気になるメリット&デメリットどう違う? 市民権vs永住権(後編)

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市民権vsグリーンカード

アメリカに住みながら日本国籍を維持できる永住権(グリーンカード)。そして、日本国籍を脱し、アメリカ国民の一員となる市民権。
 
どちらも同じようにアメリカ国内に永住できるが、さまざまな局面で差が出てくるのも事実。市民権と永住権、それぞれのメリットとデメリットについて、比較してみた。
 
本記事は、専門家とのインタビューを基に、一般的な知識として取り上げたものです。詳細については、専門家の判断を仰ぐことを強くおすすめします。
 
※本記事には、前編「アメリカ永住権・市民権、それぞれの定義と取得方法」があります。合わせてご覧ください。

アメリカ市民権と二重国籍、国籍の喪失と選択

アメリカ国旗

アメリカ市民権を得たい人にとって、気になるのは日本の国籍のことだろう。
 
日本側からの立場に立って解説すると、まず、大前提として、日本は二重国籍を認めていない。そして、他国の国籍を自らの意思で取得した場合、日本国籍を自動的に喪失する。市民権を得ると「二重国籍になった」というのは誤解で、「アメリカ市民権を得る=アメリカ国籍に=日本国籍を失う」ということだ。
 
もう一つの誤解は、日本の国籍と戸籍の混在。市民権を取得すると日本国籍は失われているのに、戸籍は残ったままなので、これが大きな問題を生んでいる。
 
以下に、日本の国籍法と戸籍法を基に、市民権を取得した場合について、Q&Aでまとめた。
 
Q. アメリカ市民権を得たら、日本国籍の保持は可能か?
A. 日本の国籍法では「外国国籍を自ら選択し取得した場合、日本国籍を失う」(国籍法第 十一条:資料①:以下同)とされている。元々日本の国籍を持った人が、アメリカ市民権を選択し、アメリカ国籍を得た時点で、日本国籍を失うことになる。
 
Q. 市民権=アメリカ国籍を得たらすべきこととは?
A. アメリカ国籍を得たことが自動的に日本政府へ報告されるわけではないので、速やかに、自ら日本(アメリカ滞在中は総領事館)に「国籍喪失届」を出すことが義務付けられている(戸籍法第百三条:資料②以下同)。
 
1:国籍喪失届2部
2:帰化事実を立証する書類(公証人の認証を受けた宣誓口供書)2部
3:2の和訳文1部
4:日本旅券(パスポート)現物
 
Q. 「国籍喪失届」を出さなかったら、日本国籍はどうなるのか?出さなければ、戸籍は残るのでは?
A. 日本国籍は喪失しているが、届け出していないため 戸籍は残っている。が、実際には存在しないものなので、使用できない。「戸籍が残っている。だから使える」という誤解が多く、これにより問題が発生している。
 
例えば、日本国籍喪失後、戸籍謄本を取り寄せてパスポートの申請を行うことは犯罪であり、懲役や罰金の対象となる。また、日本人として婚姻届を出したり、子供が生まれて出生届を出し、その時は受け入れられたとしても、国籍を喪失している事実が判明した時点で、喪失時にさかのぼって戸籍を書き換えなければならない。
 
Q. 共に日本国籍を所持していた夫婦が、片方はアメリカ市民権を得て、片方は日本国籍のままでいることは可能か?
A. 可能。
 
Q. アメリカ在住中に出生した子供の国籍はどうなる のか?
A. アメリカ在住中に出生した子供は、出生と同時にアメリカ国籍をる。また、両親または父か母が日本人であれば、日本政府に届け出ることによって日本国籍を取得できる。(国籍法第二、三条)
 
Q. 子供が日本国籍を得るために政府に届け出る手続きとは?
A .出生から必ず3カ月以内に、総領事館に「出生届」を出すこと(国籍法第三条)。届け出をしないまま3カ月が経過すると、出生にさかのぼって、日本国籍を失う。「出生届」には、国籍の「留保」について問う設問がある。「日本国籍を留保する」意思表示をして出生届をしないと日本国籍を失う(国籍法第十二条)。「出生届」については総領事館のホームページを参照のこと(http://www.la.us.emb-japan.go.jp)。
 
