日本人は親切心を失ったのか?

ライトハウス電子版アプリ、始めました

冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点:米政治ジャーナリストの冷泉彰彦が、日米の政治や社会状況を独自の視点から鋭く分析! 日米の課題や私たち在米邦人の果たす役割について、わかりやすく解説する連載コラム

(2024年1月号掲載)

寄付やボランティア精神を堂々と表明しない日本人

冷泉コラム_人助け

CAFでは、ランキングは回答者が移民か否かや、 信仰する宗教も関係すると報告している。

アメリカで電車やバスに乗っていて、車椅子の人が下車しようとしたら、周囲の人が助けるというのは当たり前の光景だ。ベビーカーでも同様だろう。だが、日本ではこうした光景は見られない。車椅子の人が電車に乗り降りする場合は、必ず駅員が対応する。
 
こうした傾向はデータでも裏付けられている。例えばアメリカの調査機関ギャラップ社が行った世界142カ国での調査結果を、チャリティー機関のCharities Aid Foundation (CAF)がまとめた「World Giving Index」がある。具体的には「この1カ月の間に見知らぬ人を助けたか」「この1カ月の間に寄付をしたか」「この1カ月の間にボランティアをしたか」という三つの項目について、国別に採点したものだ。2023年の集計では、日本は全142カ国中139位だったという(アメリカは第5位)。
 
これでは、まるで日本人は親切心を失ったように見える。一つ考えておかねばならないのは、現代の日本社会では、親切心を行動に移すには多くの制約があるという問題だ。
 
まず、日本社会は余裕のない社会で、経済格差も広がっている。そんな中で、善行を誇示することは、ある意味で「余裕のない人間」を見下す行動になってしまう。例えば、日本では赤い羽根募金など季節ごとに全国で一斉に募金活動を行う。これは横並びにすることで、格差を見えなくする工夫かもしれない。こうした問題について、CAFの調査では、日本の数値が低いのは文化的要因だとしている。寄付やボランティアを行ったことを堂々と表明する文化は日本には希薄かもしれないというのだ。だからといって、現状のままでいいとは思えない。

見知らぬ人に掛ける日本語の正解とは?

例えば、見知らぬ人への人助けについては、現在の日本では確かに難しくなっている。原因としては、現在の日本社会の価値観に合うような「初対面の人同士が会話する際の日本語」がないという問題がある。
 
道を歩いていて、重い荷物を抱えて困っている人がいたとする。初対面だが、困っているので助けてあげようと考えたとして、まず「どんな声掛けをするか」という問題がある。
 
例えば、困っている人が推定75歳の女性で、助けようという人が推定38歳の男性だとしよう。昭和の時代であれば、「おばあちゃん、ダメだよ。無理しちゃ…」という男性の声掛けに対して女性の方は「すみませんねえ。年寄りのくせに荷物を抱えて駅まで歩いて行こうと思ったのが間違いでした…」と「へりくだりモード」で応じれば、取引成立となり、男性は何も困らずに人助けができて、女性はそれに甘えることができた。
 
だが、現代ではこうした「お決まりの会話」というのは成立しない。まず、現代では年齢を問わず見知らぬ女性に対して「おばあちゃん」などと言うのは失礼だ。「ダメだよ」などというなれなれしく、また上から目線な表現も許されない。
 
となると、慎重に「すみません。お困りのようですが、お手伝いしましょうか?」とアプローチしたとして、今度は「もしかして詐欺師とか悪人では」と警戒される可能性が起きる。丁寧なら良いというわけではないのだ。若い世代の間では「ですます調」を冷たいとして嫌う傾向もあるし、年長の男性の場合には、「俺をジイさん扱いしやがって」などと逆に暴言を吐かれる危険もある。初対面の人に関わること自体がリスクという認識が共有されている。これは首都圏で顕著なのだが、一般的に、そもそも初対面同士の会話はできるだけ避けるという傾向すらある。
 
問題はやはり日本語にあるようだ。年齢や性別による上下関係から日本人はようやく自由になり、個人が尊重される社会になった。だが、初対面の人間同士が適度な距離感で話す対等で感じの良い日本語というのは、まだ発明されていない。親切心を発揮しようにも言葉の壁が邪魔しているのだ。

冷泉彰彦

冷泉彰彦
れいぜい・あきひこ◎東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業。福武書店、ベルリッツ・インターナショナル社、ラトガース大学講師を歴任後、プリンストン日本語学校高等部主任。メールマガジンJMMに「FROM911、USAレポート」、『Newsweek日本版』公式HPにブログを寄稿中
※このページは「ライトハウス・カリフォルニア版 2024年1月」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

「冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点」のコンテンツ