日本への本帰国や日米2拠点生活は、憧れだけで語れない現実があります。本記事では、実際に帰国した人や2拠点活を送った人への取材を通じ、良い面・大変な面の両方をリアルに紹介します。
日本の高齢者向け施設に関する Q&A
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本編に入る前に、まずは日本で老人ホーム紹介事業「わんコネ老人ホーム相談窓口」を展開するレバウェルの小田原秀さんにお話を伺いました。
Q. 施設選びのポイント、在米帰国者へのアドバイスは?
最も重要なのは建物の豪華さではなく、「ケアの質」と「その継続性」です。実際の生活の満足度は、現場スタッフの対応や定着率に大きく左右されます。また、施設の設備や見た目に目が行きがちで、入居者の生活の自由度やコミュニティーの雰囲気を見落としやすい傾向があります。何より、自分の健康状態や生活スタイルに合っているかを重視することが大切です。
Q. 探し始めるタイミングは?
理想は心身ともに元気なうちです。介護が必要になってからでは選択肢が狭まる場合があります。検討開始から入居まで1年前後の余裕を持つと安心です。人気施設は空室が出にくいため、早めの情報収集が重要です。
Q. 費用の相場と、コストを抑えるコツは?
入居費用は、施設のグレード、立地、人員配置などによって大きく変わります。都市部で、入居一時金などを除く1カ月の費用は、一般的に、サ高住20~60万円、介護付き老人ホーム30~80万円、特別養護老人ホーム10~20万円程度です。費用を抑えるには、地価の低いエリアを選ぶ、必要なサービスだけを選び無駄のないプランにするなどがポイント。また、将来の介護ニーズも見据え、長期的に無理のない計画を立てることが重要です。
Q. 良い施設の見分け方と見学時の注意点は?
スタッフがいきいき働いているか、入居者が楽しそうに過ごしているかが大きな判断基準です。共用スペースの使われ方や雰囲気も参考になります。また、費用の説明が明確か、追加費用の有無、光熱費や通信費の扱いなども必ず確認しましょう。複数施設を比較することで、より客観的に判断できます。
Q. よくある失敗例は?
見学時の印象と実際の生活のギャップが代表的です。案内担の印象が良くても、実際のケアスタッフの質が異なるケースがあります。また、周囲の入居者の介護度と自分の状況が合わず、生活に違和感を覚えることもあります。入居後の具体的な生活をイメージして判断することが大切です。
帰国後の住まいについて
一般の住宅(戸建て・マンションなど)、そして高齢者の場合は、以下のような住宅や施設があります。
- サ高住(サービス付き高齢者向け住宅)
バリアフリー構造で、安否確認などのサービス付きの住宅です。基本は自宅に近い暮らしで、必要に応じて訪問介護などを利用します。 - 有料老人ホーム(介護付き・住宅型)
民間の施設です。介護付きは定額で介護サービスを受けられ、住宅型は必要なサービスを組み合わせて使い、使った分だけ費用がかかります。 - 特別養護老人ホーム(特養)
公的施設で、費用は比較的安いのが特徴です。入居条件は要介護3以上が目安で、所得に応じて負担が変わります。 - 介護老人保健施設(老健)
病気やケガなどでの入院後、退院してから自宅へ戻るまでの間、リハビリを行うための一時的な施設です。利用期間は原則3カ月程度です。 - 介護療養型医療施設
医療的ケアが必要な高齢者向けの施設です。現在は別の施設形態へ移行が進んでいます。 - 軽費老人ホーム
自立して生活できる人向けで、家庭での生活が難しい方を低料金で受け入れる施設です。 - グループホーム
認知症の方が少人数で生活する施設で、症状の進行を緩やかにすることを目的としています。
在米帰国者インタビュー
今の住まいは、「安心の中で自由を再構築した場所」です
松本信幸さん(76歳)、右美さん(76歳)。「サンシティ横浜」の広々とした中庭で。
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40年以上にわたるアメリカでの生活を経て、8年前に帰国した松本ご夫妻。
帰国当初は都市部や郊外のマンションに住んでいました。
その後、介護を視野に入れ、施設のリサーチを開始。
2023年11月から、入居時自立型の介護付き有料老人ホーム「サンシティ横浜」で暮らしています。
帰国後の住み替えと新たな暮らし
