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	<title>特別インタビュー | 現地情報誌ライトハウス</title>
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	<description>アメリカの現地情報誌「ライトハウス」が運営する生活情報＆観光情報サイト。現地在住の日本人編集者による観光ガイドのほか、アメリカでの教育・子育て、ビザ、求人・仕事、レストランなどの生活情報、ライトハウスの最新号をご紹介します。</description>
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		<title>TCL Chinese Theatreで手形足形を刻印したYOSHIKIさん◎独占インタビュー</title>
		<link>https://www.us-lighthouse.com/life/interview/yoshiki_specialinterview_0923.html</link>
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		<dc:creator><![CDATA[Soma]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 02 Oct 2023 18:06:52 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[特別インタビュー]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>日本人初！ TCL Chinese Theatreで手形足形を刻印したYOSHIKIさんに独占インタビュー！ 2023年9月14日、日本人のアーティストとして初めてTCL Chinese Theatreに手形と足形を刻印したYOSHIKIさん。世界的な快挙を成し遂げたYOSHIKIさんに、刻印式からの心境の変化、公開されたばかりのドキュメンタリー映画『YOSHIKI: UNDER THE SKY』や、10月に始まる世界ツアー「YOSHIKI Classical 10th Anniversary  &#8230; <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/yoshiki_specialinterview_0923.html">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a></p>
<p>The post <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/yoshiki_specialinterview_0923.html">TCL Chinese Theatreで手形足形を刻印したYOSHIKIさん◎独占インタビュー</a> first appeared on <a href="https://www.us-lighthouse.com">現地情報誌ライトハウス</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2 class="tittle">日本人初！ TCL Chinese Theatreで手形足形を刻印したYOSHIKIさんに独占インタビュー！</h2>
<div style="text-align: center;"><img decoding="async" src="/101kiji/design101/uploads/2023/10/Yoshiki_0923_photo01.jpeg" border="0"></div>
<p id="answer_text">2023年9月14日、日本人のアーティストとして初めてTCL Chinese Theatreに手形と足形を刻印したYOSHIKIさん。世界的な快挙を成し遂げたYOSHIKIさんに、刻印式からの心境の変化、公開されたばかりのドキュメンタリー映画『YOSHIKI: UNDER THE SKY』や、10月に始まる世界ツアー「YOSHIKI Classical 10th Anniversary World Tour with Orchestra 2023 &#8220;REQUIEM&#8221;」の見どころ、最後に読者に向けたメッセージを伺いました。（2023年10月2日　ライトハウスWEB版限定配信）</p>
<h3>Q: TCL Chinese Theatreに手形、足形を刻印されたとのこと、誠におめでとうございます！<br />
アジア人ロックスターとして初めて手形、足形を刻印された日から2週間ほど経ちますが、今現在はどのようなお気持ちですか？</h3>
<div style="text-align: center;"><img decoding="async" src="/101kiji/design101/uploads/2023/10/Yoshiki_0923_photo02.jpeg" border="0"></p>
<div class="caption">2023年9月14日、ハリウッドのTCL Chinese Theatreにて、友人のイ・ビョンホンさんと。</div>
</div>
<p id="answer_text">
<p id="answer_text">アジア人として初めてChinese Theatreに手形と足形を刻印したのは僕の友人でもある俳優のイ・ビョンホンさんなのですが、アジア人のミュージシャンとして初めてというのは、ちょっと実感がないというか、自分がそこまでの偉業を成し遂げた感覚がないですね。</p>
<p id="answer_text">まだ夢に向かっている最中なので、その過程でこういう評価をしていただいてとても光栄ですが、半分びっくりしています。逆に言うと、ここまでの評価をしてもらったので、その評価に値する偉業を成し遂げないといけないという気持ちです。まだやりきった感はないですね。</p>
<h3>Q: YOSHIKIさんがこれから成し遂げたい夢とはどのようなものなのでしょうか？</h3>
<div style="text-align: center;"><img decoding="async" src="/101kiji/design101/uploads/2023/10/Yoshiki_0923_photo03.jpeg" border="0"></div>
<p id="answer_text">僕は音楽家なので、ミュージシャンとしても作曲家としても、もっと素敵な曲を世の中に提供していきたいですね。そして、ファッションもありますし、最近だと映画監督もやらせてもらいましたし、アート全般において徹底的に美学を追求するというのが僕の人生だと思っています。</p>
<h3>Q: 映画『YOSHIKI: UNDER THE SKY』は9月8日に日本で公開されて口コミでも大好評のようですが、見どころを教えていただけますでしょうか。<br />
</h3>
<div style="text-align: center;"><img decoding="async" src="/101kiji/design101/uploads/2023/10/Yoshiki_0923_photo04.jpeg" border="0"></p>
<div class="caption">ファンとの交流を楽しむYOSHIKIさん。</div>
</div>
<p id="answer_text">
<p id="answer_text">この映画はハリウッドで制作された映画で、基本的には英語がベースです。僕がいろいろなアーティストとコラボレーションをするという内容のドキュメンタリー映画なのですが、その中でファンとの出会いもあり、最終的にはファンのみんなが僕とコラボレートします。音楽とドラマティックなストーリーが組み合わさったハイブリッドな内容です。台本の無いドキュメンタリーならではの「こんなエンディングなんだ！」というある種ショッキングな結末を迎えます。</p>
<h3>Q: ショッキングな結末？！　それはとても楽しみですね。</h3>
<div style="text-align: center;"><img decoding="async" src="/101kiji/design101/uploads/2023/10/Yoshiki_0923_photo05.jpeg" border="0"></div>
<p id="answer_text">そうですね。やはり、本当の人生ってひょっとしたらね、フィクションよりもドラマティックなのかなって。自分の人生自体も結構（ドラマティックだった）、決して良い面ばかりではなく、悲しいこともたくさん起こってしまいました。ドキュメンタリーの中でも語っていますが、自分の父親が自ら命を絶ってしまったことや、X Japanのメンバーが何人も亡くなってしまったこととか、いろんな出来事があって今の僕がいる。</p>
<p id="answer_text">そういったこともこのドキュメンタリーでいろいろ語られているし、描写されています。そういう意味も含めて、ショッキングな結末ということですね。だんだん違う世界に引き込まれていく感覚というか。</p>
<h3>Q: 出演されている世界的なアーティストの方々にはどのように呼びかけられたのですか？</h3>
<div style="text-align: center;"><img decoding="async" src="/101kiji/design101/uploads/2023/10/Yoshiki_0923_photo06.jpeg" border="0"></div>
<p id="answer_text">この映画の制作はパンデミックの中で始まったんですが、僕と一緒に仕事をしているチームが、いろんなアーティストにコンタクトを取って、僕が個人的に仲の良いアーティストとか、なんとなく知っているアーティストとかいろいろな方とつながって、そういった中で集まってくれたアーティストに出演していただきました。</p>
<p id="answer_text">なんとなく僕がイメージしていたのはMulti Genre。一つのジャンルに縛られていないのが面白いんじゃないかと思いますね。ロックだけじゃないし、サラ・ブライトマンはクラシック寄り、The Chain SmokersはEDM寄りなど、ジャンルが異なるさまざまなアーティストが共演している映画ってなかなかないと思うんですよね。僕自身もロックからクラシックまでやるということで、楽器パートはほぼ全部アレンジさせてもらいました。</p>
<h3>Q: アメリカでの追加上映が楽しみですね。続いて、こちらもビッグイベントである「Yoshiki Classical 10th Anniversary World Tour with Orchestra 2023 &#8220;REQUIEM&#8221;」について伺います。このクラシックコンサートツアーでは、Carnegie Hallなど世界的に知名度の高い会場を回るとのことですが、今までのコンサートと熱意や意気込みに違いはありますか？</h3>
<div style="text-align: center;"><img decoding="async" src="/101kiji/design101/uploads/2023/10/Yoshiki_0923_photo07-2.jpeg" border="0"></div>
<p id="answer_text">僕が本当にクラシックの道もやっていこうと思ったのは、天皇陛下（現在の上皇明仁さま）の「御即位十年をお祝いする国民祭典」の時にピアノ協奏曲を作曲させていただいたことがきっかけです。その時に「やっぱりクラシックの道もやっていくべきなのかな」と良い意味で決意を新たにさせられました。それ以来、ロックと同じようにクラシックも公演を重ねています。</p>
<p id="answer_text">今回は今までのツアーの中でも最大規模で、東京のGarden Theaterに始まり、その次がロンドンのRoyal Albert Hallですね。ここは、イギリスのすごくアイコニックなホールでして、僕はサラ・ブライトマンのゲストとしてはここのステージに上がったことはあるんですけど、まさか自分がヘッドライナーをやるとは思っていませんでした。続いて、アカデミー賞の会場でもあるLAのDolby Theatre、最後は2017年に公演したことがあるCarnegie Hallに戻ります。</p>
<p id="answer_text">今回のツアーの内容は、僕自身はクラシックもやるしロックもやるということで、どちらかというと、クラシックだけのコンサートというよりも、言い方には悩みますが（笑）、クラシックに革命を起こすようなコンサートにしようと思っています。「え、なにこれ」と思われるような、こちらもショッキングな感じ（笑）。ロックファンの方にもぜひ来ていただきたいですね。</p>
<h3>Q: 最後に在米日本人や、ライトハウス読者にメッセージをいただけませんでしょうか。</h3>
<div style="text-align: center;"><img decoding="async" src="/101kiji/design101/uploads/2023/10/Yoshiki_0923_photo08.jpeg" border="0"></div>
<p id="answer_text">まず、アメリカで行われるクラシック公演に来てくれるとうれしいです。僕はLAをメインにアメリカに住んで、もう30年近く経ちました。違うカルチャーの中で生きていくのは、結構戸惑いもあったし、今でも全てが順調にいくわけではありません。僕はミュージシャンとしてアメリカに来ましたが、アメリカ人のアーティストになろうと思ったわけではなくて、日本人として成功するかどうか試してみたかったんです。</p>
