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Can You Change? オバマ改革の成果と展望を分析する(1)

Lighthouse編集部

2008年11月、初のアフリカ系アメリカ人の大統領として華々しく当選した民主党のバラク・オバマ氏。今年1月の正式就任前から精力的に活動し、世界恐慌以来の不況経済を立て直すべく尽力してきた。しかし、医療制度改革やアフガニスタンでのテロ掃討作戦の泥沼化など問題は山積。国内経済にしても失業率は増加する一方で、支持率も最近は低下気味。

今回は3人の有識者に、オバマ政権の改革の成果と今後の展望について聞いた。


内政-景気対策(1月〜6月上旬)

大恐慌以来の不況景気回復が最優先事項

2008年9月、リーマンブラザーズが経営破綻。これをきっかけに同年秋から本格的な景気後退が始まり、株価と住宅価格の下落、失業者増大と、アメリカ経済は不況に突入した。100年に1度と言われる厳しい不況の最中に誕生したオバマ政権だったが、大統領就任1カ月で景気対策法案を可決。戦後最高額となる7870億ドルの予算を組み、金融機関救済、公共事業の拡大、クリーンエネルギーの利用促進、住宅購入者支援を含めた、個人や企業への減税を実施した。

アメリカの政治・経済に詳しい冷泉彰彦氏は、オバマ政権の素早く、強固な対応を高く評価している。

「オバマ大統領が誕生した当初は過剰な期待感があり、景気もすぐに良くなるかと思いきや、『オバマは全能だから何でもできる』という雰囲気にはならず、就任後1カ月間は株は下がりに下がり続けました。しかし、オバマ大統領はまったく動揺することなく、就任1カ月で半ば強引に景気対策法案を通しました。共和党からは、お金を使い過ぎだとの批判もありましたが、『絶対景気を回復するんだ』という決意の下、やるべきことを果たしたわけです」。

また、ワシントン・ウォッチ発行人である山崎一民氏も、景気対策こそがオバマ大統領最大の功績だと強調する。

「現在の景気後退は、1930年代の世界大恐慌以来、最悪の状態で、『Great Depression』になぞらえて、『Great Recession』と呼ばれているほどです。7870億ドルという大きなお金を動かす思い切った対策を実現・実施したことは、最も評価されるべきことだと思います」。

その結果、3月下旬から株価はどんどん回復したものの、実質経済が良くなったわけではなく、消費も横ばい。失業率もじりじりと増加しており、苦しい日々が続いている。

「効果が多少数字に現れたからと言って楽観はできないこと、現在も10%の失業率があることを国民に伝えながら、雇用を回復するための景気刺激策を淡々と実行している点で、やはりオバマ大統領は、市場に対するメッセージ、社会に対するメッセージ、政治的なメッセージをうまく唱えることのできる人だと思います。6、7月の雇用データも決して良くなかった。それでも、政治的にできることを全うすることで、何らかの希望を国民に与えることはできたのではないでしょうか」と冷泉氏は語る。

一方、山崎氏は、オバマ大統領の景気対策がなければ、さらに酷い状況に陥っていたことを指摘する。

「それほど効果が出ていないと非難する共和党員や一部の経済学者はいますが、景気のさらなる悪化を効率的に防いだという点から考えると、歴史的に見ても大事を成し遂げたと言えるでしょう。特にアメリカ産業の柱であり、文化・文明の面から考えてもアメリカ社会に大きな影響を持つ自動車産業の危機を、役員交替などの荒療治で救ったことは意味深いと思います」。


冷泉彰彦◎れいぜい あきひこ 1959年、東京都
生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院
卒業。プリンストン日本語学校高等部主任。村上
龍編集長のメルマガ「JMM」に「FROM911、USA
レポート」、『Newsweek日本版』公式HPにブログを
寄稿中。ニュージャージー在住

住宅問題の深刻化 ローン支援策の効果は?

