働く
JOB

アメリカで働く(多様な職業のインタビュー集)

現地情報誌「ライトハウス」が長年に渡り連載してきた人気コラム「アメリカで働く」は、アメリカで働く日本人・日系人、100名以上の皆さんへのインタビュー集。業種も、職種も異なる100名以上の皆さんそれぞれにとっての「アメリカで働く」とは?アメリカでの"キャリア"や"仕事"が見えてきます。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

インテリアデザイナー(その他専門職)

吉岡 琢(たくみ)さん

ロサンゼルスは何でもありで、隙だらけの都市。
だから新しいことを生み出す機運が強い。


アメリカで働く日本人の中から、今回はインテリアデザイナーの吉岡琢さんを紹介しよう。日本で建築デザイナーのキャリアを積んでいたが、自分のスタイルを見つけたいと32歳で渡米。数々の経験を積んだ後、4年前に独立。現在では、レストランや店舗などを数多く手がけている。


【プロフィール】よしおか・たくみ■1966年生まれ。石川県出身。中央大学理工学部精密機械工学科中退。桑沢デザインスクール卒業後、91年横河設計工房入社。越賀一級建築士事務所を経て、97年フリーに。98年に渡米。Warner architecture + design、日系ゼネコンを経て、2002年Studio Zing設立。www.studiozing.com アメリカ・インテリアデザイナー協会(ASID)会員
キャリアインフォメーションはこちら

自分のスタイルを
見つけるために渡米

日本で手がけたレストラン。非日常的な世界
を創り出すのが楽しいという

 大学では理工学部で精密機械工学を勉強していましたが、もともとデザインに興味があったので、デザインの専門学校に通い直しました。勉強するうちに建築デザインに興味を持ち、設計事務所に就職。そこは特にインテリアに力を注いでいる事務所で、ここで本当に建築の面白さに目覚め、ぜひ自分の手で設計してみたいと思いました。ところが新米ということで、なかなかやりたい仕事ができません。

 もっと経験を積みたい、早く一人前になりたいと思って、小さな建築事務所に移りました。そこでは、すべて任され、住宅や店舗などを一から立ち上げました。若かったので無我夢中でしたね。その後フリーランスになり、先輩の建築事務所で、商業系の室内デザインと建築を担当しました。手がけたのは主にレストラン。商店建築の業界誌に何度か作品が掲載され、それが自信につながりました。

 ですが、いよいよ自分の事務所を開けようかという時期が来て、ふと自分の将来を考えました。デザイナーという職業は、死ぬまで続けるものです。このまま普通のプロセスをたどって他と同じようなスタイルのデザイナーとしてやっていくことに、疑問を感じたのです。違う文化やスタイルに触れて仕事をすると、独自のデザインスタイルが見つけられる可能性があるのではないかと考えました。回り道だとわかっていても、それがデザイナーとして後悔しない人生だと思ったのです。

 それで98年に渡米し、語学学校に通いながら、インターンとして米系の建築事務所で働くというプログラムに参加しました。最初は当然、言葉のハンデがありましたが、デザイナーとしての知識はあるので、それほど大変ではありませんでした。戸惑ったのは、メートルとフィートやインチの測量尺度の違いですね。

 最初は1年ほどで帰国する予定でしたが、まだまだ中途半端だったし、やり残したことだらけで、もう少し働いてみようと思い、片っ端からレジュメを送ったら何社かから返事がありました。そのうちの1つがサンディエゴの事務所です。就職活動の段階でポートフォリオに手紙をつけて、ビザサポートをしてほしい旨を予め伝えておきましたが、米系のオフィスでビザの知識は皆無だったので、手続きには苦労しました。


4年前に独立し
今がスタート地点

オープンしたてのウェディングサロン
「LA SOIE」。今後10店舗もすべて手がける

 アメリカの事務所は、日本と比べてはるかに働きやすいですね。日本では夜11時や12時まで仕事をするのはざらでしたが、アメリカでは6時が来るときっちり終わります。当然、そうでない時もありますが、それでも日本よりは、はるかに楽です。一方、日本よりも分業が進んでいるので、効率良く仕事ができます。

 仕事はしやすかったのですが、やはり言葉のハンデがあって、コミュニケーションが重要なプロジェクトマネージャーまでは、なかなかさせてもらえません。そこで、振り出しに戻るつもりで、日本人の多いロサンゼルスに移り、日系のゼネコンに転職。設計からコンストラクションマネジメントまで、何でも手がけることができました。独立してもやっていけると手応えを感じ、自分のオフィスを立ち上げたのが4年前のことです。

 独立したものの、強力なコネがあったわけでも、アメリカの大学を出ているわけでもないので、最初の数年は手探りの状態でした。最近ウェディングサロンのデザインを手がけたのですが、そこのアメリカ人のオーナーがとても気に入ってくれて、今後10店舗のデザインを含む、全米展開のプロデュースも任せてもらうことになりました。ようやくアメリカと日本の文化の違いを理解し始め、そこから新たなデザインスタイルを生み出せそうです。本当にデザイナーとしてのスタート地点に立った気持ちです。

 将来的にやりたいことはたくさんありますね。私はレストランを手がけたことが多いのですが、レストランの設計が楽しいのは、エンターテインメント性が強い世界だからです。ホテルはその極みにあると思うので、いつかはWホテルのようなデザインをぜひやってみたいですね。


日本の本質を知った上で
渡米すると世界が広がる

 ロサンゼルスという街は、慣れるとこれほど面白い街はないと思います。何でもありで、隙だらけの都市ですね。だから何でも受け入れられやすく、新しいことを生み出そうという機運が強い。たくさんの建築の新しい流れがロサンゼルスから出ていますし、建築の世界では今、お金が世界中からロサンゼルスに流れ込んできているような気がします。ダウンタウンを中心に、今後何年間かで世界で最も面白い都市になるのではないでしょうか。

 アメリカでインテリアデザイナーを目指す人には、まず日本である程度仕事をすることをおすすめします。日本の建築の本質は、日本できちんと働かないとわかりません。日本のデザインとの差異を肌で感じることが、デザインの幅を広げ、アカデミズムに頼らない独自性を生み出せます。それを知った上でアメリカに来ると、世界がより広がるのは確かです。だから、常に自身の根底にある日本の文化の本質とは何かを考えつつ、情熱と好奇心を失わずに、いろいろなことにチャレンジしてほしいですね。

(2006年10月16日号掲載)