「同時多発テロで転職を決意
働きながら夜学に通って資格取得」
安定を求めて
比嘉輝雄さん
ハワイ出身。4歳で両親の故郷の沖縄に移住。高校卒業後、日本国内のアメリカの大学の分校を経て1994年、オクラホマの大学に進学するために渡米。サウスウエスタン・オクラホマ州立大学の大学院を修了後、旅行関連会社に入社。その後、公認会計士への転職を目指し、大学と専門学校に通いCPA資格取得。大手会計事務所を経て2013年、日系会計事務所のSCSグローバルプロフェッショナルに入所し、ダラス支店長を務める。 |
以前の仕事はソフトウエアエンジニアでした。オクラホマの大学院で、MBAを専攻しながらマイナーでコンピュータサイエンスを学んだ後に、MBAとコンピュータサイエンスの両方で就職活動をした結果、当時、右肩上がりだったオンライン旅行会社のTraverocityのフォートワークの拠点にコンピュータの仕事で採用されました。Traverocityが日本航空とジョイントベンチャーを立ち上げていたこともあり、日本語を話せるエンジニアを求めていたというわけです。
僕の仕事は最初、プログラマーで、Traverocityの英語のサイトを日本語に書き換えていました。これは日本語が分かるだけでなく、ラストネームの後にファーストネームが来たり、ミドルネームがなかったりという日本独自の文化も理解して取り組む必要がありました。ある程度、進め方などが任されていて、自分で考えることができるという点で、この仕事には大きなやりがいを感じていましたね。
ところが、僕が入社した年の9月、911同時多発テロが起こってしまいました。強烈な痛手を受けた旅行業界の中でTraverocityも例外ではなく、そこから解雇が始まったのです。一緒にミーティングに出席していたメンバーが、次のミーティングに参加していないと、その人の解雇が分かります。また、サンクスギビングの後から解雇が多くなって、その後の会社のクリスマスパーティーに集まった顔を見て、「参加できた人だけが生き残った」という事実を目の当たりにすることで、自分の甘かった考えも変わり始めました。それまでは、この会社で死んでやる(笑)と思っていたほど一生懸命働いていたんですが、(解雇は)そのうち自分にもやってくるのだと感じ、転職を考え始めました。そして、もう一つ、転職の理由がありました。
ITの仕事は常に新しい技術を学び続ける必要があります。でも、新卒が入ってくるたびに彼らが身に付けている新しい技術には勝てないし、さらにインドから専門職ビザで入ってくる人材が非常に優秀で、かつ英語も話せるということで、自分自身が5年後に会社に残っているイメージがどうしても湧かなかったのです。
これは人生を変えなくちゃいけない! そう思ったのですが、何をどうしたらいいか分からず、保険のセールスのセミナーに行ったりして可能性を模索しました。そんな時にCPA(公認会計士)になった大学時代の友達に「CPAに転職したら? 会計士だと手に職で、仕事に困ることはないよ」とアドバイスされたのです。まさに当時の環境が不安定だったので、安定した仕事に魅力を感じ、CPAになるための行動に出ました。
昼はTraverocityで働きながら、夕方からコミュニティーカレッジで会計の基礎のクラスに通い始めました。ところが先生に「君は4年制の大学で会計を学ぶべき」と言われて、テキサス大学アーリントン校の夜間クラスへ。そこでの単位を取り終わると、今度はCPA資格を取得するための専門学校に通いました。
節税で感謝される
CPAに転職する前のTravelocity時代。
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当時を振り返ると、「CPAという目標を達成しなければ、のたれ死ぬしかない」と本気で考えていました。コンピュータから会計という、まったく異なる畑に足を踏み出したので、また元の分野に戻ろうとしたら時間のロスになるだけだからです。それに勉強に取り組んでいる間は雑念が消えて、将来を不安に思わずに済んでいたので、より一層CPAの資格を取るための勉強に打ち込みました。
その間に、travelocity を退職し、アカウンタントとして交響楽団のダラスシンフォニーに転職しました。会計の実務経験を積みたいと思って求人に応募したのですが、お断りの返事がすぐに来たのです。その返事には「実務経験がないから」と書いてありました。そこで僕は諦めずに、自分がCPAになるために今頑張っているところだという気持ちと、クラシック音楽が好きだということを書いた返信を出したところ、面接をしてくれることになったのです。面接でも僕は熱い気持ちを訴えました。その結果、人材紹介会社での会計士としてのスキルを判断するテストに合格したらという条件をクリアし、最初の会計の仕事を手にすることができました。
その後、グレイハウンドバスの税金部門、そしてデロイト会計事務所のジャパンサービスグループという部署を経て、今の日系会計事務所のダラス支店に13年に移り、現在はダラス支店長です。やりがいは、お客様の税金を節税したことに対して感謝していただけることです。アメリカ生活が長く、英語が話せたとしても、IRSと専門用語を交えながら交渉をすることは大変です。そこを請け負って専門家として交渉にあたるのが私の仕事です。デロイト時代には、メキシコ出身の雑用係の女性に「IRSから6000ドルの税金の請求が来た。助けてほしい」と言われ、それをボランティアで受けて数百ドルの単位にまで下げたことがありました。その時に彼女から感謝され、「(会計の)費用を払うから」と言われたのですが、生活が厳しそうだったので、「じゃあ、手作りのタマレスが食べたいな」とお願いしたら早速ご馳走してくれました。あの時はうれしかったです。
将来は、お金を取らずにボランティアで、困っている人たちに税金のアドバイスをしたいと思っています。でも、僕はまだ仙人ではないので(笑)、まだまだお金をもらっていい家に住んでおいしい物を食べて旅行もしたいという欲があります。そのような欲が消えて、社会奉仕に取り組める心境に達してから、その夢を叶えたいです。
キャリアチェンジに悩んでいる人には、「いろいろな人に相談してみましょう」とアドバイスしたいです。いろいろな価値観を持った多くの人の意見を仰ぐことで、自分に最適な道が見えてくるかもしれません。僕自身も友達に(自分の悩みを)話していたから、CPAに転職することができました。「ああしたい、こうしたい、自分はどうしたらいいんだ」って発信してください。受け取ってくれた人がきっと意見をくれます。そうやって、自分の可能性は広がっていくはずです。
※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2021年10月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。


