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アメリカでのビジネス・仕事

現地情報誌「ライトハウス」が人気コラム「アメリカ人と共に働く技術」をはじめ、起業・独立、マーケティングに関する情報など、アメリカでのビジネスに役立つ情報をご紹介。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

72)儲けない経営

マーケティング講座

こんにちは! 阪本啓一です。
「儲けるためには儲けないこと」という逆説的な経営理念を実行して儲けている日本酒メーカーがあります。
そこにはスローなビジネスへの原点回帰がありました。


老舗を近代経営へ

 老舗の蔵元「寺田本家」(千葉県香取郡、創業江戸時代延宝年間:1673年〜81年)23代目当主・寺田啓佐氏は、電化製品販売会社の営業マンでした。25歳の時、結婚を機に蔵元へ「婿入り」したというわけです。家電の営業という「外」の世界から来た寺田氏にとって、老舗蔵元の商売は近代経営とはかけ離れた独特のビジネス・スタイルでした。若い寺田氏はまさに自分の腕を生かす絶好の場とばかり、「近代経営」を導入しました。生産性、仕入価格、人件費…。


儲からない

 ところが…。現場は「外から来た人に何がわかるか」と醒めた目。兼業農家を営む職人もいて、朝、定時に出勤しない社員もいるモチベーションの低さでした。さらに、おりしも日本酒が昭和48年(1973年)をピークに業界全体で販売量(需要)が縮小し始めた時期でもあり(寺田氏結婚、経営参画は昭和49年)、業績はみるみる下降していきました。詳細は割愛しますが、打つ手、打つ手、何をやってもうまくいかない事態となったのです。


日本酒マメ知識

 ここで少し日本酒マメ知識を。太平洋戦争中、米不足のため酒の製造がままならなくなりました。対策として、量を増やす目的でアルコールを添加して製造する「アル添」と呼ばれる製造方法が開発されました。現在でも、日本酒のビンのラベルに「原材:米、米麹、醸造アルコール」と表記されている場合は、「アル添」のお酒です(添加できるアルコールの量は白米1トン当たり280リットルと酒税法で決められているのですが、1トン当たり120リットル以下のアルコール使用なら、「本醸造」「本造り」と表示しても構わないことになっているようです)。

 さらに、戦後になって開発された「三増酒」。ブドウ糖や水飴などの醸造用糖類、コハク酸などの食品添加物やグルタミン酸ソーダ(うま味調味料)などの添加物を使い、甘み、酸味、うま味を調える方法です。これだと、何と元の3倍の量の酒を製造できます。コストは安いし、量産にも苦労しません。時は日本酒に限らず大量生産・大量消費時代。質より量でした。日本酒を飲むとベタベタした甘みがあり、二日酔いで頭痛がするのは、ひとえに現在でもまだ多くの銘柄で使用されている添加物による悪酔いなのです。


原点に立ち返る

 悪戦苦闘の中、寺田氏は、メンターとする人から、こんな問いを投げかけられます。「あなたのお酒は、お役に立ちますか」。この言葉で、迷いの渦中にいた寺田氏は、「みんなに喜ばれるお酒を造ろう」と決意します。「自分の都合を捨て、会社の都合を捨て、ただただ飲んでくれる人たちの喜ぶ顔を思い描いて」。

 寺田氏は、日本酒造りの原点に立ち返りました。日本酒は本来酵母が時間をかけて発酵することによって生まれます。そこで、純粋に酵母菌の働きのみを活用することによって、無農薬・無化学肥料で栽培された米と水から自然酒ができないだろうかと知恵を絞り、できたお酒が「五人娘」です。現在では濃い熱烈なファンに支えられる「寺田本家」看板ブランドとして成長しています。

 酒は人間が造るのではなく、蔵に棲みついている微生物が造る。現実に、蔵には天井、梁、柱、壁、戸など至るところに微生物がびっしり棲みついています。彼らに仕事を任せるのです。人間は彼らが心地よく働ける環境づくりをする。寺田氏は、炭、水、空気を活用する電子技法と呼ばれる方法を導入、備長炭を敷地や壁に埋め込む、電子水を酒に使うなどを実行しています。

儲けない経営はクリエイティブ

 儲からなくてどうしようと日本酒造りの原点に戻った寺田氏ですが、どん底の中で起死回生の旗印としたのは「いかに儲けるか」を捨てることでした。それまで持っていた「儲ける方程式」を捨て、「本物の酒造り」に徹した結果、儲かりだしたのです。ここにビジネスの面白さがあります。一種のイノベーションと言えます。即ち、業界常識とされるビジネスモデル(儲けの方程式)をいったん捨てる。そして、顧客が求めている価値は何かをゼロから問い直す(「みんなに喜ばれるお酒を造ろう」)。価値を実現するために商品そのものをリ・デザインする。最新技術の導入ではなく、むしろ今では採用されなくなった旧技術かもしれない(微生物の働きだけで造る)。

 「儲けない経営」とは、「儲け」をゴールとするのではなく、価値を問い直し、その実現のためにプロセスなどすべてをリ・デザインすることで、結果、新しいビジネスモデル(儲けの方程式)を創造する、極めてクリエイティブなマネジメントです。儲けは、アウトプットとして、結果に現れます。

(2007年11月16日号掲載)