1971年に渡米し、サンフランシスコを中心に約40年以上を過ごしてきました。市内だけでも10回以上の引っ越しを経験。その都度、住まいを変えながら生活を築きました。リタイア後は健康上の理由などもあってハワイ・ホノルルへ移住し、温暖な気候の中で穏やかな時間を過ごしました。体調面では良い変化もありましたが、一方、生活の中で、食事の選択肢や日常の細かな不便さが次第に気になるようになりました。最終的には、それが日本への本帰国の決断につながりました。
2018年に帰国した後は、熱海、東京、葉山と住まいを移しながら生活していましたが、将来を見据え、介護付有料老人ホーム入居を検討し、見学を始めました。「サンシティ横浜」に入居したのは2年半ほど前です。首都圏を中心に複数の施設に見学に行きましたが、環境も施設の雰囲気も、私たちの生活スタイルに合っていると感じ、入居を決めました。最大の魅力は、2万5千坪の広大な敷地と、周辺の自然環境です。
ビリヤードは信幸さんの趣味の一つ。「4台のビリヤードテーブルがあり、ほぼ毎晩のように楽しんでいます」。
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もちろん、全てが完璧というわけではありません。施設の部屋は約60平米と、これまでアメリカで住んできた住空間と比べるとかなりコンパクトです。家具も多くは持ち込めず、思い切って処分する必要があり、思い出が詰まった大切な物品を手放すことには心理的な負担もありました。ビリヤードは信幸さんの趣味の一つ。「4台のビリヤードテーブルがあり、ほぼ毎晩のように楽しんでいます」。
また、日本全体に言えることですが、人の多さや生活の密度の高さを感じます。特に都心では人の動きが速く、少し慌ただしく感じる場面もあります。けれど、「サンシティ横浜」は、天井の高いロビーや開放的なレストランなど、海外生活に近いスケール感があるのでゆったりとしていて居心地は良いです。
元ピアノ教師の右美さん。施設には練習用の防音レッスン室もあり、今でも練習を継続しています。
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「陸上のクルーズ船」のような日常
普段は、朝6時に起床し、軽い運動の後、7時から隣接する「たちばなの丘公園」を40〜45分歩き、その後施設内のレストランで朝食を摂ります。レストランは予約不要で毎日利用できる上、味や内容も全体的に満足度が高いです。魚料理も毎日提供され、価格もアメリカと比べるとかなり抑えられています。居室で作るのは、サンドイッチなどの簡単なもので、自分で調理をしなくて良い点は日常生活において、大きな負担軽減になっていると思います。
ここでの生活を例えるとしたら、「陸上のクルーズ船」でしょうか。生活の細々した煩わしさからは解放され、一定のリズムの中で、安心して快適に日々を過ごしていけるのは、本当にありがたいですね。
夫婦そろって国内外へ旅行。2025年9月には、スペイン・マドリッドのアルムデナ大聖堂に行きました。
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趣味と自由時間が支えるバランス
夫婦共通の趣味は旅行で、月に一度国内、年に2回ほど海外に出かけています。これまで70カ国を訪れました。直近ではスペインのマヨルカ島に住む知人を訪ね、3週間ほど滞在したのですが素晴らしかったですね。今年はブルネイへの旅行を計画中で、とても楽しみにしています。旅行で不在の間も、施設のスタッフの方がテラスの植物に水やりをしてくれるので、安心して外出できます。こういった細やかなサービスは、日本の施設ならではだと思います。
高齢者施設での暮らしは、理想と現実の両方があります。介護体制や安心感は大きな魅力である一方、空間の制約や日本特有の生活密度
など、合わせていかなければならない部分もあります。それでも長いアメリカ生活を経た私たちにとって、今の暮らしは「自由を手放した」のではなく、「安心の中で自由を再構築した場所」だと感じています。
取り巻く現実と将来を考え、日本に戻ると決めました
葛西夫婦が住む自宅そばの散歩道。「シロサギや野鳥を見かける自然豊かな地域です」(大河さん)。
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西海岸で28年暮らした葛西大河さんと桜さんご夫婦(仮名)は、アメリカでの医療費の不安と日本に住む高齢の母親の介護、そして自分たちの老後を見据え、一昨年に帰国を決意しました。