<p id="answer_text">まだ、自分は成功したとは思っていないし、今回、Chinese Theatreに手形と足形を刻印することになって「自分がやってきたことは間違ってなかったんだ」と少し思ったけど、まだまだこれからトライしなくてはいけないことがあります。夢を成し遂げるって1日でできることではなくて、Constantly Challenge。当たっては砕け、当たっては砕け、ということを何度も何度も繰り返している中で、なんとなく道が切り開けてきたんだと思います。</p>
<p id="answer_text">読者の皆さんも、アメリカに住んでいる日本の方も、いろんな場面で砕けてしまう時があると思いますが、失敗の数だけ成功に近付くと僕は信じていますので、皆さんにもぜひ頑張っていただきたいですし、僕の生き様が少しでも皆さんの心の支えになるのであればうれしいなと思っています。</p>
<p id="answer_text">そういったことも含めて、今度のコンサートでは、僕を応援してくれたファンの皆さんやそうではない人にも感謝の気持ちを伝えたいし、そんな僕の生き様を表現できるようなコンサートにしようと思っているので、ぜひ足を運んでください。そして、アメリカという地で挑戦を続けている皆さんには、ぜひ変わらず頑張ってほしいです。</p>
<div id="detail_data_block">
<h3>映画やコンサートの詳細はこちらをチェック！</h3>
<p id="answer_text">
◉YOSHIKI 公式サイト：<br />
<a href="https://www.yoshiki.net/" target="_blank" rel="noopener">https://www.yoshiki.net/</a></p>
<p id="answer_text">
◉「Yoshiki Classical 10th Anniversary World Tour with Orchestra 2023 &#8220;REQUIEM&#8221;」公式ページ：<br />
<a href="https://www.yoshiki.net/worldtour2023" target="_blank" rel="noopener">https://www.yoshiki.net/worldtour2023</a></p>
<p id="answer_text">
[日程]<br />
東京ガーデンシアター（日本）　10月7日（土）、8日（日）、9日（月・祝）<br />
ロンドン・ロイヤルアルバートホール（英国）　10月13日（金）<br />
ロサンゼルス・ドルビーシアター（米国）　10月20日（金）<br />
ニューヨーク・カーネギーホール（米国）　10月28日（土）
</p>
<p id="answer_text">
◉『YOSHIKI: UNDER THE SKY』公式サイト：<br />
<a href="https://www.yoshikiundertheskyfilm.com/" target="_blank" rel="noopener">https://www.yoshikiundertheskyfilm.com/</a>
</p>
<p id="answer_text">
◉YOSHIKI Official Instagram：<br />
<a href="https://www.instagram.com/yoshikiofficial/" target="_blank" rel="noopener">https://www.instagram.com/yoshikiofficial/</a>
</p>
<p id="answer_text">
◉YOSHIKI Official Facebook：<br />
<a href="https://www.facebook.com/YoshikiOfficial" target="_blank" rel="noopener">https://www.facebook.com/YoshikiOfficial</a>
</p>
<p id="answer_text">
◉YOSHIKI Official YouTube：<br />
<a href="https://www.youtube.com/yoshikiofficial
" target="_blank" rel="noopener">https://www.youtube.com/yoshikiofficial</a>
</p>
</div>
<p>　</p>
<p id="answer_text">※このページは2023年10月2日に作成されました。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。</p><p>The post <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/yoshiki_specialinterview_0923.html">TCL Chinese Theatreで手形足形を刻印したYOSHIKIさん◎独占インタビュー</a> first appeared on <a href="https://www.us-lighthouse.com">現地情報誌ライトハウス</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>村上真由美 / ソフトボールリーグ・コーディネーター</title>
		<link>https://www.us-lighthouse.com/life/interview/mayumi-murakami.html</link>
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		<dc:creator><![CDATA[Lighthouse1260]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 05 Feb 2018 22:08:13 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[特別インタビュー]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>（ライトハウス・ロサンゼルス版 2008年9月1日号掲載） オリンピックに匹敵する国際大会の開催をめざす 幾度の苦節を経てプロデビューを果たす 高校卒業後、トヨタ自動車に入社し、日本リーグで投手として活躍。アメリカのプロリーグ入りをめざして2000年渡米。05年、テキサス・サンダースで日本人初のプロソフトボールプレイヤーになる。06年に引退し、Women&#8217;s Major League Softball Internationalを設立し、同年より毎年、世界大会を企画・運営。コーディネ &#8230; <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/mayumi-murakami.html">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a></p>
<p>The post <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/mayumi-murakami.html">村上真由美 / ソフトボールリーグ・コーディネーター</a> first appeared on <a href="https://www.us-lighthouse.com">現地情報誌ライトハウス</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p id="answer_text">（ライトハウス・ロサンゼルス版 2008年9月1日号掲載）</p>
<h2 class="tittle">オリンピックに匹敵する国際大会の開催をめざす</h2>
<h3>幾度の苦節を経てプロデビューを果たす</h3>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" class="sub_img02">
<tbody>
<tr>
<td>
<img decoding="async" src="/specialla/8298/1.jpg" border="0"></p>
<div class="caption">高校卒業後、トヨタ自動車に入社し、日本リーグで投手として活躍。アメリカのプロリーグ入りをめざして2000年渡米。05年、テキサス・サンダースで日本人初のプロソフトボールプレイヤーになる。06年に引退し、Women&#8217;s Major League Softball Internationalを設立し、同年より毎年、世界大会を企画・運営。コーディネーター、指導者、TV解説者としても活躍中。</div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p id="answer_text">ソフトボールのプロを目指して2000年に渡米しました。私は、1996年アトランタ五輪の出場選手に選ばれたのですが、公式発表後に代表から外されてしまいました。自分ではどうしようもできない力に、夢を打ち砕かれてしまったのです。ですからプロを目指したのは、「このままで終わりたくない」という気持ちからでした。<br />
　<br />
テキサスのチームと契約したのですが、直後に経営不振でリーグが消滅。「何てついてないんだろう」と思いましたが、悩みませんでした。リーグ休止の手紙に、「来年頃に再開予定」と書いてあったので、その時は自分で契約しよう、そのためには英語が必要だと考え、語学学校に行きました。その後、コーチングのサティフィケート取得のため大学に進学。在学中もソフトボールを続け、州のチャンピオンにもなったんですよ。<br />
　<br />
その後サクラメントのチームと契約しましたが、開幕までにビザが取得できず、プレーできないことに。夢の実現まであと1歩でまたしても阻まれてしまったわけですから、この時はさすがに落ち込みました。結局、プロデビューを果たしたのは渡米5年後。開幕戦で、ユニフォームを着てアメリカ国歌を聴いた時は感無量で、「諦めなくて良かった」と心から思いました。</p>
<h3>素人チームのプレーで楽しさを再認識</h3>
<p id="answer_text">「ロビンス」というサウスベイのクラブチームでプレーしたのもいい思い出です。実業団でプレーしていた私が、いわば草野球チームでプレーしたわけですが、本当に楽しくて。変なプライドがあったんでしょうね。でも、アメリカでは関係ない。1から自分のことを知ってもらうため、多くの人にプレーを見てもらって、夢を語りました。</p>
<h3>子供たちの夢にひと役買いたい</h3>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" class="sub_img02">
<tbody>
<tr>
<td>
<img decoding="async" src="/specialla/8298/2.jpg" border="0"></p>
<div class="caption">WMLSのチームメンバーと、1番左が村上さん。生き生きとした表情が印象的</div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p id="answer_text">プロでは１シーズンプレーしましたが、年齢的なことと、リーグの問題点を改善したいという気持ちから引退。今はWMLSI（Women&#8217;s Major League Softball International）という国際大会の企画・運営に携わっています。この大会は06年から始まり、カリフォルニアで毎年開催しています。ソフトボールは、プロといっても契約金は少額ですが、優秀な選手はたくさんいます。その人たちに活躍の場を与えたかったのです。<br />
　<br />
ソフトボールは、今回の北京五輪が最後。12年のロンドン大会からは正式種目から外されます。16年の復活を目指し活動をしていますが、前途は多難です。ですからWMLSIを五輪に代わる大舞台にするのが目標です。最終的には、各国のリーグ優勝チームが一堂に会するワールドカップにしたい。日本には12の実業団チームがありますが、「優勝の先に国際大会」という目標があれば、やる気もレベルもアップするはずです。<br />
　<br />
日本ではただでさえ夢のない子供が増え、五輪でプレーできない現実が、一生懸命ソフトボールをやっている子供たちの夢を奪っている。だからこそ、彼らが目標にできる大会や、「アメリカでプロになりたい」と思えるプロリーグを作りたいって思うのです。私が頑張ってこられたのも、ソフトボールという夢があったから。自信を持てるものが１つでもある、ってことは大切なことですし、幸せなことです。子供たちにそれを見つけてもらいたい。私はソフトボールを通して、そのお手伝いをしたいのです。ことはありません。第2次世界大戦で日系人の方たちが受けた差別を考えたら、時代は本当に進んだなと感じますね。</p>
<div class="clearfix"></div>
<p id="answer_text">※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2008年9月1日号」掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。</p><p>The post <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/mayumi-murakami.html">村上真由美 / ソフトボールリーグ・コーディネーター</a> first appeared on <a href="https://www.us-lighthouse.com">現地情報誌ライトハウス</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>甲田真理 / 女優・ダンサー</title>
