ライトハウス
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ライトハウスの特集

アメリカでの教育・進学、ビザ・法律、市民権・永住権、観光・レジャー、求人・仕事、グルメ・レストランなど、現地情報誌「ライトハウス」の過去の特集をご紹介。

人生に活力!
趣味人間の充実ライフ(3)

Lighthouse編集部

ひと言で「趣味」と言っても、楽しい趣味もあれば、暗い(?)趣味もあり、その種類は千差万別。
でも共通して言えることは、その人を没頭させ、生活にハリを与えてくれること。
そこで、全身全霊で趣味を謳歌する「趣味人間」を紹介。
彼らの充実ライフを語ってもらいました。


HAM(アマチュア無線)
萩原フレッド さん
航空コンサルタント

HAM歴半世紀の大ベテラン愛好家。これまでずっと航空関係の職に就いてきたのは、HAM好きだったため。日進月歩の無線技術を習得しつつ、見知らぬ人との出会いにロマンを感じる。

HAMのロマンは、人との出会い

私のHAM歴は、50年になります。中学2年生の時にHAMの免許を取り、それ以来やっていますから。きっかけは、小学校の無線クラブに誘われたこと。今から考えれば、HAMが私の人生を方向付けたと言ってもいいと思います。今の仕事は航空コンサルタントですが、元々は、航空機無線の整備士をやっていましたから。

私が小さい頃には、メーカー製の無線機はありませんでした。送受信機も手作りの時代。完成して、いざスイッチを入れても動かないってことも(笑)。そこでまた作り直す。そして、やっとできた無線機で、世界中の見知らぬ人と話をするんです。子供心に、「あぁ、夢があるなぁ」って思いました。
 
HAMの楽しみ方って、世界中のHAMと話をする。ただそれだけのことなんです(笑)。でもね、HAM同士って、すごく打ち解けやすいんです。ですから、世界中にたくさん友達がいますよ。


車の中にも無線を設置し、いつでもどこでも楽しむ。
日本との交信も可能

こんなことがありました。西アフリカのコートジボワール共和国に仕事で行ったんです。HAMをやっている人間って、知らない所に行くと無意識に空を見上げ、HAM用アンテナの有無をチェックするんです。アンテナがあると、その建物には間違いなく愛好家がいるわけですから。それで、私も何気なく見上げたら、アンテナがあったんです。そこで早速訪問したら、話をしたことのある人がいたんです。ビックリしました。互いに初めてとは思えないくらい、とても親しくなりました。

こんな話もありました。アメリカ人の知人が、仕事で日本に行きました。日本語ができない彼は、運悪く病気になってしまい、「英語が話せるドクターを探してくれて」って私に連絡してきました。私は、彼の近くに住むある医師に連絡し、診察を依頼しました。その医師は迅速に対応してくれ、無事、知人は元気になりました。実はその医師も、HAMを通じて知り合った方だったんです。
 
今でもHAMは、私にとって「夢のある」趣味です。こらからもずっと少年の気持ちで、世界中の素敵な人と出会っていきたいですね。


陶芸
中村真里さん
広告プロダクション経営

テレビCMの広告制作のプロデュースから、雑誌のLAでの取材コーディネート、編集を手がける。現在はサンタモニカ・カレッジのティーチャー・アシスタントも務める。

陶芸の面白さは、"Unlimited"

陶芸を始めたのは10年ほど前。当時、多忙な仕事で心身共に疲れたので、日本で3カ月休養すると決めて帰りました。何もしないわけにもいかないということで、友達に誘われて代官山の陶芸スタジオに行ったのがきっかけです。LAに戻ってからはウエスト・ハリウッドの陶芸スタジオで習い始め、その後サンタモニカ・カレッジで3セメスター、クラスを取りました。今はスタジオで作品を作るのと、週に5時間ボランティアでサンタモニカ・カレッジで先生のアシスタントをしています。
 
