アメリカから見た日本の数学教育

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冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点:米政治ジャーナリストの冷泉彰彦が、日米の政治や社会状況を独自の視点から鋭く分析! 日米の課題や私たち在米邦人の果たす役割について、わかりやすく解説する連載コラム

アメリカの教育改革と日本のゆとり化

数学教育

日本の数学教育がアメリカを席巻しているようだが、実は公立学校の数学教育においてはそう単純な話ではない。
 
一つの問題は、日本とアメリカの数学教育の「進度」における変化だ。はるか昔、昭和の時代までは、日本からアメリカの学校に転入する生徒は、数学の進度で悩むことはなかった。それどころか、英語は初級でも「数学ができるから」という理由で自信を持つことができて、それが来たばかりの子どもたちがアメリカの現地校に溶け込むのに良い作用をしていた。
 
一方で、週末の日本語補習学校での算数・数学教育の責任は重大であった。例えば親の赴任期間である3年とか5年の期間を「アメリカの遅れたカリキュラム」で過ごしていては、数学の学力が低下して帰国後に困るからだ。日本の大学や高校には「帰国生枠」がまだ少ない時代だったし、日本の塾の海外進出も始まったばかりだった。
 
1980年代に入って日本で「ゆとり教育」が始まっても、事情はそんなに変わらなかった。それだけアメリカのカリキュラムが簡単だったからで、数学に関しては少なくとも高校の前半までは日本式で十分に間に合っていた。だが、2000年前後から事情が変わっていった。アメリカの教育改革が進み、大学入試が加熱していく中で、高度な数学の履修が受験における要素とされたことが大きい。日本では「ゆとり」の見直しが進んだが、完全に戻ったわけではなく、日米の逆転が進んでいる。

渡米する子どもの数学での注意点

そんな中で、日米の間を行き来する子どもたちにとっては以前の常識が通用しないことになった。例えば、現地校で「どのクラスに入るか?」という問題がある。8月に入り、アメリカの新学年に転入するお子さんを持つご家庭もあるかもしれないので、少し具体的なアドバイスをしておきたい。
 
特にミドルスクール以上の場合は、アメリカの数学クラスは「特急コース」から「普通コース」まで数段階に分かれている。そこで転入生は「プレースメントテスト」、つまり実力テストを受けて「適切な」段階のクラスに入れられることになる。以前であれば英語が苦手でも、日本から来た生徒はほとんど自動的に「上級コース」に入れたのだが、ご紹介したようなカリキュラムの逆転があるため、今では自動的に入れないので注意が必要である。
 
何が問題なのかというと、「普通コース」に入れられてしまうと、そこにあるのは以前のアメリカ式であり「ものすごく簡単な内容」になってしまうからだ。英語のスキルが伸びる前はともかく、半年もすればその「易しさ」にがく然とすることになる。そこで、何とか「上級コース」に入れてもらう工夫が必要になってくる。具体的には「数学の試験なので英語力を問うものではないと主張して辞書の持ち込み許可を取る」「電卓の持ち込みは原則可なので用意」「塾も含めた履修歴をアピールする」という3つだ。仮に普通コースに入れられても、次の学年では「上級」に入れてもらえるように交渉すべきだろう。
 
最近は日本からアメリカの大学を受験するケースが増えてきているが、ここでも問題が生じている。アメリカの多くの高校で扱っている「統計学」「微分方程式」「行列」といった内容は、現在の日本の高校数学では本格的には扱われなくなった。したがって、こうした科目の既習が期待されるような大学へ出願する場合は独学で対応しなくてはならない。
 
では、全面的にアメリカ式が良いのかというと、必ずしもそうではないと考える。練習量を増やし、応用問題に取り組んで思考力を鍛える日本式には良さが十分にある。この点にフォーカスすることで、補習校などの数学教育が現地校の数学と良い意味での相乗効果を発揮するように工夫していきたいものである。

冷泉彰彦

冷泉彰彦
れいぜい・あきひこ◎東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業。福武書店、ベルリッツ・インターナショナル社、ラトガース大学講師を歴任後、プリンストン日本語学校高等部主任。メールマガジンJMMに「FROM911、USAレポート」、『Newsweek日本版』公式HPにブログを寄稿中

 

(2017年8月1日号掲載)
 
※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2017年8月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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