		<link>https://www.us-lighthouse.com/life/interview/mari-koda.html</link>
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		<dc:creator><![CDATA[Lighthouse1260]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 05 Feb 2018 20:43:17 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[特別インタビュー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://www.us-lighthouse.com/?p=16856</guid>

					<description><![CDATA[<p>（ライトハウス・ロサンゼルス版 2008年9月1日号掲載） アメリカの市長になるなんて夢にも思ってもいませんでした バイトを辞めてダンス一本に挑戦 東京都出身。NYでの語学留学で渡米。我流でダンスを習得し、2005年アカデミー賞主演男優賞受賞のジェイミー・フォックスと、『MTVビデオミュージックアワード』のオープニングでHIPHOPオペラを披露。またディーバのパティ・ラベルの振付師兼ダンサーとして全米ツアーに同行。今年2月に全米公開された『Step Up 2 The Street』では交換留学生 &#8230; <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/mari-koda.html">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a></p>
<p>The post <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/mari-koda.html">甲田真理 / 女優・ダンサー</a> first appeared on <a href="https://www.us-lighthouse.com">現地情報誌ライトハウス</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p id="answer_text">（ライトハウス・ロサンゼルス版 2008年9月1日号掲載）</p>
<h2 class="tittle">アメリカの市長になるなんて夢にも思ってもいませんでした</h2>
<h3>バイトを辞めてダンス一本に挑戦</h3>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" class="sub_img02">
<tbody>
<tr>
<td>
<img decoding="async" src="/specialla/8297/3.jpg" border="0"></p>
<div class="caption">東京都出身。NYでの語学留学で渡米。我流でダンスを習得し、2005年アカデミー賞主演男優賞受賞のジェイミー・フォックスと、『MTVビデオミュージックアワード』のオープニングでHIPHOPオペラを披露。またディーバのパティ・ラベルの振付師兼ダンサーとして全米ツアーに同行。今年2月に全米公開された『Step Up 2 The Street』では交換留学生を演じ、全米ダンス映画の歴代興行成績を１週間で塗り替え堂々のトップに。現在世界40カ国で公開され、DVDも発売中</div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p id="answer_text">高校時代のアメリカ旅行で、留学を決心しました。資金を貯め、出発１週間前くらいに「留学してくる」って親に言って、出てきました（笑）。留学先はニューヨーク。半年の語学留学の予定でしたが、楽しくなっちゃって。また日本に戻ってバイト生活を始め、お金を貯めてまたニューヨークに戻って来ました。<br />
　<br />
ダンスは元々趣味でした。クラブに通っていて、色んな人に「ダンス上手だね。プロになれば？」なんて言われ始め、少しずつ出演依頼が舞い込んできたんです。そして好き勝手に踊っていたら、さらに多くの人に覚えられて、オーディションを受けるようになりました。<br />
　<br />
当時は、少しばかりのアルバイトをしながら暮していました。でもある時、「もらえるお金に安心してちゃダメだ」って思ったんです。アルバイトしていれば生活費は手に入りますが、この先自分には何も残らないって思ったのです。それで思い切ってバイトを辞め、ダンスをやっていこうと決心しました。その時は偶然ＣＭの仕事がありましたが、その後は未定。でもとにかく挑戦しようと。自分のやりたいことでもらえるお金で生活したいって思いが強くなったんです。</p>
<h3>プレッシャーを感じない性格が活きる</h3>
<p id="answer_text">初めての大仕事が、アフリカ系の歌姫パティ・ラベルのツアー。彼女の振付師として３カ月間全米ツアーに同行しましたが、オーディションで私の採用が決まったら、いきなりマネージャーに「オープニングを担当してくれ」って言われ…。彼女は有名ディーバだから、これまでダンスなんて必要なかったんです。だから私の振り付けは、彼女にとっても新しい試み。もちろん、私にとっても貴重な経験でした。今考えたら、あれほどの大物歌手を相手にしたのに、プレッシャーはなかったですね。バンドもいい人たちでしたし、同行スタッフはみんな「音楽好き」が共通項で、ステキなステージをやろうという目的に一緒に向かっていました。だからプレッシャーがなかったのかも知れません。</p>
<h3>父の励ましに感謝する </h3>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" class="sub_img02">
<tbody>
<tr>
<td>
<img decoding="async" src="/specialla/8297/4.jpg" border="0"></p>
<div class="caption">『Step Up 2 The Street』で共演したBriana Eviganとのスナップ</div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p id="answer_text">私は父子家庭。父は日本にいますが、私が突然アメリカ行きを決心したことに反対しませんでした。父はフルート奏者でアーティスト。ですから、アートを目指す私の生き方に、とやかく言わないのかもしれません。心配しているとは思いますが、時には、「もっと練習しなきゃ」とか、「おめでとう、よくやったね」とか激励してくれます。<br />
　<br />
アメリカに住む日本人女優・ダンサーとして、日本の方から色々相談を受けます。日本を離れて日本の良さを感じるってことが多々ありますよね。それを日本の方と共有したいと思っています。私は東京出身で東京育ちなんですが、もっとローカルを活性化できないかなって、思っているんです。私は年に数回日本に戻って、ダンスのワークショップを開催していますが、今後はどんどん地方を回りたいと思っています。地方の皆さんは、その土地を拠点に成功したり、あるいは地方から直接海外に出て地元に戻る。そうすることで、地方も活性化すると思います。私もニューヨークで受けた刺激や影響を、良い形で日本に持って帰りたいと思っているんです。そのために、私にできることは色々やっていきたいと思っています。</p>
<div class="clearfix"></div>
<p id="answer_text">※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2008年9月1日号」掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。</p><p>The post <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/mari-koda.html">甲田真理 / 女優・ダンサー</a> first appeared on <a href="https://www.us-lighthouse.com">現地情報誌ライトハウス</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<item>
		<title>岸本陽里子 / パロアルト市前市長</title>
		<link>https://www.us-lighthouse.com/life/interview/yoriko-kishimoto.html</link>
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		<pubDate>Mon, 05 Feb 2018 20:38:04 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[特別インタビュー]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>（ライトハウス・ロサンゼルス版 2008年9月1日号掲載） アメリカの市長になるなんて夢にも思ってもいませんでした 1通の通知から市政に興味を持った 日本で生まれ、父の転勤で６歳の時に渡米。ウェスレヤン大学、スタンフォード大学ビジネススクールを卒業後、1981年に日米のハイテク企業の橋渡しをする経営コンサルティング会社を設立。2001年に北カリフォルニアのパロアルト市議会議員に当選、07年度は同市長を務める。現在はパロアルト市議会議員として活躍中 父が京都大学博士で大学研究をしていた関係で、2歳 &#8230; <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/yoriko-kishimoto.html">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a></p>
<p>The post <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/yoriko-kishimoto.html">岸本陽里子 / パロアルト市前市長</a> first appeared on <a href="https://www.us-lighthouse.com">現地情報誌ライトハウス</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p id="answer_text">（ライトハウス・ロサンゼルス版 2008年9月1日号掲載）</p>
<h2 class="tittle">アメリカの市長になるなんて夢にも思ってもいませんでした</h2>
<h3>1通の通知から市政に興味を持った</h3>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" class="sub_img02">
<tbody>
<tr>
<td>
<img decoding="async" src="/specialla/8297/1.jpg" border="0"></p>
<div class="caption">日本で生まれ、父の転勤で６歳の時に渡米。ウェスレヤン大学、スタンフォード大学ビジネススクールを卒業後、1981年に日米のハイテク企業の橋渡しをする経営コンサルティング会社を設立。2001年に北カリフォルニアのパロアルト市議会議員に当選、07年度は同市長を務める。現在はパロアルト市議会議員として活躍中</div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p id="answer_text">父が京都大学博士で大学研究をしていた関係で、2歳の時に渡米しました。2年後に帰国したのですが、6歳で再び父がミシガン大学に赴任。それからはずっとアメリカ暮らしです。1981年にビジネススクールを卒業して、何人かでコンサルティング会社を立ち上げました。アメリカのハイテク企業を日本に紹介したり、日本のベンチャー企業のアメリカ進出をお手伝いする会社です。この頃は、将来政治の世界に入るなんて、まさか自分が市長になるなんて、全然思っていなかったんですよ。子供の時は恥ずかしがりやで、授業中に発言することさえ苦手だったのですから。<br />
　<br />
地域社会に関心を持ち始めたのは、80年代後半のことです。子供もでき、パロアルト市に腰を据えることに決めたら、少しずつ周囲のコミュニティーが見えてきたのです。<br />
　<br />
きっかけは、市から来た1通の通知。自宅前の道の最高速度を上げるという内容でした。それを見て、「子供の安全のため、街を守らなければ」と思い、反対運動を始めました。私が地域社会のために活動しようと思ったのは、自分の子供が育つ街を安全なものにし、環境を守りたいという単純な気持ちからでした。それまで、政治は私には関係ない、私には何もできないと思っていましたから。でも、時間はかかりましたが、運動は実を結び、制限速度を上げる計画を止めることができました。その時、パロアルトの民主主義も捨てたもんじゃないなと感じたのです。</p>
<h3>経済と自然の調和した街を目指す</h3>
<p id="answer_text">もっと地域のために活動したいという気持ちから、パロアルト市の包括計画という20年計画の委員会に加えていただくことにしました。ここでは、交通関係の委員長として活動し、その後パロアルト・シビックリーグのプレジデントにも就任しました。当時、市はハイテクブームの真っ只中で、すごい開発ラッシュ。開発はいいことだけれど、「環境と経済が調和した街の実現」と「自然保護」が私の目標でした。<br />
　<br />
