20年前のイチローブームとは違う日本の大谷ブーム

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冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点:米政治ジャーナリストの冷泉彰彦が、日米の政治や社会状況を独自の視点から鋭く分析! 日米の課題や私たち在米邦人の果たす役割について、わかりやすく解説する連載コラム

(2022年10月1日号掲載)

共に未知数だったアメリカでの活躍

冷泉コラム_MLB

イチロー氏のマリナーズ殿堂入り式典では、大谷選手からのビデオメッセージも放映された。

エンゼルスの大谷翔平選手は、昨年、2021年にアメリカンリーグのMVPに選ばれただけでなく、今年22年はその21年を上回る成績を挙げている。そんな折、8月21日には、同じように日本球界からアメリカに移籍して、マリナーズで活躍した鈴木一朗(イチロー)氏が、マリナーズ球団の殿堂入りを果たし、セレモニーで見事な英語でのスピーチを行なっていた。
 
大谷選手とイチロー氏は、それぞれが全く異なる個性を持っており、選手としての優劣を比較するのは難しい。だが、ファンの反応を比べてみると、そこには大きな違いがある。
 
まず、2001年に当時のイチロー選手は、必ずしも成功を約束された存在ではなかった。当時、日本からメジャーリーグに移籍して成功を収めていた選手は既に存在したが、野茂英雄氏など全てが投手であった。日本の野手がアメリカで活躍できるかは全く未知数であり、日本でもアメリカでも疑う声がかなりあった。イチロー選手は、結果的にそうした疑念を完全に吹き飛ばしたのだった。
 
当初は疑問視されたということでは、大谷選手も似ている。日本では成功していた「二刀流」をアメリカで実現できるかということでは、日本でもアメリカでも疑問視する声が後を絶たなかった。メジャーに移籍して、投打の双方で一流の才能を持っていることが証明された後でも、打者に専念せよとか、いや投手だけでいいとか、さまざまな議論がされていたのだった。

個人成績か、勝敗か二人への期待の違い

アメリカでの活躍が日本で大きなブームとなったことでは、イチロー選手も大谷選手は全く変わらない。だが、イチロー選手の場合、日本で個人の成績に関心が集中するあまりに、野球がチームスポーツであることへの関心は薄かった。現在の大谷選手の場合、ホームランを打っても、その試合でエンゼルスが負けていると「なお、エンゼルスは何対何で敗戦」というアナウンスが入る。この現象を日本のファンは「なおエ」と略して残念がる。そのような反応はイチロー選手の場合は、悲しいぐらいなかった。マリナーズの勝敗などどうでも良かったのである。
 
それどころか初年度から200安打を打ったイチロー選手に対しては、いつしか毎年ヒットを200本以上打ち続けて「10年連続200安打」を達成してほしいなどという強引な「期待」が寄せられるようになっていった。この時期のイチロー選手は、この「期待」のために明らかに苦しんでいたように見えたし、結果的にヒット数にこだわって四球を選ばないプレースタイルには、アメリカ球界では批判があったのは事実だ。当時は私も、こうした現象には残念な思いを抱いていた。だが、今から考えれば、2000年代から2010年代にかけて、経済と社会が活力を失っていった日本に対して、イチロー選手には自分なりの考えからどうしても期待を裏切れない、という思いがあったのであろう。
 
大谷選手の場合は、その意味でははるかに幸福だと思う。大きく違うのは日本のファンの姿勢であり、「なおエ」という言い方が象徴するように、大谷選手だけでなく、チームの勝敗への関心はちゃんとある。また大谷選手の記録を有り難がるのではなく、大谷選手がアメリカ球界で絶賛されていることを喜ぶ、そんな心情からの応援もある。これも20年前のイチロー選手へ寄せられた記録だけへの期待とは異なる。
 
イチロー氏の名誉のために付け加えるなら、現在の同氏に対するアメリカ球界の評価は最高レベルであり、そこに揺らぎはない。これはマリナーズからヤンキーズ、マリーンズ、そして最後は再びマリナーズと球団を移籍しながら真摯にプレーを続け、若手の模範となってきた姿勢への敬意から来るものだ。メジャー3000本、日本を入れて4000本というヒットの数字はそのような意味を込めて受け止められている。25年には野球殿堂入りが確実視されているが、その際にはアメリカで大きな話題となるのは間違いない。

冷泉彰彦

冷泉彰彦
れいぜい・あきひこ◎東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業。福武書店、ベルリッツ・インターナショナル社、ラトガース大学講師を歴任後、プリンストン日本語学校高等部主任。メールマガジンJMMに「FROM911、USAレポート」、『Newsweek日本版』公式HPにブログを寄稿中
※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2022年10月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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