日本語は変化を楽しむ言語

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冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点:米政治ジャーナリストの冷泉彰彦が、日米の政治や社会状況を独自の視点から鋭く分析! 日米の課題や私たち在米邦人の果たす役割について、わかりやすく解説する連載コラム

(2022年3月1日号掲載)

日本独自の概念や雰囲気を伝える新しい言葉

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昨今の新しい言葉は、雑誌やテレビの他、インターネット上やSNSなどから発生するものも多い。

日本語というのは語彙が豊富な言語だ。同じことを言うのに、大和言葉、漢語、外来語があって、そこに微妙なニュアンスの違いを付加して使い分けているからだ。一方で、語彙が飽きられることも多く、それを避けるために新語や造語で語彙を増やす傾向もある。新語の多くは若い世代の造語によるもので、既成の語彙との差別化を目的として、仲間内の秘密の暗号としてスタートする。
 
やがて、人気のあるものは流行語として勢いよく拡散され、よくできたものは残るが、その他は陳腐化して消滅する。もちろん、英語にも似た現象があるが、日本語の場合はそうした語彙の変化はよりダイナミックだ。ちなみに、造語のパターンは、外来語やフレーズの短縮化、カタカナの擬態語・擬音語風の表現、カタカナ語を作ってそれを平仮名にして新鮮味を出す、などそう多くはない。
 
このようなパターンから出てきたものとしては、「ほぼ」を繰り返した「ほぼほぼ」だとか、英語を形容詞化した「エモい」、「チルい」、ソフトな語感を追求した「びえん・ぱおん」「ほふほふ」などがある。「ほぼほぼ」などは「ほぼ」という曖昧さを表す概念をさらに曖昧にしつつ語彙の存在感を強めた傑作で、すっかり定着している。
 
一方で、世相を反映した流行語ということでは、コロナ禍に関連した語彙が注目される。日本でも、WHO(世界保健機関)などが使っている世界共通の概念、例えば「パンデミック」とか「クラスター」といった言葉は外来語として定着している。ところがコロナ禍の中で生まれた概念でも、日本独自のものはカタカナ語ではなく漢語などを使ったオリジナルの造語がされて定着している。例えば「3密(密閉、密接、密集)」とか「人流」といった言葉は、少なくともアメリカでは考え方として紹介されていない。人流に関してはクルマ社会のアメリカには必ずしも当てはまらないかもしれないが、3密という概念は感染対策の前提として極めて有効であり、日本はもっと対外発信に努めるのがいいと思われる。
 
一方で、「黙食」とか「マスク会食」というのは、日本では絶対的なルールであり極めて普及している考え方だが、これは国際的には全く通用はしないだろう。少なくともアメリカでは、全く成立しない考え方だ。ある意味では日本ならではという概念であり、従って翻訳も不可能かもしれない。

日本ならではの食を表す言葉

日本語が独特の進化を遂げている分野がある。それは「グルメ」、つまり食文化に関連した言葉だ。まず、テレビやネット動画などで外食などのレポートをすることは「食レポ」、その食レポの動画や写真が「お腹が減っている人には不愉快になるぐらいおいしそう」だと「飯テロ」ということになる。一方で、おいしくないのは「飯マズ」という。残念ながらアメリカは「飯マズ」の国だということになっているらしく、私たちとしては対策が必要だ。
 
時代ごとに特定の食べ物が流行し、その名称が流行語になるというのも日本の特徴で、アメリカの場合はあるにはあるがもっと少数である。この点で、近年日本での流行は「オートミール」「バスクチーズケーキ」「マリトッツォ」だそうである。
 
最近よく聞くのは、少しだけ凝った定番料理に箸をつける前の期待感を表現する「これ絶対おいしいやつ」というフレーズで、言語的に傑作だと思う。そして実際に食べてみておいしいと「うまっ」とか「激ウマ」ということになる。反対に、塩味のことを栄養学の専門家を気取って「えんみ」と発音するのもはやっているが、これは少々やり過ぎだろう。
 
このように日本語というのは変化の激しい言葉だが、その変化のことを日本語の乱れだという意見もある。だが、残念ながら日本語にはこれが正統だというスタンダードとなる正書法とか話し方のお手本というのはない。日本語というのはやはり変化に参加し、変化を楽しむ言語なのかもしれない。

冷泉彰彦

冷泉彰彦
れいぜい・あきひこ◎東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業。福武書店、ベルリッツ・インターナショナル社、ラトガース大学講師を歴任後、プリンストン日本語学校高等部主任。メールマガジンJMMに「FROM911、USAレポート」、『Newsweek日本版』公式HPにブログを寄稿中
※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2022年3月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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