当時私が訴え、そして現在も伝えようとしているメッセージは、正しい都市開発をすれば、環境を守りながら街が発展できるというものです。パロアルト市は、今では「ここに住みたい」と国中から人が集まってくる街になりました。ハイテクと知識社会が両立した美しい街です。<br />
　<br />
しかし、理解しない人たちもたくさんいました。環境主義者は、経済発展に真っ向から反対していると誤解されることも。でも、私はバックグラウンドがビジネスとハイテクですから、経済開発の重要性も理解できる。そういう意味で、経済と環境の橋渡しが果たせたのかもしれません。</p>
<h3>外国生まれが原因で差別されたことはない</h3>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" class="sub_img02">
<tbody>
<tr>
<td>
<img decoding="async" src="/specialla/8297/2.jpg" border="0"></p>
<div class="caption">意欲的に、黙々とデスクワークをこなす</div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p id="answer_text">市議会選に出馬したのは2001年。それまではコンサルティングの仕事の傍ら、ボランティアとして市の活動をしていたのですが、ボランティアができることに限界を感じ始めていたのです。やりたいことがあっても、市議会議員にお願いするしかなく、決定権はないわけです。それなら、自分で決められる立場になろうと。<br />
　<br />
周囲から出馬をすすめられながらも、決めたのは締め切り3日前の午前4時頃。パッと目が覚めて「市議会議員になろう」と思ったのです。草の根の選挙活動でしたが、５席の枠に13人が立候補していたところ、２番で当選。05年の２度目の選挙では、おかげさまでトップ当選することができました。<br />
　<br />
昨年1年間、市長も務めました。パロアルト市では、市長は市民の直接選挙ではなく、市議会議員が選出する仕組みになっています。日系人議員はアメリカに何人かはいますが、日本生まれの政治家は珍しいかもしれませんね。もしかしたら、日本生まれの市長は私が初めてかもしれません。市の歴史を見ても、外国生まれの市長は私が初めてだったんですよ。でも、アジア人は市政で活躍していて、サンタクララ・カウンティーでは15人の市長のうち５人がアジア人。5人ともアメリカ以外の国で生まれた人たちなんです。シリコンバレーは移民が多くグローバルな街ですから市民もリベラル。女性だから、外国生まれだからといって差別されたことはありません。第２次世界大戦で日系人の方たちが受けた差別を考えたら、時代は本当に進んだなと感じますね。</p>
<h3>小さなことから始めるとやがて道は開けます</h3>
<p id="answer_text">最近力を入れている取り組みが、光ファイバーの敷設です。市民と企業を光ファイバーでつなぎ、知識社会と環境にやさしい社会の基盤にしようというものです。<br />
　<br />
もう1つは地球温暖化対策。パロアルト市には「クライメート・プロテクションプラン」という、とても意欲的な計画があり、排気ガスを積極的に減らすと共に、ゼロウエイスト、リサイクルを進めています。また、シャトルバスを作って自転車を推奨し、車社会からの脱却を目指しています。<br />
　<br />
「これからのグリーン社会はスマートに」が私の考えです。知識社会を通して、グリーンに発展させたい。そして市長時代の私のビジョンである「イノベーションを通してグリーンな経済を構築する」という考えを、さらに進展させていきたい。環境破壊をせず街を発展させることは不可能ではありません。経済発展の副作用をできるだけ少なくすること。企業任せでは環境はなかなか守れませんから、これは市政の大切な仕事です。<br />
　<br />
地球温暖化など、社会は危機的状況にあります。若い方たちに訴えたいのは、1人1人に世界の将来に対する責任があることを自覚していただきたい、ということですね。私がリーダーになれるのだから、皆さんだって必ずなれます。私が家の前の道路から始めたように、小さなこと、目の前にあることから始めればいいのです。そうすれば、パッションやビジョンが見えてきて、後で大きく育つ種になります。毎日少しずつ自分にチャレンジすることで、道は必ず開けてくると確信しています。</p>
<div class="clearfix"></div>
<p id="answer_text">※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2008年9月1日号」掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。</p><p>The post <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/yoriko-kishimoto.html">岸本陽里子 / パロアルト市前市長</a> first appeared on <a href="https://www.us-lighthouse.com">現地情報誌ライトハウス</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>西村由美子 / オーガスト・ネットワークス・インク代表</title>
		<link>https://www.us-lighthouse.com/life/interview/yumiko-nishimur.html</link>
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		<dc:creator><![CDATA[Lighthouse1260]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 05 Feb 2018 20:32:43 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[特別インタビュー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://www.us-lighthouse.com/?p=16852</guid>

					<description><![CDATA[<p>（ライトハウス・ロサンゼルス版 2008年9月1日号掲載） 本当にやりたいことだったら「どうやってやろう」とだけ考えます 実質的にはシングルマザー、娘と2人のアメリカ暮らし 神奈川県生まれ。お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士課程修了。実践女子大学などの非常勤講師を経て、1989年に渡米。91年よりスタンフォード大学アジア太平洋研究所で、医療問題の国際比較研究を手がけるプロジェクトの立ち上げに参画し、研究員からプロジェクトマネージャーまでを歴任する。2004年、シリコンバレーに新規ビジネスの &#8230; <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/yumiko-nishimur.html">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a></p>
<p>The post <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/yumiko-nishimur.html">西村由美子 / オーガスト・ネットワークス・インク代表</a> first appeared on <a href="https://www.us-lighthouse.com">現地情報誌ライトハウス</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p id="answer_text">（ライトハウス・ロサンゼルス版 2008年9月1日号掲載）</p>
<h2 class="tittle">本当にやりたいことだったら「どうやってやろう」とだけ考えます</h2>
<h3>実質的にはシングルマザー、娘と2人のアメリカ暮らし </h3>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" class="sub_img02">
<tbody>
<tr>
<td>
<img decoding="async" src="/specialla/8296/4.jpg" border="0"></p>
<div class="caption">神奈川県生まれ。お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士課程修了。実践女子大学などの非常勤講師を経て、1989年に渡米。91年よりスタンフォード大学アジア太平洋研究所で、医療問題の国際比較研究を手がけるプロジェクトの立ち上げに参画し、研究員からプロジェクトマネージャーまでを歴任する。2004年、シリコンバレーに新規ビジネスのプロダクションAugust Networks, Inc.を設立し、現在は起業コンサルテーション、企画、プロデュースなどの分野で活躍中</div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p id="answer_text">日本の大学と大学院を卒業した後、大学で講師をしていましたが、夫がカリフォルニアに転勤になったのをきっかけに、1歳10カ月の娘を連れて、泣く泣く仕事を辞めてこちらに転居しました。その後、スタンフォード大学から声をかけていただき、医療社会学を研究することになりました。<br />
　<br />
夫は3年の任期を終えて帰国したのですが、1人娘をアメリカで育てようと、私は娘とアメリカに留まりました。娘をこちらで育てたいというのは、夫の強い希望でもありました。夫は、日本での私の苦労を見て、「女性は教育を受けるのも仕事をするのも、アメリカの方が楽でチャンスがある。のびのびと良い仕事ができる」と考えたのでしょう。端的に言えば、娘には私と同じような「女であるが故の余計な苦労」はさせたくない、と考えていたのだと思います。<br />
　<br />
私が日本で大学を卒業したのは70年代ですから、当時の女性差別は今とは比較にならないほどひどいものでした。差別された経験を挙げたらきりがないほど。それに比べると、アメリカの職場はびっくりするぐらい差別がない。ガラスの天井は確かにあるかもしれないけれど、私は公平な上司に恵まれて、本当に働きやすい職場でした。<br />
　<br />
もちろん、実質的にはシングルマザーなわけですから、大変なこともたくさんありました。でも、私は問題にぶち当たっても、1度も仕事を辞めようとは考えませんでした。どうしたら続けられるか、そういう風に考えました。楽天的なんでしょうね。</p>
<h3>苦節8年、やっとできた福祉施設</h3>
<p id="answer_text">仕事以外のことでも同じ姿勢です。何かしたいと思った時に、「そんなことできないよ」と他人に言われても、「できないのかぁ」とは考えないのです。「できるか」「できないか」という問いもしません。本当にやりたいことだったら、「どうやってやろうか」とだけ考えます。<br />
　<br />
日本にアメリカにあるマクドナルドハウスを作りたい、と思った時もそうでした。マクドナルドハウスというのは小児病院の隣にある福祉施設なのですが、この時も「やりたい」と言ったら、色んな方に「無理だ」って言われました。シカゴのマクドナルド財団から提示された条件は、日本のマクドナルドが協力すること、優れた病院と提携すること、そして永続するに十分な資金を集めることのできるボランティア団体を組織することの3つ。どれもハードルが高いでしょう。でも、諦めませんでした。日本マクドナルド創業者の藤田田さんに話をし、協力を取り付けて、財団を立ち上げてもらい…。何だかんだで最初のハウスができるまで、思い立ってから8年もかかりました。<br />
　<br />
結局、スタンフォードには14年いましたが、娘の大学進学を機に「これからはやりたいことをやろう」と、マネジメント会社を設立しました。企画、調査、コンサルティングなどを手がけるプロダクションです。日本でもスタンフォードでも研究者として仕事をしてきましたが、研究者の仕事って世の中にない新しい何かを生み出すことですよね。それをビジネスの世界でやってみたかったのです。現在は医療関係からソフトウエア開発まで、さまざまなプロジェクトに携わっていますが、その1つが子供のためのエクササイズDVDの開発。日本の子供たちの運動不足が今、深刻な問題になっているのですが、それを解決する商品の立ち上げです。</p>
<h3>どんな小さな力でも世の中を変えられる</h3>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" class="sub_img02">
<tbody>
<tr>
<td>
<img decoding="async" src="/specialla/8296/5.jpg" border="0"></p>
<div class="caption">笑顔を忘れず業務に励む西村さん</div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p id="answer_text">若い人たちへのアドバイスとしては、焦らないこと。私は、人は誰も存在価値があるから生まれてきたのだと信じています。必ずいつか自分なりの生き方が見つかるし、なるべきものになれる時が来る。だから、思いつめて頓挫しないでほしいですね。そして、ぜひ世界に羽ばたいてほしいと思います。<br />
　<br />
