アメリカで働く・学ぶ

アメリカで働く

なごむ居心地のいい空間を提供したい
カリフォルニアはデザインの原動力

インテリアデザイナー マーク伊東さんの場合

アメリカで夢を実現させた人の中から、今回はインテリアデザイナーのマーク伊東さんをご紹介。サーフィン好きの青年だった27歳で新たな可能性を求めて渡米、デザインの面白さと出会う。現在は、日本とアメリカを中心に、有名ホテルから住宅まで幅広いプロジェクトを手がけている。

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まーく・いとう■1958年生まれ。東京都出身。日本大学理工学部卒。85年に渡米、86年、アートセンター・カレッジ・オブ・デザインに入学。89年卒業と同時に、バリー・デザイン・アソシエーツに入社、有名ホテルなどのプロジェクトを手がける。91年、プロジェクト・ディレクターに。96年に独立しM. Ito Designを設立。

夢からそれた人生、アメリカで方向転換

アートセンター・カレッジの同窓会にて、
ヨーロッパで活躍する友人たちと

 実家は工務店でしたので、子供の頃から親しみのある建築関係の仕事に就くつもりでした。ところが、大学では土木を学びました。高校生の時は、土木も建築も同じようなものだろうと思っていたのです。大学に入ってから2つが別のものなのに気づきました(笑)。

 大学卒業後は、橋梁、空港など大規模工事の基礎部分を扱う設計事務所に入りました。それはそれで面白さはあるのですが、何か自分のやりたいものと違うという気がしてきました。でも、今から20年前の日本では、社会人になってから再び大学に入る人はほとんどおらず、やり直しがききにくい雰囲気でした。

 思い切ってアメリカで再出発することにしました。27歳の時です。当時サーフィンをやっていたので、サーフィンの盛んなカリフォルニアに憧れていましたし、アメリカのデザインにも興味がありました。まず、カリフォルニア大学サンタバーバラ校で付属の語学学校に通いながら、一般公開されているアートのクラスをとりました。

 そこでクラスの講師から「君はインテリアデザインに興味があるのではないか。パサデナのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインに行ってみたらどうだ」とすすめられたのです。日本の美大に入るのは、すごく難しいでしょう? 今から自分にはアート関係は無理だろうと、半信半疑の気持ちで行ってみました。ところが、話を聞くと、夜の一般公開クラスで基礎の勉強をすれば入学が可能だというのです。これはチャンスだ、やってみようと思いました。車で片道2時間かかりましたが、通い始めて半年後に合格しました。試験は作品を提出しただけです。

睡眠は2、3時間。生徒同士で切磋琢磨

ホテル日航東京のプレジデンシャルスイートも
伊東さんがデザイン

 工業デザイン学部環境デザイン学科に入りました。授業は厳しいのひと言ですね。卒業できるのは入学者の3分の1程度。作品作りやデッサンなどの課題に追われて睡眠時間が2、3時間というのはざら。授業に遅刻すれば教室から締め出されて単位が取れない。おまけに私には言葉のハンデがありました。

 でも、最短の2年7カ月で卒業できました。日本の大学や会社での経験はまったくの別分野ではないので役立ちましたし、日本できつい仕事をこなしたので精神的にも肉体的にも慣れていたのでしょう。授業を楽しめたのは何よりも大きかったですね。世界中からやる気と自分の感性を持った学生が集まっていたので、お互いに刺激し合い、切磋琢磨できました。あんなに楽しい時間というのは他にはありませんね。

 厳しい関門をくぐり抜けるだけあって、アートセンターの卒業生は就職先に困らないようです。私は、ホテルデザインで有名なバリー・デザイン・アソシエイツに入りました。社長が大学のOBということで知り合い、就職のことで相談したら、「君は何をやりたいのか?」「いろいろ幅広くやってみたいですね」「それじゃ、ホテルは住宅からレストランまでいろいろな要素が入っていて君の希望に適うじゃないか。うちに来ないか」と言われ、決まりました。

初日から一人前扱い。住み方提案デザイン

 出社の初日、いきなり資料を渡されてデザインを頼まれました。タイ・プーケット島のシェラトン・グランデのロビーです。すぐに一人前のデザイナーとして扱ってくれたたのですね。入社して2年後には、プロジェクトの責任者にあたるプロジェクト・ディレクターになりました。

 インテリアデザインは、たとえばホテルの部屋の場合、まずホテルを遠くから見てどんな印象を持ち、近づいてロビーに入りどう感じるか、というように使う人の立場になりきります。インテリアデザインの面白いのは、使う人に対して住み方や生活の仕方を提案できることです。建物の現場に立って、どんなふうに使ってもらおうかと想像しながらデザインのアイデアを考えるのは楽しいですね。なごみ、やさしい気持ちになれる空間を提供できたらと思っています。

 自分が手がけたホテルなどのプロジェクトがオープンにこぎつけ、デザイナーとしてひと通り経験したので、そろそろかなと思い、96年に独立しました。それまでならばデザインだけに集中できたのが、会社としての経営も考えなければなりません。会社の看板がなくなって、仕事を取りにくくなったのも確かです。独立してからの仕事が評価され、依頼が来るまでは苦労しました。でも、自分で自由にデザインできるようになったのは何よりもうれしいですよ。

 日本関係の仕事が多かったのですが、日本に戻ることは考えなかったですね。こちらに住んでいることが私のデザインの原動力になり、持ち味の明るい光や色、ボリューム感が生まれると思っています。今後はアメリカの仕事も増やすつもりです。大学時代のアメリカ人の友人をパートナーに迎える予定で、アメリカ国内の仕事の幅が広がると思います。また、インテリアをもっとトータルに扱えるように家具のデザインにも取り組んでいくつもりです。

 これからアメリカで夢を追う人には、考える中でベストの教育や職場を選んでほしいですね。アメリカでは妥協しなければ、門戸は開かれていると思います。

(2005年10月1日号掲載)

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