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アメリカで働く(多様な職業のインタビュー集)

現地情報誌「ライトハウス」が長年に渡り連載してきた人気コラム「アメリカで働く」は、アメリカで働く日本人・日系人、100名以上の皆さんへのインタビュー集。業種も、職種も異なる100名以上の皆さんそれぞれにとっての「アメリカで働く」とは?アメリカでの"キャリア"や"仕事"が見えてきます。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

事業用パイロット(サービス・サポート系)

アキコ・カナ・ジョーンズさん

人命を預かっているという自覚で飛ぶ
いつかアフリカの大地を空から見たい


アメリカで夢を実現させた日本人の中から、今回は事業用パイロットのアキコ・カナ・ジョーンズさんをご紹介。アフリカでボランティア活動がしたくて、航空留学でパイロット免許を取得。チーフパイロットなどを経て、今はカタリナ島と本土を結ぶラインパイロットとして充実した日々を過ごしている。


【プロフィール】あきこ・かな・じょーんず■福岡県出身。89年、マイアミのフライトスクールでヘリコプターの自家用免許を取得後、LAで事業用と教官免許を取得。チーフインストラクター、チーフパイロット、チャーターパイロット、ハワイ島での飛行経験を経て、01年、カタリナ島へのフェリー飛行をするアイランドエクスプレス社に勤務。

航空留学のきっかけは、アフリカでの慈善活動

教官時代の仲間と。仕事はとてもハードだった

 20年ほど前、アフリカで飢餓に苦しむ子供たちや、自然破壊で絶滅の危機に瀕している動物たちを救うために、ボランティア活動に参加してアフリカへ行きたいと思っていました。ある日、日本にある非営利団体に問い合わせをしたところ「資格や専門技術が必要」と断られました。そこで短期間で国際的に通用する資格は何か、と思い立ったのがアメリカへの航空留学でした。

 当時は、バブルの影響で航空留学のピークでした。学校も試験官も日本人留学生に慣れていて、「そんなに気前良く免許をくれていいの?」と冗談を言いたくなるほど簡単な試験で、ヘリコプターの自家用免許を2カ月で取りました。でも事業用と教官免許取得はもっと大変で、この時は、さすがに勉強嫌いの私もしっかり勉強しました。免許が取れた後は、アメリカの会社を通じてアフリカへ行こうとも思いましたが、アメリカには軍隊出身や未開地での飛行経験が豊富なパイロットが多く、免許を取り立ての私に簡単に仕事が見つかるわけはありませんでした。

 教官免許取得後、アメリカ人の主人と知り合い、結婚。とにかく地元で経験を積もうと、トーランス空港やロングビーチ空港のフライトスクールで教官を始めました。日本ではバブルがはじけ、日本人留学生を専門にしていたフライトスクールは軒並みつぶれましたが、アメリカでパイロット免許を取りたいという留学生が世界中からやって来ていましたので、仕事はすぐに見つかりました。


父の死をきっかけに、何が幸せかを考えた

同僚たちと。職場で女性パイロットは1人だけ

 96年からは、チャーターの仕事が中心になりました。チャーターフライトをするには、さらにエアタクシーの国家試験が必要で、試験は毎年1回、それぞれ乗る機体別に受けます。97年に1年間、ハワイ島でもチャーター飛行をしました。パイロットにとっては、ハワイ、アラスカ、グランドキャニオンのいずれかで経験を積むのが一般的で、寒いのが苦手な私はハワイを選びました。ちょうどその年まで、キラウエア火山が溶岩を噴き上げていましたので、まさに自然の醍醐味を味わいながら、毎日飛んでいたわけです。天候や地形の過酷な条件の中を飛行することで、その時に身に付いた経験は今も役に立っています。また、ベトナム戦争帰りのベテランパイロットたちと飛んだ経験も、良い思い出です。

 ロサンゼルスではチーフパイロットをしていましたが、この業界は会社の中も外も競争が激しく、ストレスが溜まっていました。その頃、父が他界し、人生を振り返る大きなきっかけとなりました。それまではひたすらゴールへと昇り続けてきましたが、家族や友人との時間を大切にして生きるほうが幸せなのかもしれないと思ったのです。

 そこで01年から、カタリナ島とLAを結ぶアイランドエクスプレス社で仕事を始めました。ここではLAと島を往復するフェリーが主な仕事で、上空から鯨やイルカを見つけてははしゃいでいます。会社はアットホームで、地元の人たちとの触れ合いが多いのも利点です。アフリカまで行かずとも、この土地で自然に親しみ、また仕事とは別にやっている動物救済のボランティアを通して、できることから1つずつ、の精神で行くことにしました。


女性パイロットには、不利な面と有利な面が

 女性パイロットはロサンゼルスでも少なくて、警察や海洋保安を含め10人くらいです。女性パイロットを雇ったことがない会社にとっては冒険になりますから、女性であるということは不利な場合もあるでしょうね。でも実際は、女性の方がヘリコプターの習得は早いとも聞きます。操縦は優しいタッチが必要で、力を入れすぎると上手く行かないからです。またパイロットの体重が軽いと、その分乗客や荷物を多く載せることができますから、会社にとっても女性パイロットは得です。私が勤務する会社も採用するパイロットの体重制限があります。

 アメリカでの飛行訓練は、他国に比べて費用も安く、規制が少ないし、飛行学校や試験官の数が多いですから、免許取得を目指す人には恵まれた環境だと思います。今でもたくさんの航空留学生が日本から来ているようですが、皆さん頑張ってほしいですね。ただ日本より簡単とは言っても国家試験ですから、学校や教官に任せないで自分自身でしっかり勉強していただきたいと思います。免許はお金では買えませんから。また人命を預かる行為であるという自覚を充分に持つこと。狭い世界ですから、この仕事で1番つらいのは、仲間の事故の知らせを聞くことです。

 元気なうちはいつまでも飛び続けたいですね。子供の頃から飛行機の操縦が夢だった主人は、飛行機とヘリコプターの自家用免許を持っています。私は他の目的の手段として免許を取ったのですが、後になって飛ぶ楽しみを発見したわけです。私の仕事に対する主人の理解とサポートには心から感謝しています。いつの日か主人と2人で、アフリカの大地の上を飛び、動物たちが大自然を悠々と横切って行くのを見るのが夢です。そして子供たちに、自然と科学の楽しさを、また1人でも多くの人たちに、空から見た地球の美しさが伝えられたら良いと思っています。

(2005年6月16日号掲載)