私自身は、これからはできるだけ楽しく働こうと思っています。それから、世の中にお返ししたい。自分のことだけ、家族のことだけじゃなくて、世の中のためになるようなことを見つけて、積極的に関わっていければと思っています。個人のどんなささやかな力でも、世の中を変えられる。それを教えてくれたのは、アメリカなのです。アメリカってたくさん問題を抱えた国ですが、１人１人が立ち上がって自分でできることはないか探しているし、実際に道が見つかる、そういう社会だと思うのです。それを学ぶことができたから、20年この国に住んで良かった。今ではそう思っています。</p>
<div class="clearfix"></div>
<p id="answer_text">※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2008年9月1日号」掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。</p><p>The post <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/yumiko-nishimur.html">西村由美子 / オーガスト・ネットワークス・インク代表</a> first appeared on <a href="https://www.us-lighthouse.com">現地情報誌ライトハウス</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>吉井久美子 / ブロードウェイプロデューサー</title>
		<link>https://www.us-lighthouse.com/life/interview/kumiko-yoshii.html</link>
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		<dc:creator><![CDATA[Lighthouse1260]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 05 Feb 2018 20:22:37 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[特別インタビュー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://www.us-lighthouse.com/?p=16845</guid>

					<description><![CDATA[<p>（ライトハウス・ロサンゼルス版 2008年9月1日号掲載） やっと見つけた仕事だから、絶対に手放したくない 金融界からブロードウェイを目指す 1987年ニューヨーク市立大学に留学。卒業後、法律事務所でパラリーガル職、投資銀行のM&#038;A金融アナリストなどを経て、97年にゴージャス・エンターテインメントを設立。現在、ブロードウェイプロデューサー、映画や特別イベントのプロデュースなど、多分野を手がける。また、宮本亜門や蜷川幸雄演出の日本作品の米国招聘、日本企業によるミュージカル投資や招聘・ライ &#8230; <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/kumiko-yoshii.html">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a></p>
<p>The post <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/kumiko-yoshii.html">吉井久美子 / ブロードウェイプロデューサー</a> first appeared on <a href="https://www.us-lighthouse.com">現地情報誌ライトハウス</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p id="answer_text">（ライトハウス・ロサンゼルス版 2008年9月1日号掲載）</p>
<h2 class="tittle">やっと見つけた仕事だから、絶対に手放したくない </h2>
<h3>金融界からブロードウェイを目指す</h3>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" class="sub_img02">
<tbody>
<tr>
<td>
<img decoding="async" src="/specialla/8296/2.jpg" border="0"></p>
<div class="caption">1987年ニューヨーク市立大学に留学。卒業後、法律事務所でパラリーガル職、投資銀行のM&#038;A金融アナリストなどを経て、97年にゴージャス・エンターテインメントを設立。現在、ブロードウェイプロデューサー、映画や特別イベントのプロデュースなど、多分野を手がける。また、宮本亜門や蜷川幸雄演出の日本作品の米国招聘、日本企業によるミュージカル投資や招聘・ライセンス案件のコンサルテーションも手掛ける</div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p id="answer_text">アメリカに初めて来たのは、高校の交換留学でした。帰国後は、テンプル大学日本校に入学しましたが、せっかくアメリカの大学の日本校に入ったのだから、やっぱりアメリカで卒業しようと決心しました。選んだ留学先は、ニューヨーク。昔からミュージカルが好きだったからです。実は高校卒業後、母と一緒にニューヨークに来て、初めてブロードウェイミュージカルを見たのです。その時は、将来はブロードウェイで仕事がしたいなんて野心は、これっぽっちも持っていなかったのですけれど。<br />
　<br />
大学卒業後も、エンターテインメントの仕事をすることはまったく考えていませんでした。というより、そんな仕事に就けるなんて思ってもみなかった。卒業後、法律事務所に就職してパラリーガルの仕事をしたのですが、これも「実社会で経験を積んだ方が、日本で就職する時に有利かも」という、単純な考えからなんです（笑）。その後、M&#038;Aのアナリストにならないかというお話をいただいて、金融業界でしばらく仕事をしました。それまでウォール・ストリートに対する関心はまったくなかったのですが、そういう世界を垣間見るのもいいかなと思って。そうしたら、会社のオーナーの妹がブロードウェイの脚本家で、会社もアートやエンターテインメントとの関わりが深く、ブロードウェイに投資したなんて話が、ミーティングで度々出てくるわけです。それまでミュージカルは趣味で見ていたのですが、ここで初めて、ウォール・ストリートとミュージカルがお金を接点につながっていることに気が付いたのです。ミュージカルをどうしたら仕事にできるのか、それまでは見当も付かなかったけれど、ビジネスの側面からなら私にも何かできるかもしれない。ブロードウェイで仕事がしたいと、この頃から真剣に考えるようになりました。</p>
<h3>無駄な時間もすべてが貴重な体験</h3>
<p id="answer_text">でも、コネもなければ、業界で働いている知り合いもいない。ガイドラインはまったくないわけです。それでとりあえず、「ブロードウェイで仕事がしたい」って人に言いまくったんです。大抵の人には、「へえ、そう」とか、「グッド・ラック」って軽くあしらわれただけでした。でも、しつこく言い続けていると、「私の弟の知り合いが脚本家してるわよ」とか、「お隣の親戚がプロダクションに勤めている人だって聞いたことがある」とか、情報をくれる人が出てくるわけです。そういう話を聞いた時は、すぐに会いに行きました。1年ぐらいそういう状態を続けたでしょうか。小さなプロダクションを立ち上げる、という人と知り合うチャンスに恵まれ、アシスタントをやらせていただけることになったのです。<br />
　<br />
と言ってもブロードウェイではまったくの素人ですから、電話番やコピー取りなど、アシスタント業務ばかり。しかも、フルタイムで雇うお金はないというので、週に2～3日のアルバイト雇用でした。それでは食べていけないので、M&#038;A専門誌の仕事や経営コンサルタントのマーケティング等の仕事とかけ持ちで頑張りました。<br />
　<br />
その後、きちんとエンターテインメントの勉強をした方がいいと思い、ニューヨーク市立大学大学院のパフォーミングアーツ・マネジメントの修士課程に入学。仕事を２つかけ持ちながら、夜大学院に行く生活が続きました。この時はさすがにつらかったですね。修士取得に6年もかかってしまいました。<br />
　<br />
フリーランスで映画を1本プロデュースした後、1997年にプロダクションを立ち上げました。大学で演劇を専攻し、そのまま業界に入る人も多いのでしょうが、私の場合は行き当たりばったり。無駄な時間もいっぱい過ごしてきました。でも、色々な仕事をした経験が今、役に立っているんですね。</p>
<h3>「ノー」と言われた時が私の真価が問われる時</h3>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" class="sub_img02">
<tbody>
<tr>
<td>
<img decoding="async" src="/specialla/8296/3.jpg" border="0"></p>
<div class="caption">タイムズスクエアを見下ろすオフィスにて</div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p id="answer_text">この仕事で１番重要なのはコミュニケーションだと思います。ミュージカルの中心にあるクリエイティブな部分を、いかに投資家などに「翻訳」できるかが勝負です。相手の立場や経験、志向を把握して、どうすれば伝わるか考える。相手に「ノー」と言われた時に、プロデューサーの真価は問われると思うのです。「ノー」と言った人にどうやって「イエス」と言わせるか。ブロードウェイというと華やかな世界のようですが、日々の仕事は交渉事や書類のやり取りばかり。でも、そこに面白さがあるし、私は「アート」を感じています。<br />
　<br />
仕事は確かに大変ですが、苦労だと思ったことはありません。やりたいことをやっているわけですから。一生この仕事を続けて行きたいし、生まれ変わっても、まったく同じ道を歩くと思います。やりたい仕事に出会えた、というのは幸せなことですよね。私にはこれしかない。代替案、プランＢはないんです。紆余曲折の末、やっと見つけたものだから、絶対に手放したくないのです。</p>
<h3>周りは壁だらけでも必ず抜け道はある</h3>
<p id="answer_text">アジア人女性がこの業界で仕事をするのは、確かに大変です。でも私は、これをマイナスだと考えるんじゃなくて、ポジティブに捉えるようにしています。例えば、珍しいから差別されることもありますが、1度会ったら覚えてもらえる。壁にだって何度もぶつかります。と言うより、周りじゅう壁だらけ（笑）。でも、360度ぎっしり壁に囲まれているわけじゃない。辛抱強く探せば、抜け道は必ず見つかります。<br />
　<br />
次の目標は、ロンドンのウエストエンドでミュージカルを上演すること。ブロードウェイと並ぶ重要な拠点なので、近い将来進出したいと考えて、今準備を進めています。そしてこれからも、優れた作品をたくさん世に出していきたい。日本でも、ミュージカルをたくさん上演できればと思っています。</p>
<div class="clearfix"></div>
<p id="answer_text">※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2008年9月1日号」掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。</p><p>The post <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/kumiko-yoshii.html">吉井久美子 / ブロードウェイプロデューサー</a> first appeared on <a href="https://www.us-lighthouse.com">現地情報誌ライトハウス</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>タロウ・ソリジャ（Taro Zorrilla） / アーティスト・建築家</title>
		<link>https://www.us-lighthouse.com/life/interview/taro-zorrilla.html</link>
					<comments>https://www.us-lighthouse.com/life/interview/taro-zorrilla.html#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[Lighthouse1260]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 01 Nov 2017 18:25:36 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[特別インタビュー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://www.us-lighthouse.com/?p=15301</guid>

