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子供の負担とストレス

Lighthouse編集部


言語の発達も考慮に無理せずできる範囲で

 「言語力が普通か、それ以上の子供はバイリンガルに挑戦しても問題ありませんが、言語の発達の遅い子供がいるのも事実で、そういった子供はチャレンジしてもストレスが増えるだけです」と語るのは、臨床心理学者のスティーブ小林博士。

 通常、1歳頃には「パパ」「ママ」などの簡単な単語を発するようになり、2歳くらいには文を話し出し、3歳になると流暢に話すようになる子供もいる。ところが言葉の発達の遅い子が3歳頃にようやく言葉が出るようになったとしても、6歳の時点で専門家が調べるとやはり1〜2年の遅れが認められるという。原因はさまざまだが、言語の発達が遅い子供にとってバイリンガル教育は普通以上に負担になる。そういう場合は言語を1つに選択する必要がある。

 「駐在であれば、言語の発達が遅い子供はバイリンガルにこだわらずに、日本語に絞った方が良いでしょう。永住であれば英語を。家で日本語を話しても良いのですが、絶対に日本語と決め付けるのではなく、できる範囲で良いのではないでしょうか」(小林博士)。

 またバイリンガルは必然的にバイカルチャーになるため、将来的にバイリンガルとしてのアイデンティティーを確立していく必要があると言う。

 「両文化の架け橋になれるような社会の場を見つければ幸せですが、モノリンガルの社会にいては、せっかくの才能も発揮できません。バイリンガルは自分の才能を使える場を見つけた時に活かせるのです」(小林博士)。

 では、小学生で渡米して、ある日突然、現地校に入れられる子供は、心理的にどんな影響があるのだろう。

 「現地校に入るということは、大きな壁を乗り越えて知らない世界に入ることです。うまく適応できないと、言葉数が少なくなり、家では話しても学校では話さなくなります。英語を拒絶するパターンで、小学生に見られる症状です。反動で日本の文化を取り入れるようになり、ますますアメリカは嫌だと偏る子もいます」(小林博士)。

 「よその子は2年経ってESLクラスから出て行ったのに、なぜうちの子は出られないのか」という場合には、精神的な問題がないか気を配ってみよう。能力はあっても、英語は嫌だという気持ちが強くて学べないため、精神的な問題が英語の習得に影響を及ぼす場合もある。その場合は精神問題を治すか、バイリンガルは忘れて日本語に集中した方が子供の負担を軽減できる。


「バイリンガル教育に向く子と向かない子
がいます」(小林博士)

帰国後の犠牲者も多い肯定するのが成功の秘訣

 在米期間が長くなると、日本語を拒絶することがある。滞在が長いと子供はティーンエージャーになるため、反抗期に突入する。親に話をする時も英語しか使わなくなり、親が日本語で返事をしても、理解しているのに英語で続ける。その子にとって日本語を話さないのは、反抗期の作戦の1つだと小林博士は言う。

 「反抗期は成長過程に避けて通れないものですが、一般的な反抗なのか程度がひどいのかは、親子の人間関係によるところが多いのです。離れていく必要性を認めずにコントロールし過ぎると、反抗もひどくなります。英語しか話さないのは、親と差をつけるための手段なのです」。

 また国際結婚の場合は、生まれながらにバイカルチャーな環境で育っているため、国際的な自己の確立が必要だ。「両言語や文化、考え方を肯定できれば良いのです。自分の中にある半分の価値観を認められない状態は、本人にとっても辛いことです。両文化と言語を使って、それを肯定し、楽しめるようにするのが、真のバイリンガル教育ではないでしょうか」(小林博士)。

 バイリンガル教育で子供を犠牲者にしないためには、親の理解が不可欠。「自分で自信を持っている内容が否定されると、気力も抜けるし、希望も失います。反対に子供の価値観を個性と受け止めて肯定してやると、成功するケースがあります。在米中も日本文化を維持し、里帰りするなどして日本との架け橋を作ると同時に、帰国後のサポートも重要です」と小林博士は話す。

 子供がどの程度順応できるかは、親の適応性も影響する。親がアメリカは嫌だと思っていると子供も同じようになってしまう。親が帰国後、早く日本人のように振る舞わなければと焦ると、子供もそれを敏感に感じ取ってしまう。

 帰国後の適応は、大学に留学した大人でも容易ではない。バイリンガル教育が必要以上に子供の負担になったのでは本末転倒。だが、成功例も数多くある。それぞれの子供に合った方法で、持てる力を伸ばしてやりたいものだ。

(2005年5月16日号掲載)