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アメリカでのビジネス・仕事

現地情報誌「ライトハウス」が人気コラム「アメリカ人と共に働く技術」をはじめ、起業・独立、マーケティングに関する情報など、アメリカでのビジネスに役立つ情報をご紹介。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

14)スローなビジネスに帰れ
【Get Back】

マーケティング講座

みなさん、こんにちは! 阪本啓一です。
今こそ、スローなビジネスに帰りましょう。


● Amy's Bread

 ニューヨークでは42nd ストリート沿いの高層アパートメントに住んでいました。ハドソン川畔なので、アパートメントにあるスポーツクラブの窓からはニュージャージーの緑が見渡せ、四季折々の彩りが美しかった。新年を迎える大晦日ともなると、摩天楼の立ち並ぶ中、花火がにぎやかに打ち上げられ、窓の向こうは絶景です。真冬のニューヨークにいるのに、「まるで夏のお江戸隅田川だね」と家族と話したものです。

 毎朝、歩いて10分のところにあるエイミーズ・ブレッド(6729th Ave. : Between 46th &47th St.)に行くことが楽しみでした。そこでオーガニックのバゲットを2本買い、そのうちの1本を指でつまみ食いしながらゆっくり帰宅します。この朝の散歩の間に、家族とああでもない、こうでもない、と話しながら歩くのは日本に住んでいた頃にはなかったことです。スローな時間が、流れていました。このような時間は、近所のコンビニでちょちょいと買って、ビニール袋に入れてもらい、そそくさ帰る買い物体験では得られません。

 エイミーズ・ブレッドに行く理由は、もちろんそこで売っているパンがオーガニックでしかもおいしかったこともあるし、先ほど述べたように、行き帰りの朝の散歩が楽しかったこともあります。もう1つ述べるならば、そしてそれが今日の本題なのですが、「商いの原点」を感じることができたか
らです。


● 顧客は末永い絆を求めている

 「商いの原点」とは何か。それは、顧客との絆を大切にする、という点です。マンハッタンは大都会ではありますが、一方、エイミーズ・ブレッドのような個店(チェーンストアではない、個人の経営する商店)がところどころで健在です。理由は、顧客が、ただ「商品とお金を等価交換するロボット」ではなく、店やそこで働く人たちとの末永い信頼関係を求めている一個の人間だからです。そしてこの「顧客は絆を求めている」という点こそ、商いが昔から大切にしてきた大事な原点と言えるでしょう。


● 「Kei、本の進み具合はどうだい?」

 エイミーズ・ブレッドはカウンターの向こうにいるスタッフが私のことを覚えてくれています。

 「Ke i、本の進み具合はどうだい?」。
 「ちょっと躓いちゃっている」。
 「だったらこの新しいメニューのピザを試してみてよ。ブラック・オリーブ、トマト、山羊のチーズを使った、材料としてはよくあるものだけど、ちょっとした工夫をこらしてる。食べて、どこにその工夫があるか、どう感じるか、教えてくれないか? Keiの本にも、きっと役立つと思うよ。試食サンプルとしてあげるからさ」。
 「ありがとう」。

 いまどき、顧客の顔と名前を覚えていることで既に客としての私はハートをつかまれてしまいます。それだけではなく、私が一昨日もらした、現在取り組んでいる仕事(本の執筆)についても、気にかけてくれているなんて、もう、神業でした。

 周囲のほかの顧客にも、ひとりひとり、違う内容の声をかけています。

 同じマンハッタン、パーク・アベニューに、私の会社パームツリー・・インクのメインバンクCがあります。こことは年間何万ドルもの取引をしていますが、担当者の顔さえ知りません。私が覚えているのは、ウェブサイトの操作方法と、時折電話する時の機械音声のみです。エイミーズ・ブレッド
とのお金だけのやり取りで言うなら、比較にならないくらい大きな金額の取引をしているにもかかわらず、私はこの銀行Cに「愛情」とか「親しみ」など、全く感じません。


● ITは要らない

 エイミーズ・ブレッドには大企業によくある、「顧客データベース」といったようなITは導入されていません(もちろん、弊社メインバンクCには何百億ドルもの投資がかかったデータシステムがインストールされていることでしょう)。顧客ひとりひとりの顔と名前を覚え、顧客のコンディションに気を遣う、ということは、システムを導入したからできる、ということではないし、こういう話の時によくある、「顧客数が増えたら覚えられない」という類の話ではありません。商人が、昔から、営々と行ってきた行動です。皆さん、この昔ながらのスローなビジネスに帰ってみませんか?

 エイミーズ・ブレッドはスローにビジネスをやりながら、創業13年目にして、チェルシー、ヴィレッジにも支店を出す繁盛ぶりです。

(2005年6月16日号掲載)

【文・阪本 啓一