「日本酒は日本製に限る」は果たして正しいのか?

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冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点:米政治ジャーナリストの冷泉彰彦が、日米の政治や社会状況を独自の視点から鋭く分析! 日米の課題や私たち在米邦人の果たす役割について、わかりやすく解説する連載コラム

シャンパンはシャンパーニュで作られたもののみ。日本酒は?

食料品などのブランド名には、土地の名前を冠することがよくある。その中で、ワインやスピリッツなどの酒類は、スコッチとか、ボルドー、ナパなど、土地の名前とブランドイメージが密接に結びついているものが多い。
 
こうしたブランドを守るために、1990年代にWTO(世界貿易機関)は、「地理的表示」という考え方を打ち出した。食品、特にワインやスピリッツに関しては、「その土地の製品」だけが土地名を冠した商品名を名乗れるという規制である。これを受けてEUでは規制を強化している。
 
例えば、以前は、世界中どこの生産であっても、「シャンパン」という名称を使うことができたのだが、この「地理的表示」が始まってからは、フランスのシャンパーニュ地方で作られた発泡ワインしか「シャンパン」と名乗ることはできなくなった。
 
このため、シャンパーニュ地方以外で作られたものは、あくまで「スパークリングワイン」とすることになっており、「シャンパン」と呼んではいけないのである。この新しい「地理的表示」は世界中で比較的守られるようになっている。
 
この「地理的表示」を「日本酒」あるいは「ジャパニーズ・サケ」にも適用しようという動きがある。報道によれば、財務省が年内にも方針を出して、「日本酒」あるいは「ジャパニーズ・サケ」は、日本産の米と水を使って、日本国内で作られたものに限るという宣言をするというのだ。これは「政府のクールジャパン戦略の一環」であり、「日本食ブームに乗って本家本元の日本酒を、世界で味わってもらうのが狙い」だというのである。
 
確かに、地理的表示という考え方は理解できる。例えば、中国の企業が勝手に「宇治茶」とか「紀州」といった日本の土地に関係したブランドを商標登録するような事態は防がなくてはならない。また、同じ酒でも「灘の生一本」というのは、確かに神戸市の灘区製造のものに限るというのが自然だろう。
 
だが、「日本酒は日本製だけ」というのは、どうだろうか?私は「ちょっと待った」と申し上げたい。

日本酒を別名で呼ぶなら「ライスワイン」だが…

まず、現在はどんどん製造が拡大している、日本国外の「日本酒」をどう呼ぶかという問題がある。これはシャンパンをスパークリングワインと「言い換える」ような単純な話にはならない。
 
例えば、日本酒の古い言い方で「ライスワイン」という言葉がある。だが、せっかく「SAKE」という言葉が英語となって普及したにもかかわらず、日本製は「サケ」だが、外国産は「ライス・ワイン」というのは不自然だ。では、アメリカ製の場合は「アメリカン・サケ」と言うことにするのかというと、その場合は「SAKE」が「サケ」なのか「セイク」という別の単語なのか、混乱を避けるためには「ジャパニーズ・サケ」と言うしかない。その言い方は日本製しかダメとなると、何が何だか分からない。
 
そもそも、日本酒の製法というのは極めてユニークである。そして、そのユニークな製法を学んで、アメリカだけでなく、オーストラリア、中国、ベトナムなど世界の多くの酒蔵が工夫を重ねて優秀な日本酒を作っているのだ。そうした酒蔵から「日本酒」とか「ジャパニーズ・サケ」という名称を取り上げるのは理不尽であるだけなく、製法や味は正確に日本酒だが「日本製ではない」酒に関して、一体何と呼んだらいいのかという問題に答えはない。
 
さらに言えば、日本文化が「クールジャパン」として世界に普及し、人気があるのは、「ユニークだが普遍性のある文明」を実現しているからである。日本酒もそうで、「旨味成分のある料理」との相性や、冷ひやでよし燗かんでよしという飲み方のバリエーション、そして火入した酒独特の日持ちといった特徴は、「日本」という小さな島国を越えて世界に広がる普遍性があるし、だから世界でブームが起きつつある。その「日本酒」という呼称を、「日本産に限る」というのは、何とも「ノット・クール」な話ではないか。

冷泉彰彦

冷泉彰彦
れいぜい・あきひこ◎東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業。福武書店、ベルリッツ・インターナショナル社、ラトガース大学講師を歴任後、プリンストン日本語学校高等部主任。メールマガジンJMMに「FROM911、USAレポート」、『Newsweek日本版』公式HPにブログを寄稿中

 

(2015年7月1日号掲載)
 
※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2015年7月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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