ジョージア州(30)/アメリカ南部

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アメリカの郷愁を誘うサザンホスピタリティー

ジョージア州の旗

ミシシッピ以東最大のジョージア州。面積は日本国土の40%に相当する。北にはブルーリッジ山脈を抱え、南にはワニが生息するオケフェノキー沼、東は太平洋に面している。

ジョージア州(Georgia、GA)州の基本情報
人口(2025) 11,302,748人
面積 57,716.96mile2
人口密度(2020) 185.6人/mile
州都 アトランタ (Atlanta)
州知事(2026) Brian Kemp(共和党)
州のニックネーム Empire State of the South, Peach State, Cracker State, Goober State
人種の割合 白人56.8% / 黒人32.4% / ネイティブ・アメリカン1.1% / アジア人5.4% / ハワイ先住民系0.1% / ヒスパニック12.1%
世帯収入中央値(2020-2024) $77,353
貧困率(2020-2024) 12.6%
住宅価格中央値(2020-2024) $303,300
家賃中央値(2020-2024) $1,393
観光情報サイト Georgia Tourism
州の公式サイト Georgia official site

南北戦争で伝統が崩壊。アフリカ系エリートの誕生

ジョージアといえば、『風と共に去りぬ』を思い浮かべる人も多いだろう。1800年代前半は綿花王国として君臨、多くの大農場が生まれた。綿織機の発明で綿花栽培は利潤の高い産業となったが、一方、広大な農場で働く多くの人手が必要となり、奴隷取引に拍車をかけた。
 
リンカーン大統領の奴隷解放政策に反発し、1860年連邦から脱退。「南部同盟」を結成する。翌61年、南北戦争が勃発。首都アトランタは焦土と化し、州のほぼ全域が破壊された。
 
敗戦によって、南部奴隷州としての価値と生活様式が根底から覆されたが、反面優秀なアフリカ系エリートを数多く生み出した。マーチン・ルーサー・キング牧師もアトランタ出身。1971年にアトランタ市長に当選したメイナード・ジャクソンは、南北戦争復興以来、南部で初めて誕生したアフリカ系市長だ。以来アトランタ市長はアフリカ系が続き、市議会、警察署長もアフリカ系で占められている。

近代都市に残るアメリカの郷愁

大豆、トウモロコシ、ピーカン、ピーナツなどの農業や牧畜も盛ん。ジョージアが生んだ大統領、ジミー・カーターもピーナツ農園の息子だった。南北戦争後もプランテーション経済は維持され、繊維産業を中心に発展。1960年代以降は、ノースカロライナからテネシー、ジョージア、アーカンソー以南を通りカリフォルニアへと続く「サンベルト」に乗った工業化が進み、アトランタ市は高層ビルが建ち並ぶ近代都市となり、コカコーラ本社やCNNセンターがある。
 
南北戦争で徹底的な焦土作戦に遭ったため、南部の歴史を残した街並はない。しかし、サザンベルと呼ばれる南部美人を賞賛した騎士道的な精神や、客人を温かくもてなすサザンホスピタリティーは今でも根強く残っている。州歌となったレイ・チャールズの『我が心のジョージア』とともに、アメリカ人の郷愁を駆り立てている。

 

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