日本の「おひとりさま」カルチャーは「クールジャパン」のひとつ?

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冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点:米政治ジャーナリストの冷泉彰彦が、日米の政治や社会状況を独自の視点から鋭く分析! 日米の課題や私たち在米邦人の果たす役割について、わかりやすく解説する連載コラム

ベストセラー本契機に飲食店で浸透

2005年頃から、日本では「おひとりさま」という言葉が流行し始めた。一つには生涯独身率がアップしていくことで、一人暮らしの高齢者として生きていく際の心構えなどへの関心が増してきたということがある。この「おひとりさま」という言葉については、上野千鶴子さんの『おひとりさまの老後』(2007年)という本がベストセラーになったことで有名となり、定着して現在に至っている。
 
それとは別に、この頃から「無理してカップルや大勢で楽しまなくてもいい」というカルチャーが広まってきたことも指摘できる。例えば日本の飲食店で鍋料理を頼むには必ず「最低2人前から」などというルールがあったのが、この頃から「一人鍋」というのが登場したのである。最初は高級な店からだったが、やがて広まってランチメニューになったり、牛丼店での「牛鍋定食」という形で手頃なものまで登場している。
 
鍋に加えて、焼き肉もそうだ。従来は大勢で楽しく焼きながら食べるものだったが、最近は「ひとり焼き肉」というカルチャーが出来てきた。理由としては、本当の肉好きの人は「自分だけの焼け具合」にこだわるので、人が勝手に焼いたり他人のために焼くのはイヤだからという。この「ひとり焼き肉」にしても、「一人鍋」にしても女性の間で受けている。
 
さらにここ数年、東京でブームなのは「おひとりさま」歓迎のショットバーだ。女性が一人で入っても安心で、マスターが絶妙なトークで話し相手になってくれるというのが売り物だ。お客はそんなに長居をするのではなく、2杯から3杯のドリンクでスマートに引き上げるのが「女としてカッコいい」のだそうだ。こうした店は、必ず全店禁煙になっているのも女性客には歓迎されている。
 
さらには和風の「ちょっと洒落た立ち飲み屋」でも、女性の「おひとりさま」歓迎という店が出てきた。こちらの方は、ショットバーよりさらに「敷居が低い」雰囲気であって、常連の男女が交際に発展することもあるという。

温泉や映画に広がりアメリカ女性も共感

こうした傾向は飲食店だけではない。例えば、最近の日本では「テーマパークにテディベアを連れて女性が一人で行く」という現象があるし、温泉宿でも「おひとりさま」歓迎というところが出てきた。
 
昨年日本でヒットしたTVドラマ『今日は会社休みます』では、綾瀬はるかさんの演じた30歳の「独身OL」は、他人との煩わしい交友よりは「一人で映画を見に行く」のが楽しみというキャラクターに設定されていた。それが全く違和感なく受け入れられる、そんな世相が現代の日本にはある。
 
こうした「おひとりさま」カルチャーだが、アメリカの平均的な価値観とはやや異なるのではないか…そんな感覚があるのも事実だ。アメリカの場合は、まだまだ大人にとって余暇というのは夫婦や恋人などのパートナーと楽しむという「カップル文化」が残っているし、SNSの発達によって友人たちと時間の都合を合わせて楽しむという文化はかえって強くなっているからだ。
 
だが、そんなアメリカでも、日本の「おひとりさま」カルチャーへの評価の動きがある。11月に『New York Times』紙が掲載した「Solo in Tokyo」という記事では、ステファニー・ローゼンブルームという女性記者が、週末のトラベル面を1面から3ページにわたる写真入りの大きな特集記事として展開。その中で、東京は「初心者には分かりにくい街」だというのは間違いだとして、「東京こそ外国人の女性が一人旅をするのに最適な街」だとしている。
 
記事では、浅草寺などの観光地だけでなく無名の神社仏閣を訪ねる街歩きや、「築地場外市場の名店」に行列をしてカウンターで寿司を食べた経験などが喜々として描かれている。日本の「おひとりさま」カルチャーは、アメリカ女性にも共感できるもののようだ。これも一つの「クールジャパン」かもしれない。

冷泉彰彦

冷泉彰彦
れいぜい・あきひこ◎東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業。福武書店、ベルリッツ・インターナショナル社、ラトガース大学講師を歴任後、プリンストン日本語学校高等部主任。メールマガジンJMMに「FROM911、USAレポート」、『Newsweek日本版』公式HPにブログを寄稿中

 

(2015年12月1日号掲載)
 
※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2015年12月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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