オバマ内政のもう1つの柱、金融安定化策の一環として、政権が樹立して間もない今年2月から、住宅ローン返済に苦しむ国民の負担を軽減する方針を明らかにしてきた。住宅価格の下落とサブプライムローンが景気後退の大きな理由であるため、500〜1千億ドルをつぎ込むことで差し押さえを回避し、月々の返済が可能になるようなローン条件の変更を促すというものであった。

果たしてこの住宅ローン支援策は、どの程度機能しているのだろうか。
 
11月末に発表されたニュースによると、65万人の住宅ローン債務者のうち、実際に政府の支援策で、返済額軽減などの条件変更が可能なのは20%程度にしか満たないという政府はこれを金融機関の怠慢であると指摘し、これまで申請のあった37万件のローンを年内に処理するよう働きかけていく方針を示している。

「2月から実施している最低年利2%という低利の住宅ローン制度が、思うように利用されていないとして、銀行や住宅ローン会社に圧力をかけ始めました。この背景には、住宅ローンの破綻がなかなか止まらない中で、これ以上銀行の経営が行き詰まると、預金保険機構(FDIC)も限界に来てしまうという厳しい状況があります」と冷泉氏。

多くのエコノミストたちも同様に、この刺激策はあまり効果を上げていないと見ている。なぜなら、債務者救済が必ずしも金融機関にとって好ましいことではなく、むしろ担保物件を競売にかけた方が、即座に利益を上げられる場合があるからだ。

また、失業者問題も大きな足枷となっている。既に住宅ローン金利は低水準であり、リファイナンス(借り換え)の条件を満たせるような人ならば、政府が特別金利を用意するまでもなく、借り換えを行える。ゆえに、一部の経済学者は、この失業者支援策の概念的欠陥とそれを実行する金融機関の弱体化を指摘している。

「とにかく景気の2番底を避けるために、雇用と並んで住宅ローン問題も重要なのです」と冷泉氏。しかしながら、まだまだ明るい光が差してくる気配はなさそうだ。



内政-医療制度改革(6月下旬〜現在)

山崎一民◎やまざき かずたみ 1947年、東京都生
まれ。早稲田大学卒業。日本経済新聞記者、ワシ
ントン特派員、在日米国大使館のシニア・エコノミック
・アドバイザーを経て97年に渡米。週刊ニュースレター
「Washington Watch」を編集、発行。ワシントンDC
郊外在住

最大公約のひとつ 医療制度改革の行方

09年上半期を景気対策や金融危機対策に費やしたオバマ大統領は、6月初めに金融機関やゼネラルモータース(GM)、クライスラーの救済を完了すると、6月下旬からは、いよいよ医療制度改革に取り掛かることになる。

まだ安定しない金融機関や景気回復に必須の金融規制改革案が疎かになっているとの批判もあるが、冷泉氏はオバマ大統領について以下のように分析する。

「経済回復を見届けずに、新たな問題に着手するのは時期尚早という声も確かにありましたが、オバマ大統領は立ち止まって考えるタイプではないんです。彼は、さまざまな問題を解決するために4年なり8年なりの時間を費やして、初めて大統領職を全うできると思っているのでしょう」。

また、「雇用が回復しても、パートタイムでは医療保険がもらえない。それでは国民は安心して消費に支出を回すことはできず、本当の意味での市場の活性化にはなりません」と、「医療保険改革=景気回復」という論理の下、大統領は新たな改革に取り組んでいると言う。

通常12月15日以降は閉会する連邦議会を、下院はクリスマスイブまで開会することを発表するなど、年内の医療制度改革法案可決に向けた気合いは十分に感じられる。だが、実際はやっと下院で可決されたばかりで、最終的に法案化されるまでには、上院案の審議と可決、両院協議会での一本化、両院での可決、そして大統領の署名と、まだまだ道のりは長い。そして、その上院で審議が難航している。

「乳ガン検診や子宮ガン検診の見直しが突然議論され始め、『公的保険導入を前提にコスト削減を打ち出したのでは』と、反対派を勢い付かせています。民主党の中間派の造反も出ていますから、可決までさらに時間がかかりそうですね」と冷泉氏。

かなりの逆風が吹いているものの、「今年中に医療制度改革を法案化することは、オバマ大統領のマニフェスト(政権公約)のひとつですから、それを守ることは政治的に大きな意味があります。来年の中間選挙に向けて、大統領としては、もう1つ結果を残しておきたいところでしょう」と、山崎氏が話すように、オバマ大統領としては、年末ぎりぎりまで最善を尽くしたいところだ。



