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アメリカでのビジネス・仕事

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ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

138) たった1人の情熱

マーケティング講座

こんにちは!阪本啓一です。
顧客を観察しましょう!


長年ビジネスの世界に身を置いてきて、しみじみ思うことは、仕事で良い成果を出す秘訣は
「誰か1人、全身を投げ打つコミットメントをする人がいるかどうか」です。
 
世界初のアルコールゼロ(0%)のビール風味飲料キリンフリーを開発したキリンビールの梶原奈美子さんのケースを、雑誌記事(『WEDGE』2010年3月号、文・池原照雄氏)で読みながら、この感を新たにしました。
 
以下、同記事を参照しつつ、お話を進めます。


ニーズから出発する

従来のビール風味飲料は「ノンアルコール」とうたっていても、実は微量(0・5%程度)含有していました。酒税法上はアルコール分が1%未満だと「酒」とならない、というだけであり、車の運転者やアルコールを禁じられている人が飲んでも良いかというと、本当はダメだったのです。このグレーゾーンが、顧客も、メーカーも、居心地悪いのは確かでした。ここに「ニーズ」が存在しています。
 
企業活動で、最も重要なことはマーケティングとイノベーション。セールスは「これを売ろう」が動機ですが、マーケティングは「顧客は何を買ってくれるか」が出発点です。マーケティングの役割は、セールスを不要にすること。そのためには、「顧客の中にある欲求を満たす価値」をイノベーションするしかありません。
 
ビールが大好きだけれど、車を運転するから、病気でアルコールを禁じられているから、妊娠しているから飲めない。そういった人たちが確実に存在しているわけです。キリンフリー開発チームはここに目をつけました。しかし、いざ開発にかかってみると、ビールは麦汁とホップに酵母を加えてアルコール発酵させることで、あの独特のうまみが出ています。アルコールをゼロにするため、発酵なしの製造手段を取るしかありませんでした。味や風味の微妙なバランスをいかにして再現するか。


社会貢献を旗印に
グループ全体を巻き込む

梶原さんを始めとする開発チームは、「社会貢献」というプロジェクト共通のワードを設定し、「飲酒運転撲滅」という社会貢献のためにキリングループ全体を巻き込みました。キリンには「氷結」という、これも缶チューハイのイノベーション製品の開発チームがいます。彼らの香味調合技術、さらにはソフトドリンクのキリンビバレッジの開発担当者をも巻き込み、グループ一丸となって取り組みました。結果、従来のノンアルコールビールではとうてい出せなかったビール風味のうまさがありつつも、アルコールゼロという「キリンフリー」が完成したのです。
 
ニーズが存在していたわけですから売れるのは当たり前です。開発チームは製品のβ 版が
できてからも念には念を入れ、「本当に運転には問題ないのか?」と運転シミュレーターを使って、「キリンフリー」を飲んだ後でも運転して大丈夫だということを確認しました。それだけ飲み心地が本当のビールに似ているのです。
 
09年4月発売時には、同年末まで63万ケースの販売計画を立てていましたが、売れに売れ、上方修正を繰り返し、結果400万ケースにまで達しました。このジャンルの飲料の全販売量が250万ケース(08年)であることを鑑みると、「キリンフリー」はまったく新しい市場を創出したことになります。
 
このケースから学ぶことは何でしょうか。第1に、「ニーズから出発する」ということです。製品開発だけではなく、飲食店のメニューでも同じです。先に製品、サービスがあって、それをいかにして販売するかではなく、顧客は何を求めているか、まだ満たされていない欲求は何か、から出発する。そのために、普段から生活者、顧客をよく観察する必要があります。また、自社の中にあるシーズ(技術)もよく認識していましょう。
 
第2に、プロジェクトには、メンバーのベクトルを合わせる旗印となるワードが必要ということです。キリンの場合は、「飲酒運転撲滅で社会貢献しよう」が旗になりました。
 
第3に、「たった1人の情熱」が重要だということです。キリンフリー開発物語は、ケースとしてまとめればお読みのようにスッキリしたものですが、現場では当然山あり谷ありあったはずです。梶原さんの情熱がグループ全社を巻き込み、障壁をはねのけるパワーになったことは間違いありません。

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(2010年4月16日号掲載)