Q. 出生後、日本国籍を取得した子供は、その後いつまでに何をするのか?
A. 「出生届」に国籍留保の意思表示をした場合は、その後、22歳になるまでに、国籍を選択する。アメリカ国籍を選択する場合は「国籍離脱届」を出す(戸籍法第百四条二項)。日本国籍を選択した場合は、「日本の国籍選択宣言」を行う。(国籍法第十四条)
 
Q. 一度は日本国籍を喪失または離脱した後、再び、日本国籍を取り戻すことは可能か?
A. 「帰化」という方法を取り、国籍法の一定の条件を満たせば、日本側の受け入れは可能。ただし、日本は二重国籍を認めていないので、アメリカ国籍を離脱する必要がある。(国籍法第五条から第八条)
 

[資料①] 日本の国籍法(一部抜粋)
第二条
子は、次の場合には、日本国民とする。
一 出生の時に父又は母が日本国民であるとき。
二 出生前に死亡した父が死亡の時に日本国民であったとき。
三 日本で生まれた場合において、父母がともに知れないとき、又は国籍を有しないとき。(認知された子の国籍の取得)

第三条
父又は母が認知した子で二十歳未満のもの (日本国民であつた者を除く。)は、認知をした父又は母が子の出生の時に日本国民であった場合において、その父又は母が現に日本国民であるとき、又はその死亡の時に日本国民であったときは、法務大臣に届け出ることによって、日本の国籍を取得することができる。

2 前項の規定による届出をした者は、その届出の時に日本の国籍を取得する。

第五条
法務大臣は、次の条件を備える外国人でなければ、その帰化を許可することができない。
一 引き続き五年以上日本に住所を有すること。
二 二十歳以上で本国法によつて行為能力を有すること。
三 素行が善良であること。
四 自己又は生計を一にする配偶者その他の親族の資産又は技能によつて生計を営むことができること。
五 国籍を有せず、又は日本の国籍の取得によってその国籍を失うべきこと。
六 日本国憲法施行の日以後において、日本 国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを企て、若しくは主張し、又はこれを企て、若しくは主張する政党その他の団体を結成し、若しくはこれに加入したことがないこと。
2 法務大臣は、外国人がその意思にかかわらずその国籍を失うことができない場合において、日本国民との親族関係又は境遇につき特別の事情があると認めるときは、その者が前項第五号に掲げる条件を備えないときで も、帰化を許可することができる。
 
第六条
次の各号の一に該当する外国人で現に日本に 住所を有するものについては、法務大臣は、その者が前条第一項第一号に掲げる条件を備えないときでも、帰化を許可することができる。
一 日本国民であつた者の子(養子を除く。)で引き続き三年以上日本に住所又は居所を有するもの
二 日本で生まれた者で引き続き三年以上日本に住所若しくは居所を有し、又はその父若しくは母(養父母を除く。)が日本で生まれたもの
三 引き続き十年以上日本に居所を有する者
 
第七条
日本国民の配偶者たる外国人で引き続き三年以上日本に住所又は居所を有し、かつ、現に日本に住所を有するものについては、法務大臣は、その者が第五条第一項第一号及び第二号の条件を備えないときでも、帰化を許可することができる。日本国民の配偶者たる外国人で婚姻の日から三年を経過し、かつ、引き 続き一年以上日本に住所を有するものについても、同様とする。
 
第八条
次の各号の一に該当する外国人については、法務大臣は、その者が第五条第一項第一号、第二号及び第四号の条件を備えないときでも、帰化を許可することができる。
一 日本国民の子(養子を除く。)で日本に住所を有するもの
二 日本国民の養子で引き続き一年以上日本に住所を有し、かつ、縁組の時本国法により未成年であつたもの
三 日本の国籍を失った者(日本に帰化した後日本の国籍を失った者を除く。)で日本に住所を有するもの
四 日本で生まれ、かつ、出生の時から国籍を有しない者でその時から引き続き三年以上日本に住所を有するもの
 
