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アメリカTV・インタビュー

現地情報誌「ライトハウス」が過去に取り上げた、アメリカで活躍する俳優、監督/プロデューサー、脚本家へのインタビュー記事など。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

俳優 カイル・チャンドラー

苦しみに一抹の光を見出す

11歳までシカゴ郊外、高校卒業まで南部の片田舎で育った。ジョージア大学で演劇専攻中にABCのタレントスカウトに合格、『China Beach』の端役、『Tour of Duty』の脇役を経て、『Homefront』で一躍主役に抜擢された。『Early Edition』で役者として地位を確立、最近では映画『King Kong』、TVドラマ『Grey's Anatomy』のゲスト出演でエミー賞候補に。昨年よりピーボディー賞受賞の秀作『Friday Night Lights』のコーチ役で活躍中。


昨夏からインタビューを申し込んでいたが、LAにいないことを理由に広報に再三断られ、業を煮やしてロケ地まで出向いた。持ち前の温厚な人柄で誰からも慕われているカイル・チャンドラーの仕事ぶりを目の当たりにして、『The Lyon's Den』で演じた悪役に信憑性がなかった訳が頷けた。


『Friday Night Lights(FNL)』は、私がオクラホマ留学中に体験した「アメリカ魂」を描いたようなドラマです。

チャンドラー(以下C):僕も11歳で、シカゴ郊外の屋敷街から、ジョージアの田舎に放り込まれた口(笑)。カルチャーショックの上、南部訛りがわからなくて…。


その体験が『FNL』のエリック役の土台ですか?

C:高校時代(79年)に、KKKが町に来ると大騒ぎ。反面、時間がゆっくり流れ、人情味溢れる世界も体験。引っ越し当時、隣家は白人家族2軒、アフリカ系が1軒の水道もない赤貧の村。でも暗くなるまで遊んでいると夕食を振る舞ってくれ、美味しい物は客人に、という人情がありました。あの時の心温まるムラ社会体験が土台。


フットボール体験は?

C:州チャンピオンを獲得したばかりのチームに入り、コテンパンにやられました。障壁を乗り越える方法、努力を重ねれば何でもできる等、スポーツを通じて自分探しをするって大切だと一目置くようになりました。翌年父が亡くなって辞めてしまって以来のフットボール。攻撃本能がないから、コーチで十分!(笑)。


エリックとタミーは、現実はもちろん、テレビでも珍しい「対等な夫婦」ですね?

C:「これが普通では?」って感じです。最初にブリットン(妻役)と、どういう夫婦にしたいか話し合って、絶対に離婚しない、させないでくれとプロデューサーに頼みました。


ずっと役者になりたいと?

C:兄姉が法律、医学、心理学の道に進んだので、いずれかに、と思ったりもしましたが、大学3年まで目標もなく…。たまたま会った役者の紹介でオーディションに受かり、初舞台で拍手喝采を受けて病みつきに。大学を中退してハリウッドに来る勇気はどこから? と、今でも謎。ABCがお抱え俳優を雇った最終年の12人に入って以来、楽観主義クラブの会員(笑)。仕事にあぶれたことがありません。


映画『King Kong』のおどけ役は、息抜きとして貴重な存在でした。

C:ジャクソン監督から電話をいただいて出演が決まってからも、カイル違いじゃ? 「マクラクランの間違いでした」って言われないかとビクビク(笑)。役作りを徹底的に話し合う民主的な監督で、最初のシーンで笑いがとれたので、色々と提案したらどんどん膨らんだ役です。『FNL』でも即興の台詞やユーモアを盛り込む芝居が求められるので、予行演習になりました。


お手本は?

C:父が亡くなった時、心理学者の兄に「苦しみに一抹の光を見出せ」と言われ、肝に銘じて生きて来ました。人は辛苦を嘗めて大人になる、試練に希望を見出せば、苦しみではなくなると諭してくれた兄です。







[業界コボレ話]
 占いによれば、今年は人生最高のラッキーな年。確かにエミー賞審査もしたし、念願の授賞式にも参加できた。登竜門テレビ評論家協会に晴れて入会できたし、『FNL』ロケ現場訪問のお誘いもいただいた。
 私が夢に描いたデジタル録画装置も登場。同時間枠に4番組録画できる優れモノ。3本目から泣きの涙で諦め、再放送を祈っていたのは過去の話。
 15年程前、好きな役者の名前を登録しておけば、自動的に録画してくれる機械が欲しいと言って笑われた。それが実現したのも今年。最新の商売道具の優秀さを嬉々として友達に話し、「仕事バカとはこのことか?」と笑ってしまった。2007年も残り少なくなったが、本の執筆依頼はいつ? ワクワク!