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現地情報誌「ライトハウス」が過去に取り上げた、アメリカ芸能界ゴシップ情報や、著名人・有名人へのインタビュー記事など。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

ビジネスセミナー報告
吉田潤喜氏講演

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ビジネスセミナー報告
ライトハウス創刊20周年記念イベント第7弾
ヨシダグループ会長&CEO
吉田潤喜講演会


去る3月6日、ホリデーイン・トーランスにて、吉田グループ会長/CEOの吉田潤喜
氏の講演会を開催した。当日は240 名の聴衆を集め、吉田会長の涙あり、笑いありの巧
な話術に会場は大いに盛り上がった


自分がアメリカでやってこれたのは、
「お返ししなあかん」という気持ちがあったから

今日僕が話す失敗の体験から何か得る物があるとしたら、それは「パワー」です。今日は皆さん、僕のパワーを持って帰ってください。人間は色んな問題を抱えているものです。根本的には自分のパワーとエネルギーでどれだけ走るかですわ。それが解決してくれるんですよ。

日本は「出る杭は打たれる」なんて言いますけど、僕なんか日本だったら完全に潰れてます。4回も高校を停学になって、大学もすべった。それで、アメリカで成功したると思った。長男には「勘当や」と言われましてね。お袋の空港での最後の言葉は、「どんなことがあっても刑務所に入ることだけはするな」でした。

シアトルに渡ると、空手を子供や警察官たちに教えました。ところが、不況になって生徒が激減。その時、実家のオカンの手作りの焼肉のタレを真似て、
クリスマスプレゼントのお返しに生徒にあげたんです。ほんならみんな、おいしい、おいしいと言うんですわ。ついには「お金は払いますからゆずってください」って。それじゃ、ソースで商売したると。

会社が2回目に潰れかけた時は、もうあかんと思いました。ヤケになって泥酔して帰宅した僕に、妻のリンダがスコッチを1本持ってきて「もっと飲め」って。あ、これ絶対アル中にして殺されると思った(笑)。そうしたら「明日、家を売ってアパートに移るから、頑張らなあかん」って言うの。あの時の悔しさは、忘れられへん。酔いなんかパッと覚めました。

その後、義理の親父からちょっと会いたいと電話がかかってきました。怒られて、娘を
返せって言われるのだろうなと覚悟して実家に出向き、相対して長い沈黙の後、紙切れをポンとテーブルの上に投げられた。 

「My son, pick it up.」。いつもオレのことを「ジュンキ」ではなく、「Junkie(ジャンキー)」って呼んでいた義父が、その時初めて「My son」って言ってくれた。紙切れ
16万ドルのキャッシャーズチェックでした。「This is all I have. I want you to useit.」。その時、義父の恩義に自分は燃えました。「ちきしょう、今に見とれ。絶対返したる」と。



「結婚したい」ではなく「あいつと結婚する」

そんな時にCOSTCOが2店目をポートランドに出しました。
そこでウチのソースを売り始めたけど、客がまず買ってくれない。そこで着物を着て、カウボーイハットをかぶって店頭販売したの。ソースを売るのは止めて、自分を売ろうとった。とにかく信用されなくても、安心してほしかった。お客が安心したら笑ってサンプルを食べてくれるんですわ。地元の日本人から「はしたない」って言われても、1本でも多く売りたい。それだけ。

その後、COSTCOから「これからはソースをヨシダに1本化する」って任せてくれた。COSTCOのバイヤーがほかのサプライヤーに言ったのは、「We're just interested how far this guy can go,Crazy Yoshida.」。僕は、これがアメリカ気質だと思う。マジな人間には燃えてくれる。頑張ってる人間を何とかしてあげたいというエネルギーとパッションが、周りから出てくる。

今、リスクマネージメントなんて格好良いこと言うけど、失敗した時、どうしたらいいか考えた時点で、あんた、負けてまんねん! 

僕が妻のリンダと結婚した時と同じ。僕は周りに「結婚したい」って言わなかった。「あいつと結婚する」って言うたの。そのエネルギーの違いってスゴイ。絶対にやるって気持ちだけで突っ走ればいい。人に何かしてあげたら必ず戻って来る


人に何かしてあげたら、必ず戻って来る

次に娘の話ですけど、小さい頃、大病で命が危なかったんです。その時ドクターは5日間、朝から晩まで娘の命を助けるために頑張ってくれた。私もお祈りし続けた。生まれて初めて「オレの命と取り替えてくれ」って、自分の命を捨てようとした。そうしたら、何とか命が助かった。
 

でも医療費支払いの時に現実に引き戻された。保険もないし、絶望的な気分で請求書を見たら、たったの250ドルです。びっくりして、看護婦さんに確かめたら「Don't worry about it.」。「あんた、お金ないでしょ。あんたみたいな人のために、寄付を集めて経営している」と。これでやっぱり、こんちくしょ?絶対お返ししたると思った。それが今も続いとるんですわ。ポートランドの子供病院の理事として16年間協力してますが、まだまだお返しが足りない。
 
人間っておかしいね。人に何かしてあげたら、必ず戻って来るんです。こんな自分がアメリカでやってこれたのは、心の中に「お返ししなあかん」「今に見とれ」っていう気持ちがあったから。

 
最後に親父の話ですが、親父は芸術家でした。その親父がよく言っていたことです。子供のゾウが捕まって檻に入れられ、泣いて檻を蹴って、血を吐きながら3日3晩過ごした。でも、ある時それがパタッと止まった。諦めたんだね。何年か後になって、このゾウがまだ檻の中におるわけ。外の人が「今のお前なら、檻を蹴り倒して外に出られるよ」って言うの。でもゾウは「え?」って。自分の身体が見えてないんだね。昔のままだと思ってるの。

親父はこの話をしながら、「お前は自分の姿をちゃんと見なあかん。過去なんか気にするな」って言ってくれてたんです。その言葉が心に響いて、ウチの娘3人にもしっかり教えました。今度は孫に教えるために、何とかして100歳まで生きなあきませ
ん。でも100になったら、「こんちきしょう、150まで生きるで」って思うのかもしれない(笑)。



【吉田潤喜◎よしだ・じゅんき】
1949年京都府生まれ。アメリカに憧れて69年に単身渡米。波瀾万丈のアメリカ生活を経て、自家製秘伝のタレをベースにしたヨシダソースを生産販売し、アメリカンドリームの体現者となる。2003年、米国中小企業局(SBA)が選定する全米24社に殿堂入りを果たしたほか、2005年には『Newsweek』誌(日本版)の「世界が尊敬する日本人100」にも選ばれた。現在、オレゴン州ポートランドを拠点に、ヨシダグループ18社を率いる会長職務と地元料理番組のレギュラー出演、各地での講演などで世界中を飛び回る去る3月6日、ホリデーイン・トーランスにて、吉田グループ会長/CEOの吉田潤喜
氏の講演会を開催した。当日は240名の聴衆を集め、吉田会長の涙あり、笑いありの巧み
な話術に会場は大いに盛り上がった。



(2009年4月1月号掲載)