現在、自然豊かな東京郊外の戸建てで、新たな生活をスタートさせています。
医療費が引き金で帰国を決意
私は58歳、夫は67歳。28年間暮らしたアメリカ西海岸を離れ、2024年6月に日本へ帰国しました。大きな転機となったのは、「この先の老いをどう迎えるか」という現実的な問題でした。アメリカでの生活は充実していましたが、医療費の負担は常に不安材料でした。夫が肩の粉瘤(ふんりゅう)を診てもらった時、診察だけで320ドル、処置で280ドル。しかも手術の見積もりは6600ドル! 「医療保険に加入していても、これが老後も続くのか」と考えた時、不安は一気に現実味を帯びました。同時に、日本で暮らす私の母(現在83歳)の存在も大きな要因でした。きょうだいが中心となって支えてくれていましたが、その負担は明らかに重く、このまま放置することはできないと感じるようになりました。
帰国の決断を後押ししたのはコロナ禍です。リモートワークの普及により「日本でも仕事が続けられる」ようになったこと、さらにアメリカで生まれた子どもたちがすでに独立していたことも重なり、生活の軸を見直せるタイミングが来たと思いました。帰国準備には約1年半かかり、30年分の荷物を整理する作業は想像以上に過酷でした。
桜さんの母親(83歳)が入居している施設の部屋。「母の家具や思い出の品を運び入れ居心地の良い空間を作りました。私たちの家から車で15分ほどなので、すぐ行けるのも安心です」。
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外国人の母の施設入居と暮らし
帰国後、母のために施設を探し始め、2025年9月に高齢者施設に入居することができました。いくつか施設を見学し、最終的に選んだのは、中庭を囲む明るい造りで部屋の窓から桜が見えるところでした。閉塞感が少なく、安心して過ごせる点が決め手になりました。ただし、私の母は外国人のため、生活にはいくつかの壁があります。何十年も日本で暮らしているとはいえ、敬語や早口の会話は理解が追いつかないこともあるので、私が間に入って通訳のような役割をする場面も少なくありません。食事も和食中心で、慣れ親しんだ洋風の朝食を自宅で用意して届けることもあります。一方で、最近英語を母国語とする母の友人が入居したおかげで、少しずつ施設での交流の輪が広がり始めています。小さなつながりではありますが、母にとっては大きな安心になっているように感じます。
桜の大木が続く美しい並木道。日本ならではの魅力を実感できる風景です。
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帰国後の人生設計を視野に行動を
私たちが帰国してまず感じたのは、生活のしやすさでした。医療費の安さ、日本語での安心できるコミュニケーション、徒歩圏内にそろう生活インフラ。電車が時間通りに来る日常は、当たり前のようでいて大きな安心です。食事の選択肢の豊かさも、生活の満足度を大きく変えました。片や、戸惑いもあります。住居はアメリカに比べて狭く、隣家との距離も近い。夏の暑さや冷房の強さにも驚きました。そして何より、周囲の視線や同調圧力のような空気は、アメリカとは異なるストレスとして感じる場面があります。
夫婦で訪れた「江戸東京たてもの園」。「日本の歴史や文化に触れられて興味深かったです。宮部みゆきの時代小説にもはまっています」。
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それでも今強く思うのは、「帰国のタイミングは全てを左右する」ということ。70代になってからの引っ越しや生活の再構築は、身体的にも精神的にも負担が大き過ぎると感じます。50代〜60代のうちに動くことには、明確な意味があると実感しました。そしてもう一つ重要なのは、「帰国後の人生設計」です。私たちの場合は母の介護という明確な目的があり、それが迷いをなくしてくれました。帰国はゴールではなく、その先の時間のほうが長い。だからこそ、自分がどこでどう生きるのかを、具体的に描いておくことが何より大切だと感じています。
「どこで生き、どこで終わるか」を常に考え暮らしています
伊藤比呂美さん(70歳) Photo by Yoichi Yoshihara
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詩人で、弊誌エッセイ『海千山千人生相談 in アメリカ』でおなじみの伊藤比呂美さん。
