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アメリカで働く(多様な職業のインタビュー集)

現地情報誌「ライトハウス」が長年に渡り連載してきた人気コラム「アメリカで働く」は、アメリカで働く日本人・日系人、100名以上の皆さんへのインタビュー集。業種も、職種も異なる100名以上の皆さんそれぞれにとっての「アメリカで働く」とは?アメリカでの"キャリア"や"仕事"が見えてきます。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

エフェクト・テクニカルディレクター(クリエイティブ系)

岡野秀樹さん

CG業界はすごい勢いで進化しているので
スペシャリストと仕事すると勉強になる


アメリカで夢を実現させた日本人の中から、今回はエフェクト・テクニカルディレクターの岡野秀樹さんを紹介しよう。美大在学中にCGに興味を持ち、CG会社に就職。人生の分岐点で人と違う道を選んでいたら、アメリカのCG会社に就職することに。現在は主にハリウッド映画のCGを手掛けている。


【プロフィール】おかの・ひでき■1963年生まれ。広島県出身。87年、多摩美術大学を卒業後、日本最古のCG会社JCGLに就職。翌年富士通に移籍し、花博のプロジェクト終了後、ポリゴンピクチュアズに移籍、その後フリーに。97年、アメリカの古参CG会社リズム&ヒューズに就職するために渡米。代表作に『ソルジャー』『ザ・リング2』などがある。
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将来性を見込んでCG会社に就職

映画『ザ・リング2』も岡野さんが手がけた作品
© 2005 Dreamworks SKG

 多摩美術大学でグラフィックデザインを勉強していた時、立体的に見えるホログラフィーにも興味があり、ハイテックアート展に作品を応募したりしていたのですが、ある日その会場で、コンピューターグラフィックス(CG)の専門学校のパンフレットを見つけたのです。ちょうどCGが産業として始まった頃だったので興味を持ち、夜はその学校に通うようになりました。当時はコンピューターを持っている人は少なく、私も専門学校に行くまでキーボードを触ったこともなかったので、最初は時間がかかりました。

 卒業後は、日本最古のCG会社であるJCGLに就職しました。CGは将来的に大きな産業になると思ったからですが、まさか今のように映画を作るほどになるとは思ってもみませんでした。仕事はかなりの重労働で、朝6時まで仕事してまた8時から始める、というような日もありました。それでも若かったし、仕事も楽しかったのですが、JCGLの親会社の意向で、私が入社して1年で会社を畳むことになったのです。その時、スタッフと機材を引き取ろうというナムコと、大阪で開催される花博用に映像のプロが欲しいという富士通の2社が名乗りを上げてくれました。ほとんどの社員はナムコに行きましたが、私は子供の頃から人と違うことがしたいタイプだったので、富士通を選びました。

 花博用の世界初のフルカラー立体ドーム映像の製作に関わり、それが終わると退社しました。プロジェクトベースで就職したわけではなく、正社員として雇用されたのですが、富士通は社員が5万人もいる大きな会社で、私には合いませんでした。


バブルがはじけて、アメリカのCG会社へ

同僚のブライアン・ベルさんと。彼は『ザ・リング2』の
ライティング・テクニカルディレクター

 その頃、「アメリカに負けないCGを日本で作りたい」という夢があって、その時声をかけてくれたのがポリゴンピクチュアズを作った当時の社長、河原氏でした。「受注は受けない、企画を立てて売り込む」という商売をしていた、業界では名物社長だったのですが、「『マイケル・ジャクソンと踊る恐竜』を作らないか」と誘われて、そちらに移りました。実際に踊る恐竜のデモリールも作ったんですよ。「マイケルに直接売り込もう」とか言って、楽しかったですね。

 他にもテレビ局の番組タイトルやドラマのCG製作を手掛けましたが、どうしても日本はマーケットが小さい。その頃アメリカでは、映画『アビス』や『ジュラシックパーク』などでCGが使われ始め、段々と日米の差が大きく開いてきました。

 その後、フリーランスになってCMなどを作っていましたが、バブルがはじけた影響で、日本でフリーランスを続ける将来性に対する疑問と、マーケットとして大きくなったアメリカで映画のCGがやりたいという気持ちが大きくなりました。いくつかのアメリカの会社にコンタクトを取っていたところ、それを知ったCG会社リズム&ヒューズが「デモリールを送ってみないか」と声をかけてくれました。ポリゴンがリズム&ヒューズの創設者と交流があった関係で、リズム&ヒューズの社長とも会ったことがあったのです。それでデモリールを送ったところ採用になり、97年に渡米しました。


アメリカでの就職は大学の学位が重要

 アメリカには高校と大学の時に短期留学をしたことがあり、楽しい思い出がありました。仕事面でもCGは日米で同じ機材やソフトを使うため、技術的な壁はありません。ただ日本とは仕事のやり方が違います。アメリカはスペシャリストの世界なので、自分でできることでもスペシャリストに頼らなくてはなりません。今は慣れましたが、最初はこれでイライラしました。でもCG業界はすごい勢いで進化しているので、すべてを実践レベルで理解するのは困難です。スペシャリストと一緒に仕事ができるのは、自分にとっても良い勉強になります。

 あとは言葉の問題です。アートディレクターは欲しいイメージを形容するのですが、それを把握するのが難しい。でもこれは日本人だからという問題だけではなく、「アートディレクターの言っていることが理解できない」と辞めたアメリカ人もいます。

 1つの仕事に与えられる時間はたっぷりあるので、その点では日本と比較したら天国です。最初に手掛けた作品は、『スピード2』。その後『キャットしてハット』『X2』などを手掛け、今は『スーパーマン:リターンズ』に取り組んでいます。

 他の国に比べると、日本の若い人はあまり来ていないような気がします。私の知る限り、韓国などと比べると明らかに少ない。映像関係は、日本語だと日本でしか売れないのでマーケットは小さいのですが、日本は豊かな国なので、アメリカに来る必要性を感じないということでしょうか。

 アメリカで仕事がしたいと希望しているなら、日本でもアメリカでもいいから、とにかく大学を出ることが大切です。アメリカは実力社会だと思い込んでいる人が多いのですが、実は意外と学歴重視の社会です。大学の学位がないと、まずビザの取得が難しい。すでに社会人で渡米するなら、元の上司の推薦状が必要になってくるので、会社を辞める際は円満退社を心掛けた方がいいですね。

(2005年8月1日号掲載)