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現地情報誌「ライトハウス」が過去に取り上げた、アメリカ芸能界ゴシップ情報や、著名人・有名人へのインタビュー記事など。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

小林三郎・エアバッグ開発までの死闘-その1

最新USトレンド

一橋大学院・客員教授の小林三郎さんを迎えて、講演会を開催します。
それに先立ち、小林さんがホンダに入社してから、エアバッグ開発までの道のりを6回シリーズで連載します。

ライトハウス20周年記念イベント第13弾
「ホンダ・スピリッツと
エアバッグ商品化の秘話を語る」
小林三郎さんセミナー開催
9月3日(木)
5:30pm開場 6:30pm開演

場所:ライトハウス・セミナー会場
2958 Columbia St., Torrance, CA 90503
セミナーは終了いたしました>>



(その1)
「ホンダ文化で形成された自己信条」


本田宗一郎との出会い

1971 年、本田技術研究所に入社した。スポーツカーの設計がやりたくて入ったのに、新設の安全研究室に配属され、1週間でもう辞めたくなっていた。ある日、設計室の中を歩いていると、本田技研工業(株)社長だったオヤジ(本田宗一郎)がこちらに向かって来た。顔だけは知っていたので「おはようございます」と頭を下げた。そのとたん、新人とわかったのか、私の肩を強く叩き、「おい、おまえ今何やってんだ?」と聞いた。「自動車の安全です」と言うと、「安全は車の中で一番大切なんだ。頑張れよ」と大声で言いながら行ってしまった。声を掛けられたことが嬉しくて、その瞬間、「ホンダの安全に骨を埋めよう」と心に決めた。このことが、後年に挫折しそうになったときの大きな心の支えになった。
 
ホンダに入社して、いろいろとユニークな文化を教えられたが、中でも2つ、新人時代に厳しいことがあった。
 
1つ目は、先輩の誰かに何かを質問に行くと、必ず「あんたはどう思うのか?」と、まずこちらの考えを聞かれることだった。質問だけすると、自分の考えや予想もなしに他人にものを聞きに来るなと、大変冷たく追い返された。また、「上司がこう言っていました」というのも禁句で、「お前は子供の使いだな。ボスだけで充分で、おめえなんかホンダにゃいらねえよ」と悪口雑言。どんな事にも自分なりの、自律した見方をもたせることをしつけたもので、技術屋を成長させる効果的な方法だと思う。
 
さらに何か自分の意見を言うときに、自分らしさ・ユニークさを強く要求された。本に書いてあったとか、学校で習ったと言おうものなら「評論家なんかいらねえよ」とかなり馬鹿にされた。ところが「昨日新宿を歩いていたらこんなことがあったんです」というような話は、真面目に聞いてくれた。
 
2つ目は先輩から「一言で言って何だ?」という質問を浴びせられることがとても多かったことだ。特に目的については、基本の要件である「A00(エーゼロゼロ)」というホンダ用語が大はやりで、どこに行っても、何についても、「A00 は何だ?」と質問された。
 
ある日、安全部品の試作を頼みに板全課に行った。Mさんが図面を見ながら「A00 は何だ?」と聞いたので、「性能アップ、コストダウンと、ウェイトダウンです」と答えたら、「それ違うな。性能アップして何をしたいのか、コスト・ウェイトダウンして何をするかがA00 だろ?」と本質的なことを言われ、負けを悟った。

目的と手段の違いを研究所中の人がきちんと理解していた。自分のやっていることの要点、目的、コンセプトなどをいつも一言で、自分の言葉で言えるように訓練された。これが技術屋としての自律の第一歩であった。


ホンダ文化を強烈に学んだ1日

入社2年目、エアバッグ報告会にLPL(Large ProjectLeader)のO主任研究員と一 緒に参画した。当時報告は若い方がやるのが常識だったので、Oさん主体で決めた内容だったが、私が研究所の実質上のトップ、K専務に報告した。

最初に安全の基本方向について「トヨタ・Ford ・GM はこうやっています。だからホンダはこうやります」と言った途端、K専務の態度が一変した。「よその会社の話なんか聞きたくない。ホンダらしさはどこなんだ。小林らしさは何だ」と30 分ほど散々文句を言われ、激しくはなかったが本当に怒っているのがよくわかった。

最初は脚が震えて、何で怒っているのかわからなかったが、 段々聞いているうちに、「あんたは今、ホンダの将来安全の方向性を決めているのだろう? 基本方向を決めるのに、なぜよその会社の顔色を見るのだ。なぜ自分の信念でこうなりたいと言わないのか? 相対比較みたいなくだらないことでなく、絶対価値で方向性を決めろ」ということであった。

当然再報告となったが、会社の内情がよくわかっていない私は「もう首になるのではないか」としょげていた。ところが最後にKさんは、「今日は少し言い過ぎたかもしれん。あんたのやってくれた努力に対しては感謝しているよ。どうもありがとう」と言って、トップが私に向かって頭を深く下げたのには、びっくりした。

怒られたり、感謝されたり、頭の中がぐちゃぐちゃで整理できずに室課に戻ったところ、ちょうど出かけていたHマネジャーが帰ってきた。経過を報告したところ、「ちょっと来い」と小部屋に連れて行かれ、一言文句言われて黙ってスゴスゴ帰って来たのか? なぜケンカをして来ない? やる気がないなら会社を辞めろ」とさらに30 分怒られた。強烈な体験で技術屋の哲学・生き方を教えられた。良い上役からはあまり学べなかったが、クレイジーな上役からは、色々なことを学び、少しずつ強くなっていった。
(次号へ続く)


ライトハウス2009年6月1日号


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