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学習言語の変化に伴う弊害

Lighthouse編集部


英語での学習言語力は伸びるのに5〜11年

 子供のバイリンガル教育においてもう1つ注意しなければならないのは、家族関係や学習能力に悪影響が出る危険性をもはらんでいる点だ。第2言語で教育を受けるということは、言語の習得以外にも影響をおよぼす。

 言葉の力には2種類あり、1つは会話力で、もう1つが学習言語力だ。会話力と学習言語力の習得には差があるため、在米期間が短い場合は、現地校へ入れるのか日本人学校に入れるのか熟慮したい。また親と子の第1言語が違うために生じる落とし穴もある。ダグラス助教授によると、アメリカで英語を第2言語として習得する場合、3〜4年もすると会話においては「この子は英語がわかるようになった」と思えるが、英語の学習言語力が伸びるにはさらに年数が必要だそうだ。第1言語での就学経験が2〜3年あると、学習言語力が伸びるのは5〜7年、就学経験がなければ7〜11年かかるというウェイン・トーマス博士とバージニア・コーリア博士の研究結果もあるという。

 例えば小学校3年生で渡米して5年後に帰国するケースでは、英語は話せるようになっても学習に必要な英語の力は伸びず、また日本語での学習言語力も日本にいる同年齢の子供と同レベルにならない状態で帰国することになる。駐在員家庭にとって、これは深刻な問題だ。

 「日本の企業は、小さい子供の方が適応が早いだろうという理由と、年齢が上になると受験もあるため、高校生の子供を持つ家庭よりも小学校低学年の子供を持つ家庭を派遣しがちです。これは教育の観点から考えると問題があり、低学年は日本語を学習言語の背骨にしなければならない時期なので、日本で学校に行く方が望ましく、高校生ならすでに背骨ができているので、最初は苦労するかもしれませんが、低学年での言語環境の変化に比べると学習言語の発達は早くなります」(ダグラス助教授)。

 ダグラス助教授は、ジム・カミングズ博士のバイリンガル研究者の言葉を借りて、「言語は氷山の一角のようなもの」だと言う。水面に出ている一部が日本語であり、別の一部が英語なのだとか。水面に出ている部分は違っても、水面下では同じ氷山を共有している。言語もそれと同じで、言語の根底にある力、水面下の共有部分に当たる根本的な認知力は、日本語でも英語でも共通のもの。この認知力が1つの言語で確立していると、もう1つの言語に移行できる。だが根本的な認知力を養う時期である低学年で言語環境が変わると、在米期間に両言語での認知力が伸びないので、帰国した時の負担が大きくなる。

 「バイリンガルが、すべてバラ色ではないことを知っておく必要があります。世間では成功している例ばかりが目に付きますが、そうではないケースもあります。子供が低学年で渡米し、5年で帰国することが決まっている場合、もし私の子供なら、日本語の発達を重視して全日制の日本人学校に入れますね。そうすると帰国後に軟着陸できますから」(ダグラス助教授)。

 渡米時や帰国後の適応力には個人差がある。子供の性格や能力なども要因になるので一概には言えないが、高校で渡米するケースに比べて、小学校低学年では危険性が高くなるという事実は知っておきたい。子供の言語の背骨が親と違うと、学力以外にもさまざまな弊害が出てくる。思春期の大切な時に、子供とコミュニケーションが取れなくなる可能性は無視できない。そういった症例は数多くあるとダグラス助教授。

 「移住1世で生活に追われている家庭では、親が共働きで仕事を掛け持ちしたりして家にいないケースが多々あります。子供が高校生くらいになって友達との付き合いが増えると、第1言語ができなくなってしまい親子のコミュニケーション断絶が起きるケースも少なくありません。うまくバイリンガルに育った子は、思春期にアイデンティティーを失わずに過ごせますが、親とコミュニケーションができない子供は、非行に走りやすいとも言われています」。


言語能力はスポーツと同じ1度覚えたスキルは忘れない

 よく「母語を大切に」と言うが、2カ国語を使い分ける子供にとって、どちらが母語になるのだろう。生まれて初めて覚えた言語が母語というのが専門家の定義ということだが、ダグラス助教授はこう付け加える。

 「日本で育つ日本人の子供のようにモノリンガルの環境では、子供の時の第1言語が母語で1番強い言語、それが生涯続いていきます。英語での生活が長くなるにつれ、英語は2番目に覚えた言語だが1番強い言語、日本語は母語だが2番目に強い言語となり、放っておくとそのうち日本語はなくなってしまいます」。

 また駐在家庭の悩みの1つにあるのが、帰国後の英語力の維持だ。せっかく苦労して身につけた英語も、年齢が低いほど忘れ去られるのも早い。英語環境から長期間遠ざかった子供たちが再び英語を習得する場合に、幼い頃の記憶はいくらかのメリットがあるのだろうか。

 「言語のスキルはスポーツのスキルと同じです。使わないとすべて忘れてしまうのかというと、そうでもないという研究結果があります。再びどの程度習得できるようになるかは、子供のレベルや努力によって個人差がありますが、ゼロから学ぶ子と比べると習得スピードが違うと報告されています」(ダグラス助教授)。

 ただし言語は子供の発達と同じように個人差があるとダグラス助教授。「子供の発達すべてにおいて言えることですが、人と比べてはいけません。その子のペースで進むことが重要なのです。子供は前から引っ張るのではなく、後ろから押して育てる。それを心掛けておきましょう。バイリンガル教育に関しては、第一人者の中島和子教授の著書、『言葉と教育:海外で子供を育てている保護者の皆様へ』(海外子女教育振興財団)と『バイリンガル教育の方法』(アルク)に詳しい説明がありますのでぜひご一読ください」。

 ダグラス助教授の話にもあったように、子育ては気が遠くなるほどの根気を必要とする。子供が育つのを後ろから見守ることほど、難しいことはない。親であれば、ついつい口を挟んでせかしたり、子供のささいな進退に一喜一憂しがちだ。2カ国語を自由に操ることができれば、それは素晴らしいことに違いない。だが日本では、バイリンガルの成功例ばかりに脚光が当たっているのも事実。またモノリンガルの国・日本では、バイリンガル教育の実態を把握し切れていないという現状もある。バイリンガル教育を考える前に、子供に何を期待するのか、子供が何に向いているのか、また家族にとって何が大切なのかを、家族で一緒に考えることも必要なのではないだろうか。