					<description><![CDATA[<p>アートは新しい価値観を感じられる場所 全米日系人博物館で現在開催中の「トランスパシフィック・ボーダーランド：リマ、ロサンゼルス、メキシコシティー、サンパウロにおける日系ディアスポラのアート」展。招待作家の一人で、メキシコの日系二世であるタロウ・ソリジャさんにお話をうかがいました。 （2017年11月1日号ライトハウス・ロサンゼルス版掲載） タロウ・ソリジャ◎1980年、メキシコ・メキシコシティー生まれの日系二世。建築作品に在メキシコ日本国大使館広報文化センターなど。写真集『きおくのなかのくに』（ &#8230; <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/taro-zorrilla.html">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a></p>
<p>The post <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/taro-zorrilla.html">タロウ・ソリジャ（Taro Zorrilla） / アーティスト・建築家</a> first appeared on <a href="https://www.us-lighthouse.com">現地情報誌ライトハウス</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2 class="tittle">アートは新しい価値観を感じられる場所</h2>
<p id="answer_text">全米日系人博物館で現在開催中の「トランスパシフィック・ボーダーランド：リマ、ロサンゼルス、メキシコシティー、サンパウロにおける日系ディアスポラのアート」展。招待作家の一人で、メキシコの日系二世であるタロウ・ソリジャさんにお話をうかがいました。<br />
（2017年11月1日号ライトハウス・ロサンゼルス版掲載）</p>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" class="sub_img02">
<tbody>
<tr>
<td>
<img decoding="async" src="/101kiji/design101/uploads/2017/11/taro-zorrilla-001-287x300.jpg" border="0"></p>
<div class="caption">タロウ・ソリジャ◎1980年、メキシコ・メキシコシティー生まれの日系二世。建築作品に在メキシコ日本国大使館広報文化センターなど。写真集『きおくのなかのくに』（はぎのみほとの共著）を近日刊行。https://tarozorrilla.wordpress. com/japanese</div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h3>―ご自身について教えてください。</h3>
<p id="answer_text">タロウ・ソリジャさん（以下、タロウ・ソリジャ）：僕はメキシコシティー生まれの日系二世です。8歳の時にメキシコ人の父が交通事故で他界し、日本人の母に育てられました。メキシコの日本人学校に通った後、中学2年生の途中からアメリカンスクールに進学し、大学は早稲田大学理工学部で建築を学びました。知識としてしか知らなかった日本に住んでみたかったのです。卒業後はメキシコに帰国し、建築事務所で建築家として働き始めました。</p>
<h3>―今回の展覧会に展示されているメキシコ移民をテーマにした作品「DREAM HOUSE」は2007年「リスボン建築トリエンナーレ」にメキシコ代表として出品されました。</h3>
<p id="answer_text">タロウ・ソリジャ：メキシコの田舎をドライブしていると、何もない荒野や平屋ばかりの村に突然アメリカ風の家が次々と現れるのです。その異様な風景に惹かれて人に聞いたら「アメリカに行った移民が故郷の家族のために建てた家だよ」と。なぜあんな家を建てるのだろうと興味を持ち、そうした家に住む人々に話を聞きビデオに撮り始めて、メキシコ人が移住する理由に「家を建てる」という行為が共通してあることに気付いたのです。彼らが思い描くのは「故郷に残した家族に良い暮らしをさせたい」という夢。でも多くは不法移民で自由に国境を行き来できないので、アメリカで見て憧れたアメリカ風の家を家族のために建てようと、稼いだお金や資材と一緒に、家の写真が載った雑誌の切り抜きなどを故郷に送るのです。それで次々とそんな家が建つ。でも残された家族にはシャワーや便座など家の使い方が分からないから、その中で昔ながらのメキシコ風の生活が行われる。しかも残された家族もやがてアメリカに移住したりして多くの家が空き家になります。皆「自分の家を建てたい」という欲求で建てるので、空き家があっても他人の家に住みたいわけじゃない。それでがらんどうの家がいくつも村に残っていくのです。それなら「そもそも人はなぜ家を建てるんだろう？」。そういう問いかけがこの作品にあります。</p>
<h3>―その作品を作る中で日系移民の子どもという自身のルーツを考えることはありましたか。</h3>
<p id="answer_text">タロウ・ソリジャ：直接的にはなかったですが、人が移民した時に何を思うかというところは強く共感しました。僕はパスポートがあって自由に移動できるけど、不法移民である彼らはできない。その中で抱える強い気持ちがこのような家を作っていくのです。ポリティカルコレクトネスを求められる現代社会では、「自分の家がほしい」という自己中心的な欲望は隠されています。でもそれが移民をはじめとする「行動の原動力」になっていることを再認識してもよいと信じています。</p>
<h3>―移民ということでは、まもなく日系メキシコ人111人にインタビューをした写真集『きおくのなかのくに』が出版されますね。</h3>
<p id="answer_text">タロウ・ソリジャ：このプロジェクトは最初「プロジェクト・ハポン」という名前でした。メキシコでは時に驚くほど礼儀正しい、昔ながらの日本的なふるまいやアイデンティティーを保つ日系人に出会います。彼らにインタビューをしたいと思ったのがプロジェクトのきっかけでした。しかし彼らは必ずしもビジネス的に成功した人だけではありません。ですからパワーゲーム的な一面のある日系社会から彼らはだんだん離れていき、その姿は見えにくくなる。僕は、よく話されるような移民の成功物語ばかりじゃなくて、そういう日系人の価値観もすごく大切だと感じ、彼らの考え方を次世代へ伝えるべきだと思ったのです。それでメキシコ全土に行って、電話帳で日系の苗字を探し、突撃インタビューを行ない、合計で111人の日系メキシコ人にお話をうかがいました。でも彼らが話す母国の話を聞いているうちに、本当に日本の話をしているのか、メキシコの話をしているのか、それともどこにも存在しない国のことを話しているのか、彼らの中には境界線がないと気付いたのです。それで最終的に彼らの話す「母国」はどこか実在する国に結びつくものではないと、本の中からは国の名前を消し、個人の名誉よりも集団としての名誉に着目するためあえて人の名前も隠し、「きおくのなかのくに」というタイトルにしました。僕たちの世代はまだ日系のアイデンティティーがあります。でも次の世代には、より多様な人種や民族が混じっていきます。その時にはどこか実在する国の価値観で物事を判断するのでなく、いろいろな国の価値観が共有できる場所を見つけて暮らしていかなくてはならない。アートはそういう新しい価値観を感じたり、客観的に見たりできる場ですし、特に現代アートというのは美学的なものからそれて、物事の成り立ちや本質に近付こうとするものだと考えています。この「DREAM HOUSE」もそういう根源的なものが見られる一つのケースです。ぜひ見に来てください。</p>
<div id="detail_data_block">
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" class="sub_img02">
<tbody>
<tr>
<td>
<img decoding="async" src="/101kiji/design101/uploads/2017/11/taro-zorrilla-005-248x300.jpg" border="0"></p>
<div class="caption"></div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h3>「トランスパシフィックボーダーランド」展</h3>
<p id="answer_text">ペルー、ロサンゼルス、メキシコ、ブラジルの日系ラティーノ＆日系ラテンアメリカ人のアートを紹介する展覧会。</p>
<p id="answer_text">会期：～2/25/2018（日）<br />
場所：Japanese American National Museum（100 N.Central Ave.,Los Angeles）<br />
Taro Zorrillaアーティスト、建築家タロウ・ソリジャアートは新しい価値観を感じられる場所</p>
<div class="clearfix"></div>
</div>
<p id="answer_text">※このページは「2017年11月1日号ライトハウス・ロサンゼルス版」掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。</p><p>The post <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/taro-zorrilla.html">タロウ・ソリジャ（Taro Zorrilla） / アーティスト・建築家</a> first appeared on <a href="https://www.us-lighthouse.com">現地情報誌ライトハウス</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>TAK MATSUMOTO &#038; DANIEL HO◎特別インタビュー</title>
		<link>https://www.us-lighthouse.com/life/interview/tak-matsumoto-daniel-ho.html</link>
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		<dc:creator><![CDATA[Lighthouse1260]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 16 Oct 2017 06:14:22 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[特別インタビュー]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>日本とハワイ、2つの島国の音楽家の融合を楽しんでほしい 超人気バンド、B’zのギタリストであり、グラミー賞受賞歴を持つ松本孝弘さんと、グラミー賞受賞6回を誇るマルチミュージシャン、ダニエル・ホーさんによる音楽ユニット、Tak Matsumoto &#038; Daniel Ho。10/10（火）、10/14（土）にロサンゼルス公演を控えるお二人に、同ユニットの音楽性やライブへの意気込みなどを伺いました。 （2017年10月16日号ライトハウス・ロサンゼルス版掲載） 松本孝弘◎大阪府出身。1988 &#8230; <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/tak-matsumoto-daniel-ho.html">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a></p>
<p>The post <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/tak-matsumoto-daniel-ho.html">TAK MATSUMOTO & DANIEL HO◎特別インタビュー</a> first appeared on <a href="https://www.us-lighthouse.com">現地情報誌ライトハウス</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2 class="tittle">日本とハワイ、2つの島国の音楽家の融合を楽しんでほしい</h2>
<p id="answer_text">超人気バンド、B’zのギタリストであり、グラミー賞受賞歴を持つ松本孝弘さんと、グラミー賞受賞6回を誇るマルチミュージシャン、ダニエル・ホーさんによる音楽ユニット、Tak Matsumoto &#038; Daniel Ho。10/10（火）、10/14（土）にロサンゼルス公演を控えるお二人に、同ユニットの音楽性やライブへの意気込みなどを伺いました。<br />
（2017年10月16日号ライトハウス・ロサンゼルス版掲載）</p>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" class="sub_img02">
<tbody>
<tr>
<td>
<img decoding="async" src="/101kiji/design101/uploads/2017/11/ilovepdf_com-300x273.jpg" border="0"></p>
<div class="caption">松本孝弘◎大阪府出身。1988年9月にB’zでデビュー。全楽曲の作曲、ギター演奏、プロデュースを手掛け、日本での歴代CD総売上1位（2017年9月現在）という大記録を作る。ソロとしては、ラリー・カールトンとコラボした『TAKE YOUR PICK』でグラミー賞を受賞。<br />
ダニエル・ホー◎ハワイ出身、LA在住のマルチミュージシャン。1990年にデビュー後、ウクレレ、スラックキーギター等を用いたハワイアン音楽で確固たる地位を築きながら、世界中のアーティストと活発に創作活動を行っている。グラミー賞14回ノミネート、6回受賞の実績を誇る。</div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h3>―2016年にユニットを組み、今年2月にアルバム『Electric Island, Acoustic Sea』をリリースされましたが、一緒に音楽を作ることになったきっかけは？</h3>
