アメリカで働く・学ぶ

アメリカで働く

待っていても仕事は来ない
最後まで食いつく気力が必要

コミュニケーション・コンサルタント 三村めぐみさんの場合

アメリカで夢を実現させた日本人の中から今回は「コミュニケーション・コンサルタント」の三村めぐみさんをご紹介。男性社会の日本に失望して留学。未経験ながら熱意とバイタリティーでエンターテイメント業界へ。最近ではスピルバーグ監督の話題作『さゆり〜Memoirs of A Geisha』の制作にも関わった。

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みむら・めぐみ■神戸市生まれ。英知大学卒。1985年サンディエゴ州立大大学院留学。89年同大学院テレビ・映画学科卒業と同時に、コミュニケート・ジャパン社設立。2001年、ドリームワークスSKG社のドキュメンタリー制作に関与。執筆・翻訳・編集に『超時間活用ノート』(PHP研究所)、日経『Trendy』への投稿など多数。

行かないと一生後悔する。離婚を機に憧れの地へ

 高校の時に1年留学し、帰国後は大学を卒業して日本で就職しました。でも日本社会では、女性は年齢とともに可能性が減っていくんですね。私はそのシステムを変えようとがんばりました。でも同僚の女性と話をしても「いいじゃない、このままで。どうせそのうち結婚するんだし」という反応だから、1人で闘ってもムダかなと。それでアメリカで働きたいと思って仕事を探したんですが、学生ビザが1番簡単に取れたので留学することにしました。10年仕事をした後、退職金と貯金を持って渡米したのが1985年のことです。

 私は昔から3度の食事よりもテレビが好きで、日本でも夜シナリオ学校に通ったし、『太陽にほえろ』のシナリオコンテストに入選したこともありました。それでシナリオを勉強しようと思って大学を探したのですが、映画学科があったのはUSCとUCLA、SDSU(サンディエゴ州立大学)の3校。キャンパスを下見に行った際に環境の良さに惚れ込んでサンディエゴに決めました。

 サンディエゴ州立大学大学院テレビ・映画学科の卒業プロジェクトでシナリオを1本書き、それをスタジオなどに送っていたので、卒業後は就職するよりも自分で会社を作る道を選びました。仕事は最初から順調でした。その頃はサンディエゴで多くのバイオテクノロジー企業が進出し始めており、私は日本で製薬会社に長く勤務していましたので「こんなことができます」というダイレクトメールを60社に送ったら、そのうち10社から「すぐにでも来てくれ」と返事をもらいました。あの頃は皆日本からの資本がほしかったんですね。

 でも90年代半ばになって資本がバイオテクノロジーからITに移行して行くと、仕事も減りました。ちょうどそんな頃、夫と離婚し、サンディエゴに留まるか、心機一転、テレビ・映画の仕事をしにLAに行こうか悩みました。結局「今行かないと一生後悔する」と思い、家を売ってエンターテインメント関連が密集するバーバンクに越してきました。

求めると教えてくれる。プレスツアーへも参加

 キャリアコンサルタントに「日本語ができるからスタジオ広報の国際部門の仕事がいいのではないか」と言われて、UCLAのエクステンションでエンターテインメント・パブリックリレーションズ(9週間)のクラスを取っている時に、友達からドリームワークスの仕事があると紹介されました。これはスピルバーグがプロデュースした太平洋戦争のドキュメンタリーで6カ月の仕事でしたが、クルーも少なく、内容から関わることができてすごくやり甲斐がありました。

 エンターテインメント業界に経験の浅い私は、待っていても仕事は来ないので、あちこちに売り込みに行きました。相手にしてくれなかったり、意地悪されるかと思っていましたが、親切な人が多くて。「わからないから教えて」と頼むと、皆とても親切に教えてくれるんです。

 たとえば昨年7月に初めてテレビ評論家が集まるTCA(Television Critics Association)のプレスツアーに参加しましたが、デイリーニュースのスタッフライターで評論家の知り合いに「ご馳走するからどうしたらツアーに参加できるか教えて」と頼んだ結果です。TCA会員が参加資格でしたが「ネットワークに直接交渉すれば行けるよ」と局ごとの優しい担当者を教えてくれました。プレスツアーはわくわく、どきどきの夢のような2週間でした。

恐れずに電話をかける。風は自分で起こさないと

 アメリカのエンターテインメント業界で仕事をしていくには、タイミングの問題が大きいような気がします。特にこの業界は日本のような社会で、コネが効くんですね。でも逆にまったくの素人でも、制作部門が人を探している時に、たまたま電話したから仕事が回ってきた、ということも起こるわけで、恐れずに電話をかけることも大切です。仕事の話じゃなくて、「元気?」と言うだけでもいい。食いつく気力のある人、最後まで食いついてきた人の勝ちです。

 『さゆり〜Memoirs of A Geisha』でも、担当者に「最後まで食いついてきたのはメグだけだよ」と言われました。「1週間経ったら電話して」と言われ、それが2回ぐらい続くと諦めてしまう人が多い。でも私は必ずまた1週間後に電話します。ノックしてもドアが開かなければ、取っ手を回せば意外と開いたりするものです。

 『さゆり』では、脚本の翻訳や、ビザの申請、小道具のリサーチからダイアレクトコーチによる発音の練習を手伝ったり。脚本は130ページを「9日間で翻訳して」と言われたので、毎日17〜18時間くらいかけて翻訳しました。

 これからはテレビ評論の仕事をどんどん増やしていこうと思っています。またアメリカの食べ物を扱った日本向けのテレビ番組のデモテープも制作しています。日本では朝早くから夜遅くまで1日中食べ物の番組が流れていて、日本人って本当に食べ物が好きなんですね。自分で物を作り出すことも大切。私はここにいるのよ! という「風」は自分で起こさないとダメですね。

(2005年2月1日号掲載)

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