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JOB

アメリカで働く(多様な職業のインタビュー集)

現地情報誌「ライトハウス」が長年に渡り連載してきた人気コラム「アメリカで働く」は、アメリカで働く日本人・日系人、100名以上の皆さんへのインタビュー集。業種も、職種も異なる100名以上の皆さんそれぞれにとっての「アメリカで働く」とは?アメリカでの"キャリア"や"仕事"が見えてきます。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

リード・デジタルアーティスト(クリエイティブ系)

渡辺 潤 さん

CG学会で自作が入選したのをバネに渡米
常にアンテナを張って情報を吸収しています


 アメリカで働く人の中から、今回はリード・デジタルアーティストの渡辺潤さんをご紹介。学生時代に視察した米国CG学会で最先端の技術にショックを受け、その後、自作が入選したのをバネに渡米。現在は映画の大手ポストプロダクション会社で、ハリウッド映画やIMAX作品などを担当している。


【プロフィール】わたなべ・じゅん■1966年生まれ。横浜市出身。東京工学院芸術専門学校CG科卒。卒業後、CGプロダクションのリンクスに勤務。93年、自主製作したCGアニメーション作品がSIGGRAPHのエレクトリックシアターに入選。96年渡米。現在は大手ポストプロダクション・FOTOKEM FILM & VIDEOにて、リード・デジタルアーティストを務める。

学生時代に参加した視察旅行で「すごい」

渡辺さんのデスクにて。データだけでなく
フィルムチェックはいつも入念に

 学生最後の夏に、父親にお金を借りてダラスで開催されたCG学会「SIGGRAPH」を視察旅行したのですが、その時に受けたカルチャーショックが何しろ大きかった。 フルCG映画『Finding Nimo』や『The Incredibles』を製作したピクサー社は、当時は細々とCGソフトを開発している会社だったんですが、86年のSIGGPAPHで初短編作品『Luxo Jr.』を発表したんです。当時CGで短編を作るのは非常に困難だったので、それを見て「すごい!」とショックを受けました。

 また、それが僕にとって初めての海外旅行で、知らない人にも気楽に声をかけるアメリカ人の性格の柔らかさや気さくさ、子供の頃から触れていたアメリカ文化にも感動しました。

 卒業後はCGプロダクションに就職、番組タイトルやCM、博覧会映像の製作に携わっていましたが、出張や旅行で何度かアメリカを訪れるうちに、いつかこの国の映像業界で働いてみたいと考えるようになりました。

 渡米のキッカケは、SIGGRAPHに応募した僕の作品が、幸運にもエレクトリックシアター(SIGGRAPHのメインイベントで、世界中から応募されたCG作品が厳選なる審査の上、大シアターで上映される)に入選したことです。そこでロサンゼルスのCGプロダクション会社の社長と知り合い、その会社で雇っていただけることになりました。

 渡米後は常にアンテナを張って、プラスになり得る情報をなるべく吸収するように心がけました。進歩が激しい世界ですから、映画や特撮関係のセミナー、講演会など目に付くものはスケジュールの許す限り参加しています。常に最新情報を仕入れておくということは重要だと考えています。

 現在は、映画のポストプロダクション会社に勤務しています。ポストプロダクションとは、撮影されたオリジナル映像に何らかの処理や効果を加えて最終的な完成映像に持っていくプロセスを意味します。最近はハリウッドで公開される映画のほとんどが、1度全編をコンピュータ上に取り込む形で、デジタル処理のポスプロが行われるようになりました。

 そんな中で僕がメインで担当しているのは、そのデジタル画像化された映像に対して、合成ソフトやCGソフトを使ってビジュアルエフェクト(視覚効果)を加える作業です。ビジュアルエフェクトには大作映画でよく見る派手な爆発や洪水の類から、映画を観ても一見してそれとはわからないようなモノまであります。前者は大手エフェクトハウスへ発注され、後者は我々ポスプロで処理されることが多いですね。

 たとえば僕が手掛けるビジュアルエフェクトには、天候や空を違う雰囲気に差し替えたり、地面と地平線を描き足して構図を変更したり、ライオンの足元に砂埃を追加したり、空に稲妻や流れ星を入れたり、余計なものを消したり、オリジナル映像には含まれていないカメラのズームを加えたり。これが「エフェクト」だとは、映画を見た観客はほとんど気がつきません。逆に気づかれてしまうようでは「失敗」ということになり、そこが腕の見せ所です。


実力で評価される世界、日本人のハンデはない

趣味はトランペット。サンタモニカ・カレッジの
ジャズ・ビックバンドの仲間と

 僕はCGアニメーターでもあるので、その知識と経験を自分の担当ショットの中に常に盛り込むように心がけています。他の人とはちょっと違った感じに仕上げる。そこが面白味でもあり、毎回のチャレンジでもあります。今の会社で日本人は僕1人です。確かに言葉のハンデはありますが、この業界は実力で評価される世界なので、日本人だから、というハンデを感じたことはありません。
 
 僕が英語圏に違和感なく飛び込むことができたのは、母親の影響が大きかったと思います。母は英文科の出身で、僕が幼い頃から英語の絵本を読んだり、英会話のラジオを聴かせたりしてくれました。父はコンピュータのエンジニアで、家にはパソコンが転がっていまして、僕はそれをオモチャに簡単なゲームやアニメーションを作って遊んでいました。また父は8ミリを撮るのが好きだったので、それが僕が映像に興味を持つ原点になった。ですから両親には感謝しています。

 将来的には、心に染み入るような作品を手掛けてみたいですね。スクリーンのクレジットに自分の名前が載った時に、「やってよかった」と思えるような作品を担当できると、うれしく思います。

 アメリカで働くには、まずアメリカでの生活が楽しめないと難しい。心が常に日本を向いているようでは毎日がつらいだけですし。またビザについてもキチンとリサーチしてから渡米した方が良いと思います。映像、特にCG業界で就職をするには、美術か技術系の学校を出ているか、一定の実務経験がないと、ビザが降りない場合があるのです。そのあたりを知らずに渡米してしまうと、時間とお金の無駄にもなりかねません。それさえクリアすれば、後は本人の努力次第ですからね。

(2005年1月16日号掲載)