもね、だからこそ粗末に扱うことはできない。きちんと手入れして、常に良いコンディションにしてあげる。いずれはほかのコレクターに渡っていく物だから、僕の所有はその時までの一時的な保管場所。だからバイクと違って、銃は一切いじりません。前の持ち主も、その前の持ち主も、きちんと保管していてくれたから、良好なオリジナルの状態で僕の所に来たんですものね。
 
趣味って、2パターンあると思うんです。1つは、若い頃仕事に精を出し、ビジネスを成功させて、40歳くらいでゆとりを持って趣味を始めるタイプ。もう1つは、「何が何でもそれしか頭にない」っていう没頭タイプ。僕は、もちろん後者です。仕事は趣味のためと割り切っていますから、資金繰りは自転車操業ですよ。稼いでは使い、稼いでは使いの繰り返し(笑)。その分、バイクも銃も、僕の精神的拠り所です。これがなくなったら働く意味なんてないくらい。このままずっと、趣味に生きていくでしょうね。


トライク
大山雅章 さん
不動産、プロパティーマネージメント

リアルター兼サウスベイの自社所有モールを管理するMARUMATSU, Inc.バイスプレジデント。仕事に疲弊していた10年前にトライクと出会い、それ以降夢中に。2004年からトライクには免許が必要となり、翌05年にFAAスポーツパイロット免許を取得。自分の人生に活力を与えてくれたトライクの楽しさを広めようと、現在仲間を募集中。

広大な青空で自分を解放!
トライクで、生活にハリが出た!


トライクは、座席付きハンググライダーにエンジンが装備されたような構造をしています。超軽量飛行機に分類され、操縦するには免許が必要です。エンジンは推進力として使うだけで、ハンググライダーのように自分の体重移動でコントロールします。
 
私がトライクを始めたのは、1999年の10月。当時の私は、仕事に明け暮れる毎日で、精神的にいつも不安定でした。そんな私を見て、知人が「趣味でも始めたら」って言ってくれたんです。やるなら、スカッとすることがいいって思うものの、自分が何をしたいのかわかりません。そこで、小さい頃から飛行機の模型が好きだったこともあり、ラジコンの飛行機でも始めようと思いました。しかし、ショップに行って実際ラジコンを手にした瞬間、「何、これ?」ってサッと冷めちゃったんです。
 
そんな折、トーランス空港の金網越しにセスナの離発着を見ていると、おじさんが寄って来て「オレのに乗るか?」って。興奮しながら彼のセスナに乗せてもらったんですが、なぜかしっくりこない。私の「空を飛ぶ」イメージはスーパーマンで、飛行機のように壁に囲まれて飛ぶのとは違ったんですね。正直に自分の気持ちを伝えると、「じゃあ、むき出しで飛んでいるオレの友達を紹介してやるよ」って。それがトライクだったんです。
 
初めて目にするトライクを前に、私は久しぶりに興奮しました。トライクって、助走距離が短く急上昇するんです。だから、乗っていても現実感がなく、気付いたら上空にいる感じ。その瞬間にはまりましたね。「これだ、オレの求めているものは!」って。まさに鳥になった感覚でした。

トライクの1番の魅力は、すべてを忘れられる瞬間が手に入ること。トライクはスピードが遅いため、色んな物に近寄ることができるんです。だから、見たことのない角度から物を見れるんです。例えば、ハリウッドサイン。通常は遠くから眺めているだけですが、トライクだと目の前まで行けるんですよ。モニュメントバレーなんかも、飛行機では行けないくらい近くまで寄れます。すると、日常の小さな問題や悩みから解放され、自分だけの世界に没頭できるんです。
 
トライクを始めてから、生活は激変しました。物事の見方がポジティブになり、自分の器も大きくなった気がします。それまでは、常に小さなことにこだわり、いつまでもグズグズと悩んでいました。今でも小さな問題に悩む時はありますが、以前と比べると流せるようになりましたね。その意味では、トライクのおかげで生活に余裕が出てきましたし、これまで以上に、仕事にも打ち込めるようになったとも思います。「オレは、空飛ぶリアルターだ!」ってね(笑)。

今度はトライクを多くの人に広めたい

今では自分のトライクを所有し、技術も向上ました。日々の生活にハリも出て、自分なりに落ち着いてきました。すると今度は「仲間を作って、この楽しさを教えてあげたい」って思い始めたんです。それで、色んな媒体に広告を出して、興味のある人を何年か探し続け、計40人ほどの方を体験で乗せました。皆さん楽しんでくれるのですが、真剣に趣味でやろうとする人がいないんです。「お金がかかりそうだ」「時間がない」って。


砂漠、山、海と、大自然を身体中で感じるトライクは、大山さんの
生き甲斐とも言える

そこで、インターネットのネットワークサービスを利用し、やりそうな人に片っ端からメールを出して誘ったんです。すると、1人から返答がありました。後日、その方は私のトライクを見に来ましたが、開口一番「かっこいい!」って(笑)。それ以来、彼も夢中でやっていますよ。彼が、私のトライク仲間第1号。彼には実に感謝です。
 
これからもっと、一緒にやれる仲間を増やしたいと思っています。幸い私は教えられますから、退職なさった方や夢が見出せない方など、一緒にやれれば楽しいと思うんです。きっと人生が充実するはずです。時間さえ作っていただければ、僕がトライクを用意しますし、僕が教えますよ。無線で話をしながら、大空を散歩する。気持ち良さそうでしょ。とにかく、トライクに夢を持てる人が集まって、楽しさを共有したい。この記事を読んで、興味を持たれる方が現れるとうれしいですし、来年3月には「モニュメントバレーで鳥になろう」というツアーを予定していますので、これにも参加できる方がいればいいですね。