いまだに奇妙な日本のメジャーリーグ報道

ライトハウス電子版アプリ、始めました

冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点:米政治ジャーナリストの冷泉彰彦が、日米の政治や社会状況を独自の視点から鋭く分析! 日米の課題や私たち在米邦人の果たす役割について、わかりやすく解説する連載コラム

チームの勝敗より個人の記録を優先する日本のメディア

メジャーリーグ

野茂英雄氏がドジャースに入団して大活躍して以来22年、日本ではメジャーリーグ・ベースボール(MLB)に関する報道がずっと続いているが、その姿勢については、どうしても違和感を感じざるを得ない。そして、この問題は今でも続いている。
 
日本のメディアだから、日本人選手が中心の報道になるのは仕方がない。問題は、その報じ方だ。とにかくチームの勝利への貢献ではなく、あくまで日本人選手の記録とか活躍という視点「だけ」での報道が続いているのである。それも22年ずっとであり、全く改善の兆しはないどころか少しずつ悪化しているように見られる。
 
一つのパターンは、試合に負けたのに日本人選手が活躍すると大きく取り上げるというものだ。例えば打者の場合であれば、「A選手3安打、チームは敗戦」というパターンである。試合に負けたのだから、A選手も悔しいはずなのに、「3安打」などと見出しになっては本人も困るだろうと思う。また、投手の場合は「M投手好投、6回無失点も勝敗つかず」というのがある。結局リリーフが打たれて負けたということだが、何だか日本のファンが一丸となって打たれたリリーフ投手を責めているようでいい気持ちがしない。
 
おかしな例としては、これは特別なケースなので実名を挙げるが、シカゴ・カブスの上原投手の場合だ。上原投手はセットアッパー(中継ぎ)である。救援投手としてホールドする、つまり、勝っている試合の8回1イニングを投げてリードを守るのが仕事だ。そして、上原投手の凄いところは、ボストン・レッドソックス時代なども含めてチーム事情によっては、より華やかでセーブポイントのつくクローザー(抑え)を担当することもあれば、今年のようにセットアッパーを担当することもあり、どちらでも高い能力を発揮しているということだ。正に真のプロフェッショナルである。
 
その上原投手は、同点の試合に登場することもある。その場合、1回を抑えた直後に味方が点を入れて勝つと、上原投手が勝利投手になる。別にそれだけのことなのだが、この「勝利投手になる」と日本のメディアはやたらに喜ぶのである。上原投手にしてみれば、勝利がつかなくてもリードしている局面で登板し、リードを守ることに大きな意義を感じているわけで、勝利もホールドも同じと思うのだが、そうした本人の志を無視して、勝ち星をやたら喜ぶというのは、何とも奇妙な話だ。

記録優先の報道がもたらす悲劇

こうした記録優先報道の最大の犠牲者は、イチロー選手だろう。シアトル・マリナーズ時代に、年間200安打の記録を毎年達成することを、日本から暗黙のプレッシャーとして受け続け、そのために四球を選んで出塁することが許されず、チームプレーより記録を優先する姿勢は賛否両論を呼んだ。ある大選手(著名な三塁手とだけ言っておくことにする)は、当時同僚であったイチロー選手のプレースタイルを激しく批判していたぐらいである。つまり、イチロー選手は安打数にこだわった結果、出塁率が低く、自分は打点の機会で損をしたし、チームの勝敗にも悪影響があったというのである。
 
だが、日本からの暗黙のプレッシャーを感じていたイチロー選手には選択の余地はなかったのだろう。一種の悲劇とも言えるが、今ではイチロー選手は超ベテランとして後進の良い手本になり、そのような苦しい過去は通り抜けた一種の境地にいるようだ。
 
日本の解説者の中からは今頃になって「イチロー選手にも優勝を経験させたい」などという声が出ているが、何を今更という感じだ。とにかく、野球というのはチームで戦うスポーツであり、個人記録というのはあくまで結果である。個々人の選手も、まずはチームの勝利に貢献することで尊敬される。日本では過剰なまでにそうした価値観があるのに、MLBの日本人選手については、あくまで個人記録だけが重視される。そろそろ、こうした習慣から脱してもいいのではないだろうか。

冷泉彰彦

冷泉彰彦
れいぜい・あきひこ◎東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業。福武書店、ベルリッツ・インターナショナル社、ラトガース大学講師を歴任後、プリンストン日本語学校高等部主任。メールマガジンJMMに「FROM911、USAレポート」、『Newsweek日本版』公式HPにブログを寄稿中

(2017年6月1日号掲載)

※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2017年6月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

「冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点」のコンテンツ