仕事は、テレビCM、グラッフィック広告のコーディネートラインプロデュースをやっていますが、一旦仕事が入ると、撮影が終わるまで不規則な時間が続きます。そんななかで、自分のための時間を作るのは大切だと思いました。
 
気分転換でき、達成感を感じる時間を作りたいと陶芸を始めました。形に残る、そして世界に1つしかないと思う自己満足。陶芸を今まで続けてこられたのも、そういうことなのかもしれません。


皿やカップに絵を描くスタイルがお気に入り。招きネコも真理さんの作品

最初の頃は技術やコンセプトもさっぱりわからず、ただ作って覚えたという感じでしたが、カレッジでようやく基礎をしっかり理解できました。陶芸の面白い点は、"Unlimited"なところ。奥が深いから1つ進めばまた違う課題が見えたり、自分の好きなものが変化していったり。また、出来上がりがどうなるかわからないのも面白いですね。同じように作っても、何1つ同じにならない。それがまた魅力です。今はシンプルな形の器に絵付けをするのが気に入っています。海草を表面に巻いて焼く手法も色や仕上がりが面白く、これにも取り組んでいきたいと思っています。
 
陶芸を始めてから、友達もたくさんできました。日本の陶芸技術は素晴らしく、私の周りにも日本に留学して陶芸を学んだ人がいます。でもLAにはさまざまな国の人がいるから、アラブやヨーロッパ、アメリカまで世界中の陶芸に触れられることが面白いですね。陶芸は、自分が気持ち良く過ごせる楽しい時間です。これからも続けていきたいと思います。


料理
武田宏史 さん
自営配達業

夫婦で自営の配達業を営む。小学生の時に焼きソバを作ったのがきっかけで、それ以降、頻繁に台所に立つ。今でも毎日、夕食を担当する。配達中にもレストランに立ち寄り、味の研究に余念がない。

感謝の気持ちで、料理を作ります

小学3年生の時、妹と留守番していたんです。すると、「お兄ちゃん、お腹空いた」って言うもんだから、見よう見まねで台所にある材料で焼きソバを作りました。それが、1番古い料理の記憶ですね。
 
特に誰かに料理を教えてもらったことはありません。味付けは、もっぱら自分の舌が頼りです。レストランで、「この料理は美味い!」って思うと、その味を頭に叩き込み、使われているであろう調味料や材料を考えます。それを頼りに家で作ると、大体レストランの味に近い料理が作れますね。
 
「この味とあの味を合わせると、こんな味になるかも」って、できあがりの味が想像できるようにもなりました。それで、自分なりのオリジナル料理に挑戦します。例えば、インド料理によく使われる「マンゴーチャツネ」という調味料。材料は文字通り「マンゴー」ですが、それ以外の材料は知りません。でも、マンゴーチャツネの味をみた時、ふとレシピが頭に浮かんだんです。「多分こうだろう」的な発想で、僕風の爛泪鵐粥璽船礇張〞のできあがり。今では、それを使って料理しますね。
 
好奇心が旺盛なんでしょうね。料理の既成概念を破ってしまうというか。例えば、味噌汁にアスパラ。一度試してください。美味いですよ。そうそう、爐んぴらゴボウ〞を、セロリで作ってみてください。これがまた美味いんだ。
 
実はこの爐んぴらセロリ〞は、母の考案なんです。私は、一家で28年前に渡米しましたが、その頃は日本の食材は高いし、店も少なかった。それで、母は何とか現地の材料で美味しい料理を作ろうって工夫したんですね。その1つが爐んぴらセロリ〞ってわけです。
 
母は3年前に亡くなりましたが、いつも、「残さずに食べなさい」って言っていました。世界には、飢餓に苦しむ人がたくさんいます。すべてに恵まれた僕たちは、それにピンと来ませんが、食べ物を粗末にせず、すべての命に感謝し、残さず食べるようにしなければいけない。最近こんなことを考えながら、皆に喜んでもらえる料理を毎日作っていますね。