<p id="answer_text">松本孝弘さん（以下松本）：2年ほど前、共通の友人の紹介で出会ったのが最初です。その時は「何か一緒にできたら」くらいでしたが、昨年、ダニエルさんがアルバムにも収録されている「Soaring on Dreams」のデモを送ってきてくれて。それを聴いて、「彼となら面白いものができる」と思い、僕から「アルバムを創って、ツアーもやりましょう」と提案しました。</p>
<h3>―Tak Matsumoto &#038; Daniel Ho、そしてアルバム『Electric Island, Acoustic Sea』のテーマを教えてください。</h3>
<p id="answer_text">松本：ロック、ジャズ、ハワイアンなどをベースにアップテンポな曲からメロウな曲まで、さまざまなテイストの楽曲を網羅しています。「日本とハワイという島国出身の音楽家二人から、どんな音楽が生まれるのか？」が、このプロジェクトのコンセプト、テーマです。</p>
<p id="answer_text">ダニエル・ホーさん（以下ダニエル）：アルバムではTakさんのエレキギターをメロディーの中心に据え、僕が演奏する琴や三線、ウクレレなどの音で味付けしました。エレクトリックな音と日本、ハワイの伝統的な楽器によるアコースティックな音がミックスした、ユニークなサウンドになっています。</p>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" class="sub_img02">
<tbody>
<tr>
<td>
<img decoding="async" src="/101kiji/design101/uploads/2017/11/ilovepdf_com-1-300x208.jpg" border="0"></p>
<div class="caption">一流のミュージシャン同士が組んで出される音は、雄大かつ稔蜜。コンサートが楽しみです。</div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h3>―特に思い入れのある曲があれば教えてください。</h3>
<p id="answer_text">松本：アルバム収録曲の中ではダニエルさんが僕の得意なメロディックなプレイをイメージして書いてくれた「Magokoro」、彼の三線と僕のロックギターがうまく融合した「Fujiyama Highway」が気に入っています。</p>
<p id="answer_text">ダニエル：僕はやはり、ユニットを組むきっかけとなった「Soaring on Dreams」に思い入れがありますね。この曲をレコーディングしながら、二人の個性をどう組み合わせていったらいいかも学べましたし。</p>
<h3>―一緒に仕事をされて、お互いをどう評価されていますか？</h3>
<p id="answer_text">松本：ダニエルさん独特の美しく優しいメロディーラインが大好きです。アコースティックな楽器のプレイヤーとしても素晴らしいし、Journeyのカバー曲、「Faithfully」でのボーカルも素敵ですよ。</p>
<p id="answer_text">ダニエル：Takさんのことは、ミューシャンとしてもパフォーマーとしても、本当にプロフェッショナルで学ぶところが多いです。また、あれだけのキャリアがありながら、謙虚で優しい人柄だというのも、魅力的だと思いますね。</p>
<h3>ー10月10日のイベント、14日のコンサートはそれぞれ、どんな内容になりそうでしょうか？</h3>
<p id="answer_text">ダニエル：10月10日のイベントでは、『Electric Island,Acoustic Sea』がどのようにできたかや、コンセプトなどについてお話しするのと、数曲演奏もする予定です。10月14日のコンサートでは、『Electric Island,Acoustic Sea』の収録曲を中心に、サプライズ曲も演奏したいと思っています！</p>
<h3>―最後に、ライトハウス読者にメッセージをお願いします！</h3>
<p id="answer_text">松本：アメリカにいると考え方や文化の違いにとまどうことがあります。その国のルールに順応することも大事ですが、日本人本来の真心や美徳を大切にしつつ、お互いアメリカ生活をエンジョイできればいいですよね。LA公演は久しぶりなので楽しみです。ぜひ見にきてください。</p>
<p id="answer_text">ダニエル：アメリカ本土で初となる僕らのコンサートは、本当に楽しみ。一緒に特別な夜を過ごしましょう！</p>
<div id="detail_data_block">
<h3>GRAMMY Museumでのイベント</h3>
<p id="answer_text">■公演日：10月10日（火）8:00pm（開場7:30pm）<br />
■会場：GRAMMY Museum（800 W. Olympic Blvd.,Los Angeles）<br />
■料金：$20<br />
■チケット購入、詳細：www.grammymuseum.org/events/ detail/tak-matsumoto-daniel-ho</p>
<h3>Aratani Theatreでのコンサート</h3>
<p id="answer_text">■公演日：10月14日（土）7:00pm<br />
■会場：Aratani Theatre（244 S. San Pedro St.,Los Angeles）<br />
■料金：$49（オーケストラ）、$39（バルコニー）<br />
■チケット購入、詳細：www.jaccc.org/electric-islandacoustic-sea</p>
</div>
<p>　</p>
<p id="answer_text">※このページは「2017年10月16日号ライトハウス・ロサンゼルス版」掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。</p><p>The post <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/tak-matsumoto-daniel-ho.html">TAK MATSUMOTO & DANIEL HO◎特別インタビュー</a> first appeared on <a href="https://www.us-lighthouse.com">現地情報誌ライトハウス</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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			</item>
		<item>
		<title>八代亜紀 / 歌手</title>
		<link>https://www.us-lighthouse.com/life/interview/yashiro-aki.html</link>
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		<dc:creator><![CDATA[Lighthouse1260]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 16 Sep 2017 19:21:01 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[特別インタビュー]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>歌の”代弁者”として、80歳になっても現役で歌いたい 毎年秋恒例、オーロラ日本語奨学金基金主催のベネフィット・コンサート。今年は、八代亜紀さんが出演します！デビュー50周年が近づく中、ますます精力的に活動する八代さんに、歌への思いやコンサートへの意気込み、今後の展望などについて伺いました。 （2017年9月16日号ライトハウス・ロサンゼルス版掲載） やしろあき◎熊本県八代市出身。1971年デビュー。以降、「愛の終着駅」「もう一度逢いたい」「舟唄」等、数々のヒット曲を出し、1980年には「雨の慕情 &#8230; <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/yashiro-aki.html">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a></p>
<p>The post <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/yashiro-aki.html">八代亜紀 / 歌手</a> first appeared on <a href="https://www.us-lighthouse.com">現地情報誌ライトハウス</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2 class="tittle">歌の”代弁者”として、80歳になっても現役で歌いたい</h2>
<p id="answer_text">毎年秋恒例、オーロラ日本語奨学金基金主催のベネフィット・コンサート。今年は、八代亜紀さんが出演します！デビュー50周年が近づく中、ますます精力的に活動する八代さんに、歌への思いやコンサートへの意気込み、今後の展望などについて伺いました。<br />
（2017年9月16日号ライトハウス・ロサンゼルス版掲載）</p>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" class="sub_img02">
<tbody>
<tr>
<td>
<img decoding="async" src="/101kiji/design101/uploads/2017/11/yashiro-aki-000-205x300.jpg" border="0"></p>
<div class="caption">やしろあき◎熊本県八代市出身。1971年デビュー。以降、「愛の終着駅」「もう一度逢いたい」「舟唄」等、数々のヒット曲を出し、1980年には「雨の慕情」で第22回日本レコード大賞・大賞を受賞。2010年には、歌唱技術が認められ文化庁長官表彰を受賞。2012年、ジャズアルバム『夜のアルバム』（ユニバーサルミュージック）をリリースするなど演歌以外のジャンルにも積極的に挑戦するほか、音楽フェスや学園祭などにも出演するなど、活動の幅を広げている。また絵画では、世界最古の美術展、フランスの「ル・サロン」で5年連続入選を果たし永久会員となる。</div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h3>―今年でデビュー46年の八代さんですが、改めて、八代さんにとって歌とはどのようなものでしょう？また、画家として絵にも力を注がれていますね。</h3>
<p id="answer_text">八代亜紀さん（以下、八代亜紀）：歌は私の命で、絵がその命を支えているという感じですね。2週間コンサートやテレビの仕事をしたらその後3日くらいアトリエにこもって絵を描いて、また2週間ほどコンサートやテレビの仕事をしているうちに（油絵なので）絵の具を乾かして、また3日ほど描いて…という生活を30年続けています。歌はもちろんなんですが、絵は私にとって本当に大事ですね。</p>
<h3>―なるほど。とはいえ本業の歌も多くのコンサートをこなすなど、精力的に活動されています。以前、ご自身のことを「表現者ではなく代弁者」と話されていたのが印象に残っていますが、そのお気持ちは変わりませんか？</h3>
<p id="answer_text">八代亜紀：変わりませんね。歌詞の内容はどれも私が経験していないもの。だから私は、自分の思いを伝える「表現者」ではなく、歌詞で描かれている誰かのことを代弁する「代弁者」だと思っているんです。言葉の一つ一つを大事に、きちんと聴いている人に届けたいですね。</p>
<h3>―2016年のフジロックフェスティバルなど、音楽フェスにも頻繁に出演されていますね。</h3>
<p id="answer_text">八代亜紀：フェスはね、ありがたいことに若い世代からオファーがあるんです。野外の何万人も入る会場で若い人たちを前に歌うのは楽しいですよ。「アキちゃんかわいい！」とか「生八代だ！やば！」なんて言われたり（笑）。ロックバージョンの「舟唄」なんかもノリノリで歌うとすごく喜んでくれますしね。</p>
<h3>―ロックもそうですが、ここ数年、ジャズアルバム『夢の夜八代亜紀ライブ・イン・ニューヨーク』（2013年）や、ブルースアルバム『哀歌-aiuta-』（2015年）をリリースするなど、演歌以外のジャンルにも挑戦されていますね。</h3>
<p id="answer_text">八代亜紀：2013年にニューヨークで行ったジャズライブは、憧れの歌手、ヘレン・メリルとの共演もできて、本当にいい経験でした。ブルースで言えば、2015年に聖地メンフィスを訪れてブルースについて勉強しました。その際はB.B.Kingが開いたライブハウスでライブもしたんですよ。アメリカ人相手に「舟唄」を歌ったんですが、すっごく盛り上がってうれしかった！思うのは、私にとって音楽のジャンルは関係ないということ。曲調がロックになれば、「イエーイ！よろしくぅ！」って感じで心も顔つきも切り替わるんだけど（笑）、どんなジャンルだろうと、八代亜紀は八代亜紀なんです。</p>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" class="sub_img02">
<tbody>
<tr>
<td>
