働く
JOB

アメリカで働く(多様な職業のインタビュー集)

現地情報誌「ライトハウス」が長年に渡り連載してきた人気コラム「アメリカで働く」は、アメリカで働く日本人・日系人、100名以上の皆さんへのインタビュー集。業種も、職種も異なる100名以上の皆さんそれぞれにとっての「アメリカで働く」とは?アメリカでの"キャリア"や"仕事"が見えてきます。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

芸術陶芸家(クリエイティブ系)

国崎ロイ雄一郎さん

陶芸は、一筋縄ではいかない、上手くいかないところに、かえって魅力を感じます


「一筋縄ではいかない。同じ物は2つとしてできあがらない難しさに挑戦し、乗り越えるのが楽しい」と、陶芸の魅力を語る国崎ロイ雄一郎さん。高校時代に触れた陶芸に大学時代も没頭し、4年制大学在籍時にアトリエを構え、陶芸家として生きていくことを決意した。「今も毎日が学びの連続」と話す国崎さんに話を聞いた。


【プロフィール】くにさき・ろい・ゆういちろう◉1971年、福岡県生まれ。85年に一家で渡米し、ハンティントンビーチに移り住む。ゴールデンウエスト・カレッジで陶芸を専攻。その後、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校に編入し、陶芸で学士号取得。98年に、サンペドロにあるAngels Gate Cultural Centerにアトリエを構える。Santa Barbara Art Festivalにて1st place、Aff aire in the Gardenにて
Honorable Mention(共に2001年10月)。現在、週4回陶芸教室を開催。問い合わせは、
☎310-984-9923、E-mail: kunisakiart@hotmail.com。
公式サイト:www.artawakening.com/roy

最初の頃は1日 18 時間 土を触っていた

「土に触れ、自分の世界に没頭すると安らぎます」と、作品作りに励む

僕が中学の途中で、一家でハンティントンビーチに引っ越しました。それで、中学、高校、大学はアメリカの学校に通いました。陶芸との出会いは高校の時。最後の学期でたまたま陶芸のクラスを取りました。その時は、単に「楽しいなぁ」と思ったくらいなんですが、コミュニティーカレッジでもずっと取り続けていたら、「面白いぞ!」となって、ドンドンはまっていきました。

コミュニティーカレッジの陶芸クラスの先生が、僕があまりにも陶芸に熱心だったので、「CALステート・ロングビーチ(カリフォルニア州立大学ロングビーチ校)は陶芸のコースが充実しているから編入してみてはどうか」と、すすめてくださいました。「先生がそうおっしゃるなら行ってみようか」という軽い気持ちで進学したら、止められなくなってしまいました(笑)。

思えば、それまでは自分が何がしたいのか、わかっていなかったんですね。確かに小さい頃から美術全般は好きで、絵を描いたりしていました。ですが、周りを見ると自分より上手な人は既にたくさんいましたから、絵描きの才能はないということは、自覚していました。そこで出会った陶芸に、一気に恋に落ちてしまったわけなんですよね。土に触れるというのが、自分の性格に合ってたんじゃないかな。

大学という大らかで安全な場所があるのは、すごく心地が良かったし、仲間もいっぱいできました。毎日自分なりの新しい陶芸の試みを繰り返していました。その実験で色々な知識を得ましたね。

そんな時、大学の仲間が、Angels Gate Cultural Centerにあるアトリ エを紹介してくれました。ここには 50 くらいアーティストのアトリエが集まっていて、制作に没頭するには最高の環境です。「スペースが空くけどどうする?」と聞かれたので、「じゃあちょっと見に行ってみようかな」と見学に行ったら、何となく借りることになっちゃって。大学卒業前でしたが、先にもうアトリエを構えてしまった(笑)。

陶芸の単位は全部取り終えてしまっていて、機械系の仕事をフルタイムでやっていましたが、あまり好きになれませんでした。それに、ろくろが本当に面白かったので、今思えば無謀だったのですが、将来のことはあまり深く考えず、陶芸家の道を選んでしまいました。僕は元々九州男児でしたから、ちょっと頑固なところもあるんです。自分がやりたいと思ったことは、意地でもやります。でも、それだけ人一倍頑張ったと思います。最初の3〜4年は、アトリエに寝泊まりで1日18時間くらい土を触っていました。陶芸は、土に触れば触るだけ腕が上がっていくものですからね。

正直最初の頃は、腕は未熟で自信がなかったし、不安でした。ですから、そういう気持ちを吹っ飛ばすために、自分の世界に入り込むようにアトリエにこもっていました。今もまだまだという気持ちはありますが、初めの頃は全然でしたからね。