仕事を機にサンディエゴから帰国し、熊本県内の集合住宅(コーポラティブハウス)に住まいを構えました。
現在熊本を拠点に、東京での講演やラジオ出演など幅広く活動しています。
2拠点生活を経て、帰国へ
1997年にアメリカに移住し、2000年代後半から12年頃までは親の介護も重なり、月に2回日本に帰っていました。全て自費で、経済的も体力的にもかなり厳しい。さらに50代半ばの更年期とも重なり、子てと介護を同時に抱える生活でした。
帰国を考える直接のきっかけは、16年に“お連れ合い”と呼んでいたパートナーが亡くなったこと。私にとってアメリカでの生活の基準は彼の存在でもあったので、その人がいなくなったとき、「私はなぜここにいるのだろう」と強く感じるようになりました。
そのタイミングで早稲田大学から3年契約の教職のオファーがあり、18年に帰国を決断。ただ、大きな不安もありました。特にグリーンカードの維持です。長期間アメリカを離れると失効の可能性があり、「再入国許可証」を取得しても限界があります。最終的には、日本に軸足を移すことが、その時の私にとってベストだと思いました。
「日常は、朝起きて、動物の世話をして、仕事をして、動物の世話をして、散歩して、寝る、というシンプルなサイクル」と話す伊藤さん。猫2匹、犬2匹と暮らしています。
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日本での生活。その良しあし
帰国するにあたり、早稲田大学のある東京ではなく熊本を選んだのは、渡米前に住んでいて友人もたくさんいたこと、そして最大の理由は大型犬を飼っていたからです。
実際に日本で生活を始めてまず感じたのは、言語の自由。日本語で思考から表現まで完結できることは大きな安心感で、「自分が完全に自分でいられる」という感覚があります。詩を書く私にとって、日本語は自分そのものですから。
医療費の安さにも驚きました。歯科治療で千円程度だったときは思わず「本当ですか?」と聞いてしまったほど。さらに、チップ文化がないことも大きい。アメリカではインフレでチップ額も年々増えていましたが、日本では「言われた金額を払う」だけ。経済的かつ精神的な負担はかなり減りました。
そして何より、「誰からも存在そのものを下に見られない」という安心感があります。アメリカではマイノリティーとして扱われる感覚がありましたが、日本ではその“生存レベルの差別”がありません。
食卓を彩るのは、熊本の農協直営店で購入した野菜や果物。「地方ならではの自然の恩恵を実感しています。新鮮で糖度も高い。生産者の名前や顔が分かるのも安心です」。
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ただし、日本での生活が全て快適というわけではありません。最も強く感じるのはコミュニケーションの閉鎖性です。目を合わせない、話しかけても反応が薄いなど、人とのやりとりが成立しにくい場面があります。アメリカのように、たとえ表面的でも笑顔や会話が返ってくる文化との違いは大きいです。
また、ジェンダー意識の遅れにも驚きました。特に地方では、表向きは女性が働いているように見えても、実際の意思決定は男性中心であることが多く、違和感を覚えることがあります。
そして、自然環境への意識や、食の安全に対する考え方に相違を感じることも。便利さや効率が優先され、環境や生物多様性への配慮が後回しになっている場面も少なくありません。
松の枝越しに見える夕日。熊本県天草市への旅で撮影した1枚。
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それでも私は今、「どこで生き、どこで終わるか」を常に考えながら暮らしています。体が動くうちは日本にいるつもりですが、将来的にはアメリカに戻る可能性も含めて考えています。娘たちの生活拠点(西海岸)に近い場所で過ごしたいという思いもあります。
「自分でいられる」環境を選ぶ
もし帰国を迷っているなら、「完全に不満がなくなる場所はない」と理解した上で、一度日本に帰国してみるのもよいと思います。日本には安心できる言語環境と生活の安定があります。同時に、人との距離感や文化の違いも確かに存在します。どこで生きるにしても、「自分が自分でいられる環境」を選ぶことが、一番重要なのではないかと思っています。

