働く
JOB

アメリカで働く(多様な職業のインタビュー集)

現地情報誌「ライトハウス」が長年に渡り連載してきた人気コラム「アメリカで働く」は、アメリカで働く日本人・日系人、100名以上の皆さんへのインタビュー集。業種も、職種も異なる100名以上の皆さんそれぞれにとっての「アメリカで働く」とは?アメリカでの"キャリア"や"仕事"が見えてきます。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

会計士(その他専門職)

竪川智恵子さん

日本で仕事をしながら独学で会計士の勉強
コネがなくてもアタックすれば道が開ける


アメリカで夢を実現させた日本人の中から、今回は会計士の竪川智恵子さんを紹介しよう。アメリカで大学を卒業した後、帰国して日本でキャリアを積んでいる間に、会計に興味を持ち、独学で資格を取得。現在はトーランスの手島会計事務所で、主に日系企業のコンサルティングを担当している。


【プロフィール】たてかわ・ちえこ■1963年生まれ。東京都出身。85年、日本経済短期大学(現・亜細亜大学短期大学部)を卒業後、留学のため渡米。90年、サンフランシスコ州立大学卒業。帰国後、高島屋に就職し、宣伝企画を担当。03年、カリフォルニア州のCPA試験に合格後、手島会計事務所に就職。現在は日系企業を主に担当している。
キャリアインフォメーションはこちら

留学後は日本の百貨店でキャリア

 学生時代から経営学に興味があり、日本経済短期大学を卒業した後、ビジネスマーケティングの勉強をするために渡米しました。短大時代にワシントン州のベリンハムという小さな街に、2カ月短期留学したことがあったのですが、楽しい思い出もありアメリカは好きでしたし、またビジネスの勉強をするならやはりグローバルなことが学べるアメリカで、という思いもありました。

 日本の短大で取った単位をすべてアメリカの大学にトランスファーできなかったので、最初はコミュニティーカレッジで一般教養を勉強し、その後サンフランシスコ州立大学にトランスファーしました。大学ではインターナショナルビジネスを専攻し、マーケティングを中心に勉強しました。90年にサンフランシスコ地震がありました。私は特に被害を受けなかったものの、それが卒業後は日本に帰ろうと思うきっかけになりました。またその頃日本はちょうどバブルで、多くの日本の企業が留学生向けにリクルートに来ていたのです。それでアメリカ滞在中に、東京の高島屋に就職を決めてから帰国しました。

 百貨店では、企画宣伝や広告、プロモーションを担当し、各企業とのタイアップを企画したり、いろいろな経験ができて、とても充実した毎日でした。そこで8年経験を積んだ後、新しく新宿店がオープンして、そちらに移動になりました。新宿店では最初は婦人服の担当でしたが、そのうち営業統括部に配属されました。営業統括部は企画が中心で、メーカーとの商品のプロモーションなどが主な仕事です。でも1人しかいなかったので、人事、経理など、すべてをこなしていました。この部署での仕事は、予算管理、在庫管理、改装のプラニング、経費管理など、数字的な管理が多かったので、次第に会計の力をつけたいと思うようになったのです。


勉強するうちに会計にハマッた

 それで日本で会計の勉強を始めました。といっても学校に通ったわけではなく、アメリカで会計士の勉強をする人が使う『ワイリー』という参考書を使い、独学で勉強しました。すると面白くて、どんどんハマッていきました。大学時代にブックキーピングの経験もあり、もともと商法は得意な学科だったのですね。

 日本の会計士資格ではなく、アメリカの会計士資格を選んだのは、サンフランシスコ州立大学で取得した単位が、アメリカの資格取得条件を満たしていたからです。日本で資格を取ろうとすると、日本の大学を卒業していなければなりません。どうせ勉強するならライセンスを取りたいと思い、ライセンスを取るなら、条件の合ったカリフォルニア州の資格を取ろうと思いました。

 また日本での私の仕事の1つに、さまざまな企業の方とお会いしてプロモーションのご相談に乗るなど、コンサルタント的な仕事がありました。それが会計の勉強を続けるうちに、会計士の立場としてコンサルテーションをしたいと思うようになったのです。会計の問題というのは、多くの企業が抱えている問題でした。

 それで日本で仕事を続けながら、いくつかのカリフォルニアの会計事務所にレジュメを送ってみました。私は百貨店の仕事も好きだったので、特に転職したいと願っていたわけでもなく、「返事が来たら考えよう」という気持ちでした。すると2つの事務所から返事が来たのです。そのうちの1つが手島会計事務所でした。

 実は、昔アメリカに住んでいた親戚が、手島会計事務所にお世話になっていたのです。事務所とのやり取りは私がしていたのですが、そんな縁もあってレジュメを送っていたのです。


ライセンス取得がゴールではない

 2002年の5月中旬に、CPAの科目試験をパサデナで受け、帰国したらインタビューの通知が事務所から届いていました。それで夏にもう1度インタビューを受けるためにカリフォルニアに来て、秋にはビザが取れたので、翌年の1月、今度は就職するために再渡米しました。

 ところが1月といえば、タックスシーズンの真っ最中です。最初の仕事が、「IRS(Internal Revenue Service)に電話して話を聞いて」だったのですが、相手の訛りが強くて英語がわかりにくく、本当に最初は大変でした。CPAの試験には受かっているのですが、資格を得るためには実習期間が必要で、今は言ってみれば医師ライセンスを取る前のインターンみたいな状態です。

 社長のケン・テシマは日系3世で、日本語はほとんど話しません。日本語を話すのは私を含め2人です。今後は昨年から始めた日本人顧客へのサービスを広げたいですね。多くの日本人のお役に立てれば、と思っています。

 これからアメリカを目指している人は、何になりたくて、何をしたいかという目標をきちんと設定することが必要だと思います。CPAとして仕事をしていくには経験が必要になります。ライセンス取得がゴールではありません。でも私もコネもなかったのにアタックして道が開けたので、可能性はゼロではありませんから、あきらめずに挑戦してほしいと思います。

(2005年8月16日号掲載)