医療制度改革

井川智洋◎いかわ ともひろ 1976年、愛媛県生ま
れ。一橋大学卒業。ニッセイアセットマネジメントにて
外国株式のポートフォリオマネージャー、株式アナリス
トに従事。2008年に日本生命の資産運用現地法
人であるNLI International, Inc.に出向し、ヘルスケ
アを担当。ニューヨーク在住

医療費高騰の背景とオバマ改革案の全貌

アメリカで医療費が高いのは当たり前と諦めがちだが、「日本にできて、なぜアメリカにできない」との疑問も残る。高騰する医療費の背景とオバマ政権が打ち出した医療改革案の内容について、日本生命の資産運用現地法人「NLI International, Inc.」のヘルスケア担当、井川智洋氏のコメントを交えながらまとめてみたい。

まずは、なぜアメリカの医療費が、他の先進国に比べ高額なのか、その疑問について考えてみよう。

井川氏は、医療技術の最先端を走るアメリカならではのジレンマが、医療費高騰に深く影響していることを指摘する。

「世界における医薬品の研究・開発費の80%が集中するアメリカですが、近年、新薬候補物質の発見が困難になったり、薬の安全性が強く求められるようになったため、食品医薬局(FDA)が承認する新薬の数が伸びていません。一方、新薬への投資額は増加し続けているため、医薬品価格の上昇を引き起こしています」。

高齢化も医療費高騰の一因とされるが、井川氏はむしろアメリカ独特の文化と複雑化した医療システムが大きな原因だと言う。

「他の先進国では高齢化と医療費が比例して上昇しているのに対し、アメリカでは高齢化より速いスピードで医療費が高騰しています」。

そのひとつの原因に、アメリカのテクノロジー信仰と訴訟文化がある。「コンピューターなどITもそうですが、アメリカでは新しい技術ほど良いとされる傾向にあると言われています。医療現場も例外ではなく、最新機器を次々と導入した結果が、医療費に跳ね返っています。例えば、マイアミ市のMRI設置台数は、カナダ全域の台数に匹敵するというデータがあるほどです。加えて、訴訟大国アメリカでは、医師が『できるだけのことはした』と公言できるよう、必要以上の医療行為をする傾向があるのではないでしょうか」。

医療システムの複雑化も大きな要因だ。

「日本は健康保険を国が管理・運営するシングルペイヤー制で、医療サービスを受ける際も1カ所で事足りる場合がほとんど。一方、アメリカでは複数の保険会社がさまざまな保険を提供し、主治医、専門医、検査施設など医療機関が細分化していることから、事務効率が悪くコストがかさんでしまいます」。

カナダの国民1人当たりの医療事務コストが医療費全体の17%なのに対し、アメリカは31%に上ることからも、その非効率性がうかがえる。

社会問題のひとつである無保険者の存在も忘れてはならない。

「無保険者は、病状が悪化してやむを得ず病院に行くケースが多く、その分治療費も高くなります。また、無保険者の治療費未払い分は、政府や医療機関が補填・吸収しなければなりません。政府による補填には限りがあるので、医療機関は有保険者により高い治療費を請求することでこれを補うのです」。


全米平均で年間保険料の8・4%が、無保険者の存在によりかさ上げされている部分とも言われており、医療費高騰の大きな原因となっている。

また、「政府系・民間医療保険会社それぞれが、医薬品価格を製薬会社と交渉しますが、その価格には大きな差があります。例えば、退役軍人局の保険では、製薬会社はメーカー希望価格に対し55%の割引で医薬品を提供していますが、民間保険会社に対しては、20%しか割引していません。何よりシングルペイヤーが存在しないと、規模の経済が働かないため、医薬品の価格を低く抑えることができないのです」。(右表参照)

保険会社が1つ増えるだけオバマ大統領の改革案
アメリカの医療制度は、国民にとってかなり厳しい状況を招いている。そこでオバマ政権が掲げた医療制度改革の基本理念が、「手頃な価格の医療保険を、すべての人々に」というもの。医療保険取引所や国営医療保険会社の設立などを通じて、医療費の削減、国民皆保険を達成することを掲げている。

では、オバマ政権の医療制度改革案はどんなものか、確認してみよう。

改革案は、上院案、下院案の2つが存在する。11月中旬現在では、下院案が可決、上院案も審議が始まろうとしているが、本筋は概ね同じで、以下の3つの項目を柱としている。

