日本の働き方、何が問題なのか?

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冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点:米政治ジャーナリストの冷泉彰彦が、日米の政治や社会状況を独自の視点から鋭く分析! 日米の課題や私たち在米邦人の果たす役割について、わかりやすく解説する連載コラム

働き方改革の現場で何が起きているか?

社会

2015年に大手広告代理店社員が過労自殺したことを契機に、日本では「働き方改革」という運動が、ようやく掛け声だけでなく実質を伴って動きだした。多くの企業が、午後9時や10時でビルを閉めるようになり、これまでは申告を遠慮させられていたサービス残業について手当が支払われるケースも増えた。また、曜日を決めて「ノー残業デー」を設定する企業も多い。
 
だが、こうした動きが進むにつれて、笑えない話も出てきた。多く聞かれるのは、管理職受難という現象である。一般社員の残業時間を減らす一方で、残業したら絶対に手当が出るようになったために、管理職が部下に残業を命じられなくなり、結果的に管理職自身が自分で仕事を抱えるパターンだ。
 
一方、ある情報関連企業では、コッソリ残業している社員を摘発するために、夜間になるとオフィスビル内にドローンを飛ばして社員の居残り状況を撮影し、残業をさせている部署に注意する仕組みを開発したという。

対面重視、紙、人員配置、人事日本の抱える問題

こうした騒動が起きる理由はハッキリしている。「働き方改革」というのは、正に働き方を変えなくてはならないのだが、何をどう変えたらいいのか考えていない企業があまりに多いからだ。日本の働き方については、アメリカだけでなく、欧州やアジア諸国と比較しても明らかな問題点がある。そこを改革していけば、労働時間の削減と生産性向上が可能なのだが、その改革が進んでいない。4点ほど考えてみたい。
 
1点目は、対面しないと仕事が進まない習慣だ。日本でも、仕事のコミュニケーションにはメールやSNSが使われている。だが、それでも多くの企業では下から上への報告、特に失敗や故障などの良くない情報は直接会って話をしなければならない。同じ会社の中でも、例えば開発部門と工場とか営業と生産部門とか、部署が異なる場合には、定期的に出向いて「顔つなぎ」のコミュニケーションをとらないと話が進まない。これも大きなムダである。
 
2点目は紙の仕事が多いことだ。銀行をはじめとして各業界では削減に必死だが、それでもお役所関係の仕事などでは、どうしても「原本」に「はんこ」と「収入印紙」が必要であり、その作成には膨大な手間がかかる。また紙の書類を管理するには、ファイリングをキチンとしなくてはならず、それができないと資料を探すのに時間がかかったりする。紙という点では、会議の際に、スライドで見せる内容と全く同じものを印刷して配ったり、メール添付で予め送っておいた書類をわざわざ印刷して配布するとか、二重三重の手間をかける習慣もあり、これもなかなか直らない。
 
3点目は、同じことに関わる人数が多いという問題だ。会議をするのであれば、関係しそうな部署は念のために全部呼ぶ。取引先との打ち合わせには、営業だけでは話が進まないので、権限のある管理職と専門知識のある技術者を同行させないとダメだとか、役員が海外出張する場合には身の回りのことが一人ではできないので、お付きの担当者を付けるとか、とにかくムダが多い。そして出張や会議に駆り出される若手は、その間は自分の仕事ができないので労働時間は長くなる。
 
4点目は、人事異動が多過ぎるということだ。せっかくある分野の専門知識が理解できて、取引先との関係が確立したと思ったら、人事異動で新しい何も知らない人間に変わることが多過ぎる。これには、金銭面での不正を警戒するとか、何でも分かるゼネラリストを育てるなどという理由付けが昔からされている。だが、グローバルな世界では専門家育成の方がずっと効率が良いことが定説であり、こうした人事制度も見直しが必要だろう。
 
とにかく、世界でも最高レベルの教育水準を誇る日本が、事務仕事の生産性では恐らく先進国中最低という情けない状態は、その特異で間違った働き方にあるのは明らかだ。「働き方改革」では、そうした問題にフォーカスしていただきたい。

冷泉彰彦

冷泉彰彦
れいぜい・あきひこ◎東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業。福武書店、ベルリッツ・インターナショナル社、ラトガース大学講師を歴任後、プリンストン日本語学校高等部主任。メールマガジンJMMに「FROM911、USAレポート」、『Newsweek日本版』公式HPにブログを寄稿中

 

(2018年7月1日号掲載)
 
※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2018年7月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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