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アメリカでのビジネス・仕事

現地情報誌「ライトハウス」が人気コラム「アメリカ人と共に働く技術」をはじめ、起業・独立、マーケティングに関する情報など、アメリカでのビジネスに役立つ情報をご紹介。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

37)誰が困るか
【人様のために】

マーケティング講座

皆さん、こんにちは! 阪本啓一です。
「飢饉普請」という言葉、ご存知ですか?


起業家にいつも言う言葉

 独立し、会社を起こしたばかりの時、夜、ふと不安になることがありました。決まって次のような考えが浮かんだものです。

 「今ここでぼくが商売をたたんでも、ぼくと社員・家族以外、世界中だれも困らない」。

 企業の成長ステージにはいろいろありますが、安定ステージに入ったかどうかのリトマス試験紙は、まさにここにあります。「なくなって困る人が『身内』以外に何人いるか」。例えば極端な例が、マイクロソフトでしょう。同社が今なくなったら、世界中の人が困ります。

 そこで私は起業したばかりの起業家から相談を受けたとき、いつもこう言います。「1日も早く、身内以外の人から、『商売やめないでね』と言われるようにしようね。あなたが商売をつづける目的は、自社に貯めこむのではなく、周囲のお役立ちできること、お役立ちしつづけることだからね」。


毎日メールを送り続ける店長

 某大型書店のK店長は、パートナーさんと呼ばれる、パートの店内スタッフの携帯電話にメールを毎日1通送りつづけています。昨年10月の開店以来ですから既に6カ月、180日以上。非番の日でも、出勤の日でも、毎日、店長からメールが届きます。内容は、その日に店内で起こった「ちょっといいこと」。この話を聞いて、Kさんの人となりを知っている私は驚きました。彼は「話す人」であり、控えめにみても「書く人」ではないからです。メールが苦手なはず。

 そんな彼がなぜ毎日メールで接触をつづけているかというと、「温かい絆を維持しつづけるため」です。日本の小売の現場は90パーセント以上がアルバイト、パートのスタッフで構成されています。従来の企業のとらえかたですと、彼らのような「社員ではない人たち」は、半分店の内側であり、半分は店の外側という、中途半端な位置づけでした。しかし、この店では、「彼らは社員と同じである」とはっきり定義しています。だからパートナーにとって、店との情報共有は必須のことであって、かつ、「温かい絆」がなくてはならない。

 例えアルバイト、パートであっても、彼らの背後には友人、ご近所、親戚、家族がいるわけで、20人の後ろには2千人くらいの人がいるかもしれないのです。だから、パートナーたちが自分の働く店に対して愛情を育み、彼らに「なくてはならない店」だと思ってもらえば、ひいては店の繁栄にもつながる。店が繁盛すれば、自分に返ってくるわけですから。


飢饉普請

 日本の商人道を確立したと言われる近江商人には「飢饉普請」という言葉があります。飢饉、つまり、その年の収穫が不作で、近隣農家が困っていたら、普請しなさい、ということです。普請して、農家の人に働いてもらい、賃金を出しなさい。お金を貯めるばかりではなく、飢饉の時こそ、出し惜しみすることなく使いなさい。できるだけ長く働いてもらいなさい。

 阪神淡路大震災直後、ラーメン1杯5千円で売ったお店がありました。同じ時、幸いにも自宅のガスや水は早く復旧したので、お風呂をご近所に開放した会社社長がいました。社長の名前が「川上さん」といったので、「川上湯」とみんなに呼ばれ、感謝されていました。さて、街が復興したあと、くだんのラーメン店は倒産してしまいました。1杯5千円で得た利益はどこにも残らなかったわけです。現在、川上社長の会社は、震災前に比べ、10年後の現在、売り上げ、利益共に5倍に成長しています。社長を後進に譲り、自らは近隣のボランティア活動に忙しい毎日を送っておられます。

 新潟市横越町の北方文化博物館。ここは江戸中期から続く伊藤家という豪農の屋敷跡です。敷地2万9千平方メートル(8800坪)あります。1964年に起こった新潟地方大地震(マグニチュード7.7)でも、ここは瓦一枚落ちず、壁にひびも入らず、土蔵も倒れませんでした。砂地を地盤とする新潟市のほとんどが被災し、家屋の倒壊や火災被害が大きかったにもかかわらず。理由は人間には知る由もないのですが、何か大きな力が守ってくれたのでしょう。

 この屋敷の日本庭園にある高さ5メートルほどの築山を造るにあたり、伊藤家当主は、近隣在住の人々に声をかけました。そして「車や機械を使わずに、土は手で運んでほしい。できるだけ長く仕事してほしい」と言ったのです。着工当時、近隣の農家は不作で苦しい時期でした。伊藤家は、「おかげで一家心中せずにすみました」とお礼を言われたそうです。

参考:『生きる大事・死ぬ大事』、小林正観著、弘園社

(2006年6月1日号掲載)