コロナ禍でも満員電車、変わらぬ日本の働き方

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冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点:米政治ジャーナリストの冷泉彰彦が、日米の政治や社会状況を独自の視点から鋭く分析! 日米の課題や私たち在米邦人の果たす役割について、わかりやすく解説する連載コラム

(2021年7月1日号掲載)

テレワークに消極的な日本企業

冷泉コラム_電車

コロナ前に比べ、電車の混雑率は低下しているが、路線や時間によっては、今も三密が続く。

コロナ禍の長期化に伴い、東京や大阪などでは断続的に緊急事態宣言が出されている。これを受けて、2020年の4月頃は、各企業がテレワーク(リモート勤務)に取り組んだことで、首都圏や京阪神では多くの路線で通勤電車の混雑が解消された。
 
その当時も「郵便で配達された紙の書類を取りに行く」とか「会社で厳重に保管されているハンコを押しに行く」といった理由で出勤を強いられるケースがあった。全くの事務的な理由からオフィスに出勤しなくてはならないわけで、紙とハンコがテレワークを妨げているとして問題になっていた。
 
それから1年、21年の5月には3度目の緊急事態宣言が出され、政府からは財界などに改めてテレワークを7割にという要請が行われた。1年経って各企業では、ペーパーレスなどが進み、テレワークの拡大が容易になったのかというと、実際はその反対だった。財界団体も、多くの企業も「テレワークによって生産性が下がった」として、協力には消極的な姿勢を明らかにしたのである。
 
その結果、首都圏でも京阪神でも満員電車が復活した。日本だから、車内では全員が白い不織布マスクをして沈黙が守られており、暑かろうが寒かろうが換気のために窓が開けられている。それでも、スシ詰め状態の満員電車での通勤を強いられる人々には、恐怖以外の何物でもないという。
 
だが、財界も、そして多くの企業も「テレワークは不可能」という声で一致している。政府によるテレワーク推進の要請に対しても、今は「現場を分かっていない」という不満が平然と語られるようになった。しかも、コンピューターを使いこなせる若手世代からも「対面でないと仕事が進まない」という意見が多数だという。

日本の働き方、どこに問題があるのか

アメリカの場合は、コロナ禍でオフィスワーカーのほぼ100%がリモート勤務となり、郊外への人口移動が起きた。また、ワクチン普及後も、在宅勤務を認めたり、出社日数を減らしたり、より柔軟な働き方ができそうだ。
 
その一方で、ここへ来て明らかとなってきたのは、日本の課題は、テレワークを実現するためのセキュリティーソフトの導入、ペーパレース化といった問題だけではないということだ。それ以前の「働き方」そのものに課題があるということが見えてきた。
 
一番大きいのは、日本の場合に多い、スキルを身に付ける前に実務を与え、業務を通じてスキルを教えるというOJT方式の存在だ。例えば、経理や会計でも、法務や労務といった専門性の高い業務でも、専門知識を大学や大学院で学んだ学生はあまり歓迎されない。そうではなくて、むしろ知識のない若者を配属して現場で学ばせる。理由は簡単で、各企業ごとに考え方も進め方もバラバラであり、同時にその企業の方式には厳格にしたいからだ。
 
さらに人事異動が多く、せっかく実務に習熟しても他の部署に異動させて、基礎からOJTをやり直すこともある。その際にも、完全なマニュアルが用意されることは少なく、経験則を場面に応じて人から人へ伝えることが多い。若手にとっては、何もかも先輩に聞かねば仕事が前へ進まないので、オフィスに出勤しないと生産性が上がらない。上司の側でも、初心者に本物の仕事を与えながら学ばせる以上、様子を見ながら確認したりアドバイスを出したりしないと安心できない。
 
もう一つは、非正規労働の問題だ。非正規の仕事は、その都度、依頼をし、給与は通勤して職場に拘束される「不便への報酬」という考えに一本化されている。従って、テレワークにはなじまないと考えられており、このため非正規に支援してもらって業務を進める側もテレワークを嫌う。
 
こうした日本型の仕事の進め方こそが、日本経済の生産性を阻んでいる元凶である。だが、コロナ禍という事態においても、根本的な変革はできなかった、その結果が恐怖の満員電車ということのようだ。

冷泉彰彦

冷泉彰彦
れいぜい・あきひこ◎東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業。福武書店、ベルリッツ・インターナショナル社、ラトガース大学講師を歴任後、プリンストン日本語学校高等部主任。メールマガジンJMMに「FROM911、USAレポート」、『Newsweek日本版』公式HPにブログを寄稿中
※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2021年7月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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