アメリカにもある派遣労働 日本とどこが違う?

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冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点:米政治ジャーナリストの冷泉彰彦が、日米の政治や社会状況を独自の視点から鋭く分析! 日米の課題や私たち在米邦人の果たす役割について、わかりやすく解説する連載コラム

アメリカのテンポラリー・ジョブの現状

雇用契約書

今、日本では「働き方改革」が議論になっている。その中で問題となっているのが日本の「派遣労働」である。
 
アメリカにも派遣はある。経理やコンピューターなどの専門職では、日本のようにエージェンシーが労働者を派遣する「テンポラリー・ジョブ」というものがある。実際の契約も派遣元が雇用した労働者を派遣先に業務委託契約に基づいて送り込む。つまり、日本の派遣と同じ枠組みとなっている。
 
ところが、アメリカの場合はこの派遣型のテンポラリー・ジョブが問題になることはない。というのは派遣労働の給与水準と、直接雇用の給与水準は同じだからだ。例えば、ある州のある郡で、税務会計の知識があり、エクセルを駆使できるエントリーレベルの仕事が時給14.50ドルだとする。この賃金相場は、人材を直接雇用する場合も、派遣の場合も同一である。それでは、派遣元はもうからないではないかというとそうではない。派遣元はその労働コストにマージンを上乗せする。上乗せ分はそれなりに高く、最終的には時給換算で25ドルとか30ドル以上になることもある。では、どうして企業の側がそうした高いコストを払うのかというと、具体的なニーズがあるからだ。
 
一番多いのは、人材の条件が特殊な場合だ。例えば、ハイテク技術者などで、特定のスキルがあって短期で集中的にシステムの立ち上げを支援してもらいたいというようなケース、こうした場合はいちいち広告を出したり、人材紹介業者から候補者を送ってもらい、選考するのは効率が悪い。そこで、割高なコストを払ってでも派遣会社が派遣してきた人材を受け入れる方が良いとなる。
 
もう一つの理由は、急に人が欲しい場合だ。アメリカでの採用活動は、丁寧にやらないと、不採用者から見て選考が公平でないといったクレームが訴訟リスクになることがある。そこで即戦力は派遣で補って、慎重に正規の人を採用するまでの期間をしのぐことはよくある。そのような機能的な制度としてテンポラリー・ジョブという仕事があり、派遣業務を行っている会社がアメリカにはある。

日本の派遣労働者の2018年問題

ところが日本の派遣はそうではない。直接雇用をすれば良いのに、わざわざ派遣労働者を受け入れるのは、その方が安いからであり、また期間が来たら契約終了できるからだ。日本の場合、正規雇用は終身雇用であり、特別な理由がない限り解雇できないし、賞与や昇給があるために人件費は高額となる。
 
そこで90年代以降、日本経済が低迷する中で派遣労働が拡大してきた。つまり「管理職候補=終身雇用」ではない、コストダウンの対象としてである。単純な事務仕事だけでなく、コンピューターの技術者の多くは専門的過ぎて管理職候補とみなせないので派遣が多いし、外国人の語学教師なども「専門職」という理由で派遣の形態となることがある。
 
おかしいのは、企業から見ると派遣労働者は「自分たちの仲間=労働者」ではなく「取引先」なので福利厚生の対象外になることだ。そのために、社員食堂やエレベーターを使わせないなどの差別が問題となっている。企業側は「取引先に経済的利益を供与したら交際費課税される」という税務署への恐怖心からこれらを行っていて、チグハグな印象だ。
 
最も問題なのは、派遣労働者の身分が安定していないことで、この点を改善するために「5年勤めたら正社員になれる」という法律ができたが、その制定から正に5年後の今年2018年には「正社員にしないため」にどんどん派遣労働者が契約終了に追い込まれているという。そもそもは終身雇用制に無理があるのであって、短期雇用でも直接雇用が可能になり、フレキシブルな労働市場ができれば労使共にもう少し制度がスッキリすると思うのだが、かといって終身雇用はやめられず、この問題の解決にはもう少し時間がかかりそうだ。

冷泉彰彦

冷泉彰彦
れいぜい・あきひこ◎東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業。福武書店、ベルリッツ・インターナショナル社、ラトガース大学講師を歴任後、プリンストン日本語学校高等部主任。メールマガジンJMMに「FROM911、USAレポート」、『Newsweek日本版』公式HPにブログを寄稿中

 

(2018年3月1日号掲載)
 
※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2018年3月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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