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アメリカで働く(多様な職業のインタビュー集)

現地情報誌「ライトハウス」が長年に渡り連載してきた人気コラム「アメリカで働く」は、アメリカで働く日本人・日系人、100名以上の皆さんへのインタビュー集。業種も、職種も異なる100名以上の皆さんそれぞれにとっての「アメリカで働く」とは?アメリカでの"キャリア"や"仕事"が見えてきます。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

宝石鑑定士(サービス・サポート系)

大木志保さん

資格を取得してもそれは始まりに過ぎない
現場を見て接客がすべてだと気がついた


アメリカで夢を実現させた日本人の中から、今回は宝石鑑定士の大木志保さんを紹介しよう。大学時代に宝石店でアルバイトをしたのがきっかけで、鑑定士の資格を取るために渡米。日本では引っ込み思案だった少女が、アメリカでGIAの資格を取得した。現在はサンディエゴの宝石店で活躍中。


【プロフィール】おおき・しほ■1973年生まれ。札幌市出身。北星学園大学英文科卒業後、中央宝石研究所札幌支店の鑑定所に就職するが、鑑定士を目指して97年渡米。翌年、GIA資格を取得し、宝石鑑定士に。以来「ehimepearl」で、細やかなサービスで顧客の信頼を得ている。

両親に背中を押されて、アメリカ留学を決意

顕微鏡を使って慎重に同店の
ダイヤモンドを鑑定する大木さん

 小さな頃から自然の石に魅かれ、石ころを拾っては観察して大事に取っておくような子供でした。大学時代に宝石店でアルバイトをしていた時は、店頭に並ぶ石を見ているだけで幸せで、できあがったジュエリーよりも、石そのものに魅力を感じていました。卒業後は、その宝石店と取引のあった宝石鑑定所に就職しました。鑑定士のアシスタントとして1日300個のダイヤモンドの重量を量る仕事などもありましたが、ラボでの仕事はとても興味深く楽しいもので、独学で勉強するうちに、いつか鑑定士になりたいと思うようになりました。

 母の友人に、GIA(米国宝石学会:Gemological Insti-tute of America)の資格をアメリカで取得して、宝飾関係の仕事をしている方がいたので、GIAの学校のことは中学の時から知っていました。宝石鑑定士はそのころから憧れの職業としていつも頭の隅にありました。

 GIAのGraduate Gem-ologist(G.G.)は、世界中で信頼されている鑑定士の資格です。宝石の鑑定機関はたくさんありますが、GIAの鑑定はとても高く評価され、有名宝石店の中にはGIAの鑑定書付きのダイヤモンドのみを取り扱っているところが数多くあります。またGIAの鑑定士がいる宝石店は、それだけでお客様の信用が得られるという状況です。

 私は生まれも育ちも札幌で、大学時代に1カ月シアトルに短期留学した時も「やっぱり札幌が良い」と思ったほど。何不自由なく過ごせた実家を離れたくなかったのですが、その反面「自立しなければ」という思いも当然ありました。背中を押してくれたのは両親です。「アメリカでGIAの鑑定士資格を取ってみては」との母の言葉は、高校の頃から留学をすすめられても嫌がってばかりの私に、しっかりとした人生の目標を定めてくれました。


GIAの資格だけでは採用してもらえない

「ehimepearl」はにぎやかなファッションバレーの
モールにある。浜田社長と

 アメリカの生活に慣れるために、まず語学学校に5カ月通いました。1人暮らしも初めてで、言葉も何もわからないことばかりで大変でした。さまざまなトラブルにも巻き込まれ、その経験から多くのことを学び、昔からは想像がつかないくらい、たくましく成長できたと思います。

 GIAでは莫大な量の教科書を読み、宿題や試験に追われ、1日のほとんどを顕微鏡に向かうような地味な作業の繰り返しでした。ですが今まで見たこともない石に出会い、手で触り、その特徴を調べて名前を言い当てるという授業は、拾ってきた石を眺めていた子供の頃と同じ幸せな遊びの延長のようで、カラーストーンの授業ではいつもトップの成績でした。

 卒業したばかりの頃は、資格を持っているというだけでこの業界ではどこでも通用するような気になっていましたが、30社ほどに履歴書を送ったものの結果は散々でした。ビザも経験もない私を、採用してくれるところはなかったのです。海外からきていたほとんどの生徒はあきらめて帰国しました。私はアメリカの宝石業界で活躍してみたい、という思いが強かったので、サンディエゴのファッションバレーにある「エヒメパール」に何度も電話をかけて、やっと面接していただくことができました。

 面接の前は同店が主に扱う真珠のことを調べ、面接の後も手紙を出して熱意を伝えました。ダウンタウンからファッションバレーという大きなモールに引越しをしたばかりの成長段階の会社だったので、ようやく「現場を見てみたい」という思いが通じ、仕事が決まった時には、これからこの会社をより良くしていくために自分ができることは何でもしようと、決心しました。

 雑用から始まっても、経験を積むと可能性が広がります。これからアメリカを目指す人も、資格を取ったり大学院を卒業するのは始まりに過ぎないと思ってがんばってほしいですね。私も今までやってきたことで、無駄になったものはありませんので。


宝石に触れる楽しさを、多くの人に伝えたい

 日本では引っ込み思案で、自分が接客するなど考えられませんでしたが、就職して、接客がすべてだと気づきました。「エヒメパール」は開店当初からの長いお付き合いの方が多く、お客様には大変恵まれています。まるで昔からの友人のように感じられます。日本と違って、宝石店を訪れるのはほとんどが男性なので、贈られる相手の性格やライフスタイルなどをお伺いして、その方に1番合う品物をお選びしています。今はほとんどがアメリカ人のお客様なので、これからは日本のお客様にも気軽に来ていただけるお店づくりをしていきたいですね。こちらの方はジーンズに真珠のネックレスを合わせたり、男性が黒真珠のネックレスを付けています。日本の方も冠婚葬祭だけでなく、さりげなくカジュアルに真珠を身につける習慣ができるといいなと思います。

 右も左もわからず言葉も通じなかった8年前からは考えられないほど、今の生活は充実しています。やさしい主人と出会い結婚して、心のゆとりもできたこれからは、私自身が経験してきた宝石の素晴らしさを多くの方に伝えるために、さまざまな石の魅力をまとめた本を書いてみたいと思っています。