々駝嘘保険の実現
現在は、企業が提供する医療保険加入者が約60%、政府系加入者が20%(高齢者、低所得者など)、個人保険加入者が5%、残り15%が無保険者となっている。この状況を解消するために、加入を促す「国民医療保険取引所」の設立、「パブリックオプション(国営医療保険会社)」の導入に加え、既往症のある人への加入謝絶禁止など、既存の保険会社に対する規制強化、企業の従業員に対する保険提供義務化、個人への保険加入義務化(共に罰則あり)が盛り込まれている。

医療費の削減
連邦政府が運営する高齢者向けの医療保険「Medicare」で、民間保険会社に事業を委託している「Medicare Advantage」の請求給付金(委託報酬)を削減、Medicareに参加する医療機関に対して、治療の質に応じて報酬額を決定する「Pay-for-Performance」の拡大、医薬品価格の引き下げなどを行い、医療費を削減していく。また、バイオシミラーの促進など、製薬会社間で価格競争が起きやすいような枠組みを確立する。

医療制度改革のための増税
高額所得者に対する増税(下院案:年収100万ドル以上対象、上院案:同25万ドル以上対象など)、医薬品メーカー、医療機器メーカーなど、医療産業に対する増税が含まれている。オバマ大統領の予算教書に含まれた、多国籍企業の在外子会社を通した節税策の縮小による実質的な増税は、今回見送られた。しかし、再来年以降で再審議の可能性大。

この中で最も気になるのが、,離僖屮螢奪オプションの導入だ。日本のように明確な制度の下、安心して医療サービスを受けることができる公的保険は生まれるのだろうか?

「Medicareのように、医療機関の医療行為に対して保険会社が支払う額の水準を、政府が決定する枠組みを持つパブリックオプションを導入するのが最も理想的です。保険会社から医療機関への支払いは償還と言われますが、Medicareの場合、政府が民間保険より2割から3割低い償還水準を医療機関に強制しています。この償還は、保険会社の費用全体の約80%を占めており、Medicareのような低廉な償還水準がパブリックオプションに採用されると、費用が安く済むことから、保険料を低く設定できることになります。従って、ほとんどの人はパブリックオプションへ鞍替えし、実質上のシングルペイヤーシステムが確立されるでしょう。一方で、民間保険会社の経営は成り立たなくなります。製薬会社なども価格引き下げを強いられることになります。そのため業界全体から猛反発があり、今回の法案では、パブリックオプションにおける低廉な償還水準の採用は見送りとなりました」と井川氏。

では、具体的には何が変わるのかと言うと、「法案に盛り込まれたパブリックオプションは、政府が償還水準を法律で決定するのではなく、(政府設立の)保険会社と医療機関が民間保険会社と同様に価格交渉によって決定するものです。わかりやすく言えば、新しい保険会社が1つできるだけ。結局は、民間保険会社と変わらない保険料しか提供できないだろうと予想されています。しかし、国が運営する保険会社ができることで、3年、5年後に、政府による価格改正が行われる可能性もゼロではなく、そのため民間からはこれに対しても強い反発があります」。
 
情報が非対称な医療の場に、市場性を持ち込んだことがアメリカの失敗だと井川氏は指摘する。

「患者は自分の病状について何もわからないため、医師の助言を聞かざるを得ません。つまり医療提供者が価格をいかようにもコントロールできるわけです。そのような意味でも、政府の介入はある程度必要だと思います」。

オバマ大統領の医療保険改革には、高騰し続ける医療費を食い止める画期的な打開策を期待したい。

「アメリカの医療技術が世界一進んでいることは間違いありません。世界の医薬品研究・開発費の8割が集中するアメリカが、医療費上昇を抑えるために投資を止めてしまったら、医学の進歩が止まってしまうことになります」と井川氏が話すように、医学先進国アメリカならではのジレンマも状況打開を困難にしているようだ。

医療制度改革法案の概要まとめ

■国民皆保険の実現
国民医療保険取引所の設立
パブリックオプション(国営医療保険会社)の導入
医療保険会社に対する規制強化
個人の医療保険加入義務

■医療費の削減
Medicare Advantageに対する請求給付金の削減
MedicareにおけるPay-for-Performanceの拡大
Medicare Part D、Medicaidにおける医薬品価格引き下げ

■増税
高額所得者に対する課税
医療産業に対する課税
一般企業に対する課税(今回は見送り)