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アメリカで働く(多様な職業のインタビュー集)

現地情報誌「ライトハウス」が長年に渡り連載してきた人気コラム「アメリカで働く」は、アメリカで働く日本人・日系人、100名以上の皆さんへのインタビュー集。業種も、職種も異なる100名以上の皆さんそれぞれにとっての「アメリカで働く」とは?アメリカでの"キャリア"や"仕事"が見えてきます。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

ソーシャルサービス・スーパーバイザー(医療・福祉系)

牛島一成さん

人種や宗教などバックグラウンドは多彩
自分と違う考えを受け入れられることが必要


アメリカで夢を実現させた日本人の中から、今回は「ソーシャルサービス・スーパーバイザー」の牛島一成さんをご紹介。「英語を勉強するなら早い方がいい」という両親のサポートのもと、高校時代に単身留学。大学・大学院ではソーシャルワークを専攻。現在は日系のナーシングホームで介護に関わる。


【プロフィール】うしじま・かずなり■1972年生まれ。埼玉県出身。89年、高校2年でオレゴンに単身留学。ポートランドにあるコンコーディア大学でソーシャルワークを専攻し、UCLA大学院でソーシャルウェルフェアで修士号取得。98年、大学院卒業後、サウスベイ敬老ナーシングホームに就職。趣味はボディーボード、カメラ、ガーデニングなど。
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人助けがしたくて、ソーシャルワークを専攻

 父が仕事の関係でよく海外出張をしていたこともあり、小さな頃から英語を習いたいと思っていました。両親が「留学するのなら、できるだけ若いうちに行く方がいい」と応援してくれて、高校2年の時にオレゴンの高校に留学しました。父はイギリス出張が多くて、お土産に買ってくれた憲兵隊の人形などが家にあり、本当はイギリスに留学したかったのですが、高校留学ではイギリスよりもアメリカの方が受け入れられやすいとアドバイスされて、アメリカに決めました。

 留学したのはクリスチャンの学校だったこともあって、周りに日本人はほとんどいないし、最初は英語もわからなくて大変でしたが、私は野球が好きだったので、野球などのスポーツを通じて学校で認めてもらえるようになりました。高校時代はホームステイをしていましたが、これもいい経験になりました。ホストファミリーは敬虔なクリスチャンで、毎日の生活が教会を中心に回っているような家庭。このホストファミリーと生活したことで、違う考えを受け入れることができるようになったと思います。

 高校で留学した時から、絶対にアメリカで大学まで卒業しようと決心していました。どうせ勉強するなら人助けができるようなことをしたいと思い、ソーシャルワークを専攻しました。日本では大学院というと通学する人も限られていて門戸が狭いような気がしていましたが、ホスト・ファーザーが大学院を出ていたということもあり、大学院まで抵抗なく進めました。

 私の場合は、卒業してすぐに『サウスベイ敬老ナーシングホーム』に就職が決まって、現在7年目になります。同ホームは24時間介護が必要な人ばかりですので、仕事の内容は事前に治療の決定権をどうするのかをレジデントや家族と話し合うことです。たとえば意識がないような状態の人はどんな処置をとればいいのか、法的なファイナンシャルのアシスト、トランスポーテーションなどの必要なアレンジをしたり。また規制や規則に基づいて運営されているので、さまざまな政府関連のオフィスと連絡を取ったり、治療の事務手続きや心のケアなどさまざまな分野に及びます。

 総括すると、私の仕事はレジデントの人権が守られているかどうかを確認することですが、要するにレジデントが気持ちよく生活できるようにしてあげる、ということになります。ナーシングホームに来る高齢者の方というのは、他に選択肢がないから入居してくるわけで、ナーシングホームが自分の家になってしまうのです。ですから「ここは自分の家」だと思える方向に持っていけるように、さまざまな面でサポートしています。


先入観を持たずに、話を聞いてあげる

 ここのレジデントはほとんどが日系人あるいは日本人ですが、看護婦などのスタッフに日本語を話す人は少ないので、コミュニケーションのヘルプをすることもあります。コミュニケーションが取れないことが引き金になって問題になることも少なくありません。そういう時に私が仲裁に入ったり、通訳のようなことをすることもあります。

 ソーシャルワーカーの活動の場は、学校や刑務所などさまざまな場所がありますが、そういう人たちは同じクライアントと毎日会うとは限りません。でも私の場合は、レジデントと毎日顔を合わせます。するとたまには雑談もするし、頼りにもされる。レジテントは私の祖父母くらいの年齢の人なので、名前を覚えられない人も「ジャパニーズ・ヤングボーイ」と頼ってくれます。そうするとやはりうれしいし、それがやりがいでもあるのですが、反対にストレスになることもあります。レジデントと心の交流ができればできるほど、亡くなった時が精神的にきつい。私はおばあちゃんっ子だったので、シニアの仕事に関心を持ったのもそれが影響していると思います。

 私は高校で留学しましたが、いつ留学すればよいかは個人差にもよると思います。ホストファミリーとの生活では学ぶものも多く、日本人も少ないし、私にとってはいい経験でしたが、環境によっては違うこともあるでしょうし、一概に高校留学が良いとは言い切れないと思います。

 アメリカでソーシャルワーカーになろうと思うなら、人種や宗教などいろいろなバックグラウンドの人がいるので、それを受け入れられるような人でないと大変だと思います。またこの仕事には、営業などの仕事と違って売上げを伸ばしたり利益を上げたりということはありません。その辺りで向き不向きが出てくると思います。また先入観を持たずにニュートラルな立場で人の話を聞いてあげられる、ということも大切でしょう。

 日本で就職したことはないので日米の比較はできませんが、アメリカで就職したのは、ここの方が広々として好きだったからです。でも本当はロサンゼルスよりオレゴンの方がのんびりしていて好きなのですが。最近は日本も悪くないかな、と思っているところです。

(2005年2月16日号掲載)