第十一条
日本国民は、自己の志望によつて外国の国籍を取得したときは、日本の国籍を失う。
 
2 外国の国籍を有する日本国民は、その外国の法令によりその国の国籍を選択したときは、日本の国籍を失う。
 
第十二条
出生により外国の国籍を取得した日本国民で国外で生まれたものは、戸籍法(昭和二十二年法律第二百二十四号)の定めるところにより日本の国籍を留保する意思を表示しなければ、その出生の時にさかのぼって日本の国籍を失う。
 
第十三条
外国の国籍を有する日本国民は、法務大臣に届け出ることによって、日本の国籍を離脱することができる。
 
2 前項の規定による届出をした者は、その届出の時に日本の国籍を失う。

第十四条
外国の国籍を有する日本国民は、外国及び日 本の国籍を有することとなつた時が二十歳に達する以前であるときは二十二歳に達するまでに、その時が二十歳に達した後であるときはその時から二年以内に、いずれかの国籍を選択しなければならない。
 
2 日本の国籍の選択は、外国の国籍を離脱することによるほかは、戸籍法の定めるところにより、日本の国籍を選択し、かつ、外国の国籍を放棄する旨の宣言(以下「選択の宣言」という。)をすることによってする。
 
出典元:法務省「国籍法」 http://www.moj.go.jp

[資料②』日本の戸籍法(一部抜粋)
 
第百三条
国籍喪失の届出は、届出事件の本人、配偶者又は四親等内の親族が、国籍喪失の事実を知った日から一箇月以内(届出をすべき者がその事実を知った日に国外に在るときは、その日から三箇月以内)に、これをしなければな らない。
 
2 届書には、次の事項を記載し、国籍喪失を証すべき書面を添付しなければならない。
一 国籍喪失の原因及び年月日
二 新たに外国の国籍を取得したときは、その国籍
 
第百四条
国籍法第十二条に規定する国籍の留保の意思の表示は、出生の届出をすることができる者(第五十二条第三項の規定によって届出をすべき者を除く。)が、出生の日から三箇月以内に、日本の国籍を留保する旨を届け出ることによって、これをしなければならない。
 
2 前項の届出は、出生の届出とともにこれをしなければならない。

出典元:「戸籍法」 http://elaws.e-gov.go.jp

納税と相続

福祉・医療サービスで差違はまったくなし

公民権や移民法などでは、永住権保持者と市民権保持者で違いが出た。しかし、公共の福祉・医療サービスや学費ローン、低所得者 向けフードスタンプなどでは、両者に同様のサービスが与えられている。
 
辻・本郷税理士法人の米国公認 会計士、本郷洋子さんによると、永住権保持者と市民権保持者には、納税に関しても、将来得られるソーシャル・セキュリティー(社会保障)にも、差異がないとのことだ。
 
「アメリカで永住権は得たけれど、老後は日本で過ごしたいと、日本へ帰国する人もいます。ですが、永住権を保持したままですと、アメリカの居住者と見なされますので、日本に帰っても、アメリカを含む全世界での収入を、アメリカで申告する必要があります。完全に日本帰国を決めたなら、アメリカでの永住権は放棄しておいた方が良いですね」と、本郷さんは忠告する。
 
では、税金に関して両者にまったく差異がないかというと、実はそうではなく、相続税で大きな違いが存在するという。まずは、アメリカの相続税について解説してもらおう。
 
アメリカで人が亡くなった時、その故人の財産を引き継ぐと、連邦相続税の支払い義務が発生する。この税率は37%から55%と、かなりの高率だ。また、州の相続税もあるが、こちらは連邦と比較すると少額とのこと。
 