同じ作品を作りたくても まったく同じ物はできない

陶芸で収入を得るには、制作して自分の作品を売ることになります。ギャラリーや陶芸店に卸したり、週末に行われるアートショーにブースを構えて、直接お客さんに売ったりします。でも、やっぱり最初は売れなかったですね。同時にバイトもしていました。やっぱり収入が陶芸だけでは食べていけないので。

アーティストと言えど、作品を売るにはある程度は、爛察璽襯好函璽〞が必要です。自分の作品をお客様に説明し、価値を理解していただく。一般企業の営業の仕事と同じですよね。作品制作以外にそういう分野も勉強しないといけなかったですし、自営ですから経理とか経営なども大切です。自分はアトリエに一人こもって自分の世界に生きる、というスタイルが好きなので、お客様に営業するのに苦手意識がありました。ですが、それでは作品は売れませんからね。プロダクト、コンシューマーデザインなども勉強し、さらにアートの世界での作品の取引の仕組みなどがわかってきた頃に、作品はようやく少しずつ売れていきました。

作品がまったく売れないと、やはり辛いですね。ショーを開いてもお客様がほとんど入らず大失敗したりもしました。それはやはり悔しいですし、猛省します。また、招待アーティストのみのショーもあるので、応募したけれども、落選の通知が来た時なんかは悲しいです。特に自分のスケジュールが空いてしまうと、「何かやらないといけない」と焦りが出てきます。

それとは別の次元で辛いこともあります。陶芸は、焼く時にどうしてもある程度の確率で割れてしまうことは避けられません。ですが、数週間かけて作った力作が割れてしまうと、もう言いようのない気持ちになります。陶芸はそういうことがあるとわかっていても厳しい。画家でしたら、描いたキャンバスが、ある日突然破れてしまうなんてことは、ほとんどないですからね。

そういう神様の気まぐれみたいなことがありますから、やはり自分がイメージしていた通りの壺ができた時は、本当にうれしいです。焼き方にも色々ありますし、気候などによって焼き時間も違います。例え同じ焼き方をしても、違う感じにでき上がることも珍しくありません。ですから、同じ作品を再度作りたくても、まったく同じ物はできません。

そんなに苦労して、酷い目に遭っても、一筋縄ではいかない、上手くいかないところに、かえって魅力を感じます。上手くいかなければ悔しいですが、「それを乗り越えてやる!」という根性が必要です。そういう気持ちがないと、陶芸家としてはやっていけない。失敗は多いし、時間もかかります。作業は大変ですし、セールスもしないといけない。本当に好きではなければ、続けられません。


陶芸は本当に奥が深い まだまだ学びの毎日

自分はやはり日本人ですから、日本の焼き物の影響も受けています。僕が一番好きな日本の焼き物は、山口県の萩焼です。そこで今、萩の土を使って、モダンで新しい作品を焼いている陶芸家がいらっしゃるのですが、そういった方たちの作品が特に好きです。そういう作品を見ると、僕もどうしても真似して作ってみたくなります。これは多分人間の本性でしょうね。カッコいい物を見ると憧れて、自分でもやってみたくなるのは。

僕は、好きで好きでたまらない陶芸を職業にできているという点で、幸せです。陶芸を仕事にしたいと思っている人に僕からできるアドバイスがあるとすれば、陶芸に懸ける「執念」ですね。あとは、色々チャレンジしてみること。その方が知識が得られると思います。それから陶芸の中で、自分の道を築いていっても遅くないです。

最近は、口コミや媒体に広告を載せているおかげで、陶芸を教える仕事が増えてきました。生徒さんが上手になると、私も満足感、喜びを感じるようになりました。これは制作の楽しさとはまた別物で、面白いですね。自分が苦労して得てきた知識も、惜しみなく伝えています。そうやって上達すると、生徒さん独自の味や個性が出てきます。そこから学ぶこともしょっちゅうあります。

陶芸は、本当にすごく奥が深い。未知の世界がまだいっぱいあるから、学びの毎日ですね。然にある物の形は、やはり美しいと思っているので、造形は自然に目を向けています。釉薬も一つ一つの成分を勉強して、新しい釉ゆうやく薬を作ってみたりしています。ある程度で満足してしまうと成長しませんので、自分に厳しく、目標を高くして、もっと、もっと素晴らしい作品を作っていきたいと思います。

(2011年2月1日掲載)