<img decoding="async" src="/101kiji/design101/uploads/2017/11/yashiro-aki-001-300x160.jpg" border="0"></p>
<div class="caption">「野外音楽フェスで若者たちにアキちゃんコールをされると、本当に気持ちいいんです」（八代さん）</div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h3>―ロサンゼルスでのライブが楽しみです。今回はどのような経緯でベネフィットコンサートへの出演が実現したのですか？</h3>
<p id="answer_text">八代亜紀：このベネフィットコンサートには、以前アンジー（歌手のアンジェラ・アキさん）が出たでしょ。彼女とはとても仲が良くて、ぜひ私にも出てほしいと言われたんです。</p>
<h3>―どのようなライブになりそうでしょうか？</h3>
<p id="answer_text">八代亜紀：やっぱりヒット曲は楽しんでいただきたいし、ジャズやブルースも歌います。トークも近況報告とかその時の気持ちなんかを交えて楽しくできたらいいなと思っています。あと、英語の歌も歌いますし、リズム感とかノリでも楽しめると思うので、アメリカ人の方々にもぜひ来てほしいですね。</p>
<h3>―それは見逃せませんね！最後に、今後の展望を教えていただけますか？</h3>
<p id="answer_text">八代亜紀：私、80歳までは生きたいの。80歳になってもたまにライブをやって、若者たちがたくさん見に来る。それが目標ですね。絵は車いすになっても描けるから、死ぬまで描いていたいですね。</p>
<div id="detail_data_block">
<h3>AURORA BENEFIT CONCERT IN LA AKI YASHIRO</h3>
<p id="answer_text">■主催：オーロラ日本語奨学金基金<br />
■公演日：2017年10月21日（土）5:00pm<br />
■会場：Redondo Beach Performing Arts Center<br />
（1935 Manhattan Beach Blvd., Redondo Beach）</p>
<p id="answer_text">■料金：$125、$100、$75、$55、$35（全席指定）<br />
■チケット取扱店<br />
・紀伊國屋書店ロサンゼルス店（213-687-4480）<br />
・紀伊國屋書店コスタメサ店（714-662-2319）<br />
・All American Tickets（888-507-3287、www.allamerican-tkt.com）<br />
・Aurora Foundation Office（323-882-6545、www.jlsf-aurora.org）</p>
</div>
<p>　</p>
<p id="answer_text">※このページは「2017年9月16日号ライトハウス・ロサンゼルス版」掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。</p><p>The post <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/yashiro-aki.html">八代亜紀 / 歌手</a> first appeared on <a href="https://www.us-lighthouse.com">現地情報誌ライトハウス</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<item>
		<title>植村花菜 / シンガーソングライター</title>
		<link>https://www.us-lighthouse.com/life/interview/uemura-kana.html</link>
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		<dc:creator><![CDATA[Lighthouse1260]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 16 Sep 2017 18:22:50 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[特別インタビュー]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>「トイレの神様」などのヒット曲で知られる植村花菜さん。昨年末から夫と子どもと3人でニューヨークに移住し、新しい生活を始めています。渡米の経緯や日々の生活、これからの音楽活動のことなどを伺いました。 （2017年9月16日号ライトハウス・ロサンゼルス版掲載） うえむら・かな◎1983年1月4日生まれ。兵庫県川西市出身。2005年「大切な人」でメジャーデビュー。2010年「トイレの神様」がロングヒットを記録し、ドラマ化、小説・絵本化、展覧会の開催などの社会現象となる。同年「NHK紅白歌合戦」に初出場 &#8230; <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/uemura-kana.html">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a></p>
<p>The post <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/uemura-kana.html">植村花菜 / シンガーソングライター</a> first appeared on <a href="https://www.us-lighthouse.com">現地情報誌ライトハウス</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p id="answer_text">「トイレの神様」などのヒット曲で知られる植村花菜さん。昨年末から夫と子どもと3人でニューヨークに移住し、新しい生活を始めています。渡米の経緯や日々の生活、これからの音楽活動のことなどを伺いました。<br />
（2017年9月16日号ライトハウス・ロサンゼルス版掲載）</p>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" class="sub_img02">
<tbody>
<tr>
<td>
<img decoding="async" src="/101kiji/design101/uploads/2017/11/uemura-kana-0001-300x274.jpg" border="0"></p>
<div class="caption">うえむら・かな◎1983年1月4日生まれ。兵庫県川西市出身。2005年「大切な人」でメジャーデビュー。2010年「トイレの神様」がロングヒットを記録し、ドラマ化、小説・絵本化、展覧会の開催などの社会現象となる。同年「NHK紅白歌合戦」に初出場。2016年ミニアルバム『愛のかたち』をリリース。2016年12月よりニューヨーク在住。植村花菜オフィシャルブログ（http://ameblo.jp/uemurakana）</div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h3>ー渡米の経緯を教えてください。</h3>
<p id="answer_text">植村花菜さん（以下、植村花菜）：2011年、仕事でカントリー音楽の聖地、テネシー州のナッシュビルに行ったんです。私、英語が分からないから、その時までアメリカでは歌詞を重視しないって勝手に決めつけていたんです。だから、ナッシュビルのライブハウスのお客さんが私の歌詞に興味を持ったことや、コーディネーターさんが「日本語には日本語にしかない表現があり、英語には英語にしかない表現がある」と言ったことが衝撃で…。浅はかな考えを恥じると同時に言葉の深さを改めて感じ、英語に興味を持ちました。<br />
　<br />
また、現地で出会った人々から、アメリカは自分が何をしたいかが大事な国であることを知りました。それまで私は自分の気持ちを抑えて人に合わせて生きてきたけれど、自分が幸せでないと本当に人を幸せにすることはできないと気付いたんです。たった10日でこれだけ刺激があったのだから、もっといれば人生で大事なものが得られるはずと、翌年に2カ月間アメリカを一人で旅しました。旅を経てその勘が確信になり、アメリカで暮らそうと決意したんです。</p>
<h3>ー迷いはなかったのですか？</h3>
<p id="answer_text">植村花菜：アメリカ一人旅の途中で主人（ジャズドラマーの清水勇博さん）と出会い、その後結婚。2015年に息子が産まれると、このまま日本にいる方がいいのかな？と一瞬思ったんです。でも、いつか渡米を諦めたことを後悔した時、それを息子のせいにしてはいけないし、そんなことをするくらいなら、たとえNYに行って生活がうまくいかなくても、その方が幸せだとすぐに思い直しました。主人と「好きなことができるのって楽しいよ」って息子に言えるように生きることが大事だから行こうと話し、昨年12月に家族で渡米しました。</p>
<h3>ー苦手だった英語でのコミュニケーションはいかがですか？</h3>
<p id="answer_text">植村花菜：家では日本語を話す上、子育て、引越し、渡米後すぐに決まったライブなどで忙しく、渡米から3カ月経っても英語が喋れませんでした。そこで、今年4月から英語のクラスに通っています。渡米から半年ほど経つと、喋れない自分に吹っ切れました。それまで英語が喋れないことに劣等感があり、あまり外に行けなかったんです。セッションに行っても他のミュージシャンと喋れないだろうとか、ライブハウスに出たいけどお店の人と話せないだろうとか…。でも、いつか喋れるようになったらやろう…では、いつまで経っても何もできないと思い、喋れなくていいから外に行こうという考えに変わったんです。すると、心に余裕ができて、地元のライブハウスでの出演が決まりました。</p>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" class="sub_img02">
<tbody>
<tr>
<td>
<img decoding="async" src="/101kiji/design101/uploads/2017/11/uemura-kana-003-216x300.jpg" border="0"></p>
<div class="caption"></div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h3>ーアメリカでどのように音楽活動を始めたのでしょう？</h3>
<p id="answer_text">植村花菜：渡米後初めてのライブは、知り合いの夫婦が会場を見つけてくれました。このアメリカ人の旦那さんは、私が「トイレの神様」を歌った紅白歌合戦を見ていて、私のことを知っていたんです。また、「トイレの神様」がヒットしていた頃に偶然一時帰国して曲を知っていたある日本人女性は、NYのバーで毎月ライブができるように手配してくれました。アメリカでゼロからスタートするつもりでしたが、「トイレの神様」がいろんな人と縁をつないでくれて、演奏できるのがありがたいです。</p>
<h3>ー渡米して曲作りに変化は出ましたか？</h3>
<p id="answer_text">植村花菜：地元のライブハウスで歌うのに英語のカバー曲ばかりだと格好悪いから、英語のオリジナル曲がほしいんですよね。それが英語の勉強のモチベーションにつながっています。自分の気持ちを英語で表現するのは難しいですが、歌詞をチェックしてくれるネイティブの友だちができたので、ちょっとずつ積み重ねていきたいです。</p>
<h3>ーライトハウス読者の皆さんにメッセージをお願いします。</h3>
<p id="answer_text">植村花菜：東海岸とは違う西海岸のユルさが好きです。近いうちに遊びに行ったり歌いに行ったりして、カリフォルニアの穏やかな空気と人柄に触れたいですね。ホント、そちらでむっちゃライブをやりたいんです。「やりたい」と言えばきっと機会が生まれると思うので、ここでハッキリ「LAでライブがしたい」と宣言しておくことにします。</p>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" class="sub_img02">
<tbody>
<tr>
<td>
<img decoding="async" src="/101kiji/design101/uploads/2017/11/uemura-kana-004.jpg" border="0"></p>
<div class="caption">リリース情報：植村花菜・最新ミニアルバム『愛のかたち』<br />
Amazon.comで発売中。Amazon.com内を「Kana Uemura」で検索。
</div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p id="answer_text">※このページは「2017年9月16日号ライトハウス・ロサンゼルス版」掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。</p><p>The post <a href="https://www.us-lighthouse.com/life/interview/uemura-kana.html">植村花菜 / シンガーソングライター</a> first appeared on <a href="https://www.us-lighthouse.com">現地情報誌ライトハウス</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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