「2009年の場合、故人の資産総額が350万ドルを超える場合に、連邦相続税の支払い義務が発生します。この資産には、自宅などの不動産、銀行預金、株や債券、事業、個人所有物、そして生命保険も含まれます」と話すのは、相続・贈与および財産設計を専門 とする高田法律事務所のティモシー高田弁護士。
 
「法律では、死後9カ月以内に相続税申告と相続税の支払いをするよう定められています。申告を怠ったり、延長手続きを行わないでこの期間内に相続税を支払わないと、多額の罰金が科されます。相続税に関しては、法は大変厳しいのです」と、財産設計を手がける上村一昭法律事務所の上村弁護士は説明する。
 
なお、特例措置として2010年の1年間に限り、連邦相続税が免除されている。
 
これについて上村弁護士は、 「『金持ちの親を持つ子供たちが、今年は狂喜している』といったブラックジョークが流れるほど期待が大きいですね」と話す一方で、高田弁護士は、「未だに不透明な部分が多いので、あまり期待しない方が良いでしょう」と冷静に分析している。

婚姻控除が認められない永住権保持者

ここで、相続における永住権保持者と市民権保持者の違いについて、具体的に見てみよう。
 
09年の相続税の控除額は350万ドルということだが、これは、配偶者以外へ遺産を相続させる場合。「夫婦の間での遺産の相続には、『Unlimited Marital Deduction』という特別な規定が適用されます。つまり、例えば夫が亡くなって、妻がその全遺産を相続する場合には、控除額の350 万ドルを超えていても相続税は発生しません」と、上村弁護士。
 
この無制限の婚姻控除に違いがあるのだ。
 
「遺産を相続する配偶者が、アメリカ市民権を持たない外国人の場合、婚姻控除は認められません。永住権保持者もアメリカ国民ではないので同様です」と、高田弁護士は説明する。
 
具体的に例を挙げてみよう。
 
アメリカ人の夫と永住権保持者の日本人妻が、800万ドルの資産を持っていたとしよう。カリフォルニア州では、夫婦の共有財産はそれぞれが2分の1の権利を持つ。これは、離婚の際も同様で、財産は2等分される。
 
アメリカ人夫が先に亡くなると、残された日本人妻には婚姻控除が適用されない。そのため、夫婦の共有財産800万ドルの半分である夫の財産400万ドルすべてが、一般的に相続税の課税対象となるのだ。
 
夫が亡くなったのが09年であれば、350万ドルまでの控除が適用され、残りの50万ドルに相続税の支払い義務が発生する。妻が市民権を保持している場合や、この例で言えば、逆に日本人妻が先に亡くなり、アメリカ人の夫が遺産を相続する場合には、相続税の支払い義務はゼロである。市民権を持っているかいないかだけで、大きな差が生まれるのだ。
 
ただし、これにも例外があるという。
 
「『Qualified Domestic Trust(適格国内信託)』を作成すれば、婚姻控除と同様に外国人の配偶者であっても、相続税がかかりません」 と、上村弁護士。
 
このトラスト(信託)について簡単に説明すると、自分(委託者:settlor/trustor)の財産を他人や 機関(受託者:trustee)に運用・管理してもらい、その利益を受益者 (beneficiary)に与える旨を取り決めた枠組みのこと。
 
「Qualified Domestic Trust」では、受託者がアメリカ国民、もしくはアメリカの金融機関であれば良い。先の夫婦の例で言えば、トラストの受託者を、アメリカ国籍を持つ子供に設定すれば成立する。
 
相続に関する法律や仕組みは、絶えず変更が加えられている上に、内容も難解複雑。相続税の節税法も無数にあるので、個別のケースは、専門家のアドバイスを受けるのが得策だろう。
 
※本記事は、専門家とのインタビューを基に、一般的な知識として取り上げたものです。詳細については、専門家の判断を仰ぐことを強くおすすめします。
 
※本記事には、前編「アメリカ永住権・市民権、それぞれの定義と取得方法」があります。合わせてご覧ください。

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