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現地情報誌「ライトハウス」が過去に取り上げた、アメリカ芸能界ゴシップ情報や、著名人・有名人へのインタビュー記事など。

ライトハウス編集部
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AFC代表  石井龍二氏
起業家精神を語る


去る9月25日、ライトハウス本社にて、寿司の実演販売で全米に2700店舗を展開したAFCの社長、石井龍二さんの講演会を開催した。穏やかな口調で、当時の苦労を踏まえて起業家精神を語ってくれた石井さん。AFC1号店、カリフォルニア州外への進出の経緯から、経営者に必要な資質まで、120名以上の参加者に向けてじっくりと語っていただいた。

競争を強く意識することが重要です。
切磋琢磨し、努力し、それが成功につながる



25歳の時に渡米し、大学で会計学を専攻しました。会計学にさほど興味はありませんでしたが、アメリカ人に太刀打ちできる専攻だと思って選びました。ちょうど日系企業のアメリカ進出が盛んな時期で、会計士の需要が多く、就職には困りませんでした。ですが、自分が好きでないことを一生懸命したせいか、クライアントに気を遣い、それを積み重ねていくうちに身体を壊してしまいました。それが、自分自身の将来を見直すきっかけになりました。
 
1986年に独立してAFCを設立しました。80年代初頭、私はよくアメリカのスーパーマーケットの総菜コーナーで買い物をしていましたが、行くたびに魅力的になっていくのを感じました。スーパー業界の競争は激しく、他店との差別化を図るため、総菜コーナーに力を入れていたのです。
 
同じ頃、寿司も注目され始めました。高収入、高学歴の20代後半から30代後半のプロフェッショナルの間で、トレンディーな寿司を食べることがステータスになっていたのです。私も寿司は大好きでしたから、総菜コーナーに寿司のコーナーを設けたら面白いのではという発想が湧いてきました。そこで、計画書を作って、南カリフォルニアのスーパーを説明して回りました。そのコンセプトに多くの人が興味を持ってくれたのですが、提案したテナント契約には渋い顔をされました。スーパーと組合間の契約上、スーパーに入る従業員は組合に加入しなければならなかったからです。
 
しかし、自分の会社でやらないと面白くないし、店舗展開もできない。数カ月間粘りに粘った末に引き受けてくれたのが、当時、南カリフォルニア最大のスーパー、Vonsの副社長でした。素人で無一文でしたが、真剣に対応し、とにかく一生懸命でした。そういう姿勢を見て、「この男なら信頼できる」と思ってもらえたんだと思います。こうして86年11月に1号店をオープンしました。それからは忙しくて、作っても、作ってもケースが埋まりません。スーパー側もこれには驚きましたね。


信念で切り開いたフランチャイズ

半年後に2号店をオープン。しかし、3年後に組合がスーパーを提訴し、私も証人として3、4回出廷しました。最終的な結論が出るまでの8カ月間、もしスーパー側が敗訴して、組合に入らざるを得なくなったら撤退する覚悟でいました。しかし、スーパー側が勝訴して、組合に入る必要はなくなりました。
 
1号店オープンから5年後。サンディエゴの新しいコンセプトのスーパーに出店していたのですが、同じスーパーをサンアントニオにも開く計画が進んでいました。サンディエゴでお世話になった人から市場調査の要望が入り、サンアントニオへ飛びました。ですが、寿司がヒットするような要素は、何もありませんでした。しかし、あまりにも強く出店を望まれたので、半年間という条件でカリフォルニア州外初の店舗をオープンしました。すると、当時50店舗ほどあった店の中で売上ナンバー1になってしまったのです。後にわかったことですが、ここには米軍基地があり、日本人の配偶者がいたり、日本で寿司を知って、好きになった人が多かったんですね。
 
スーパー側は大騒ぎし、「次も出店だ!」と言って話を進めましたが、テキサスの田舎町に開いた2号店、3号店は、見事に失敗しました。しかし、サンアントニオの成功は、「寿司=大都会」という私の固定観念を覆す結果になりました。それからは、州外にもアピールし、オープンしていきました。すると今度はメディアが黙っていません。新聞やテレビに出て、AFCの全米での知名度が上がるにつれ、スーパーから自然と問い合わせが来るようになりました。


競争精神、信念、情熱が成功につながる

食品安全は、第1優先で徹底してきたつもりでしたが、4年前にNBCのレポーターから、「サンフランシスコのAFCの寿司バーで買った寿司をラボで調べたら、バクテリアが検出されたので放映する」と、連絡がありました。当社としては初めてのことで、パニック状態になりましたが、サンフランシスコの店のすべての食材をラボに出してチェックし、さらにディープクリーニングしてもう1度チェックしました。結果は陰性でしたが、念には念を入れ、それらしい魚を全米から回収して廃棄処分しました。
 
これ以来、魚の業者には非常に厳しい管理をお願いし、ウチでも何回かテストを行い、再確認した上で各店に供給しています。このような致命的な問題があったにも関わらず、今ではFDA(食品医薬品局)や各州の衛生局は、AFCの衛生管理を高く評価しています。
 
私の23年間を振り返ってみると、高いハードルを越さなければならない時もありました。日本とは法律、習慣、食文化の違うアメリカ、その都市や州によってもそれぞれ違います。そういう市場に新しい食文化を展開することは、生半可なことではありませんでした。
 
経営者として、競争を強く意識することが重要です。やはり競争があってこそ、刺激を受け、切磋琢磨し、努力し、それが成功につながるのです。そのためには逞しい精神力、判断力、実行力がないといけません。今までこの業界のリーダーとして、活路を切り拓いてきたつもりですが、それは私自身が寿司バーに関しての信念と情熱を保ち続けてきた結果ではないかと思います。そのためには自己犠牲、忍耐、リーダーシップが必要です。これがあったら間違いありませんね。
 
さらに、いかに業績を伸ばすかをいつも念頭に置いています。それには、現場を知ることがまず大事。現場を知った上で、どのように売上を伸ばすかを考える。そしてそれを実行に移す。次は人です。人をしっかりと教育、信頼し、責任を持たせること。その上で、経営者自らがフォローする。そういうシステムを作るのです。任せっきりではいけません。
 
最後にこのような変化の激しい時代だからこそ、新しいコンセプトの導入が必要です。新しいコンセプトは会社の原動力となるので、それを経営者として考えなければいけません。



(2009年10月16日号掲載)