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アメリカで働く(多様な職業のインタビュー集)

現地情報誌「ライトハウス」が長年に渡り連載してきた人気コラム「アメリカで働く」は、アメリカで働く日本人・日系人、100名以上の皆さんへのインタビュー集。業種も、職種も異なる100名以上の皆さんそれぞれにとっての「アメリカで働く」とは?アメリカでの"キャリア"や"仕事"が見えてきます。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

ピアノ調律師(サービス・サポート系)

中島泰浩さん

耳が慣れると、ズレにどんどん気づく
パーフェクトってないんですよ


自動車の整備士から貿易の仕事を経て、ピアノの調律という異分野に飛び込んだ中島泰浩さん。師匠の厳しい指導を受けながら、ノウハウをゼロから学んで独立し、活躍している。


【プロフィール】なかしま・やすひろ■熊本県出身。東海大学に在学中、オートバイによる世界1周に憧れ、本田技研で働き、資金を貯める。1987年に渡米後、デイトナビーチのアメリカン・モーターサイクル・インスティチュートに留学。カリフォルニアに移住後、自動車修理会社、貿易会社に勤務後、ピアノ修理・調律工房で調律の技術を学ぶ。2004年、調律師として独立。

目の前にあったから
とりあえずやってみた

バイクで世界1周に憧れ、各地をツーリング

 日本で大学に進学したんですが、ちょっと難しくて勉強に付いて行けませんでした。この先、どうしたらいいかなと考えていた時に、本屋さんでオートバイで世界1周する本を読み、それでアメリカに行ってみようと思ったのが、渡米のきっかけです。留学資金を貯めるために、すぐにホンダでの就職を決めました。当初の予定通り、がむしゃらに5年間働いてお金を貯め、1987年にアメリカに来ました。

 まず、フロリダのオートバイの整備学校に5カ月間通いました。それでお金をほとんど使い果たしてしまい、永住権を取ろうと思い、カリフォルニアに移って来ました。バイク屋さんで仕事を探したんですけど、永住権がないので、なかなかどこにも雇ってもらえません。それで最初はレストランで働いて、そこにいたウェイトレスに紹介してもらって、車の修理屋さんで働き始めました。そして、そこで永住権を取らせていただきました。

 その後、貿易会社の仕事に就いたのですが、それは本当に生活のためだけでした、特に何がしたいというわけではなく。ついつい長居しまして、10年くらい経ってしまい、自分ももう40。あっという間でしたね。今思うと、結構もったいないことをしたと思います。

 バブルが弾けて、貿易の仕事もそのまま続けられないような、居づらい状況になりました。それで、そこを辞めたものの、半年間、何をしていいのか、まったくわからなかったですね。で、たまたまピアノのリビルトショップを見に行く機会がありまして、そこで調律師の仕事振りを見て、やってみようかなと思ったのが、この仕事を始めたきっかけですね。

 だから音楽のバックグラウンドは、まったくなかったです。ピアノの中身がどういう構造になっているかなんて、全然知らなかったし。ただ、仕事場が地下室で、変わっていたので。何となく『フラッシュ・ダンス』のようで、ちょっと興味を引かれたんですね。特にこれがしたいというものがなかったので、とりあえず目の前にあるからやってみようって(笑)。ただ、実際働いてみると、地下室に1日中閉じ込められてるみたいで、結構辛かった。

 その工房は、弟子入り制と聞いたので、師匠に履歴書を持って会いに行きました。かなりキツいアメリカ人でしたけど、言葉のわからない私に、よく教えてくれたなと思います。口は悪かったけど、誰でも拒まず使ってくれる人でした。でも、「わからなかったら聞けよ」と言うのに、聞くと怒るような人(笑)。日本の職人さんのような感じですね。


作業は楽になるが
調律は難しくなる

部屋にある練習用のピアノで、いつも訓練する

 実際に調律を始めたのは、弟子入りしてしばらく経ってから。最初はユニゾンですね。1つのキーに弦が1本から3本あるんです。その3本を同じテンションに張らないと、ビートが出てしまうんですね、「ウワン、ウワン」といった。それをなくす練習が1番初めでした。

 3本がずれているかどうかさえ、わからなかったですね。でも、聴いているうちに、最初は「きれいにできた」と思っていたのが、実は合っていない、揃っていないというのが、わかってきます。作業自体は楽になって行くんだけど、耳が慣れてくると、ズレにどんどん気づくようになるから、調律は難しくなって行きます。師匠は、私の調律が間違っていると、隣の部屋で仕事をしていても、走って来て、「何やってるんだ!」って、怒って来ました(笑)。

 調律をやっていて難しいと思うのは、理想的なピアノっていうのがほとんどないこと。パーフェクトってないんですよ。だからどこで妥協して、どことどこに合わせてっていう作業です。


自分が集中していく
過程が面白い

 師匠の店を辞めて独立した後は、学校のピアノ調律師の仕事を紹介してもらいました。でもその収入だけだと、かなり苦しい時もありました。今は、ピアノのディーラーと学校だけですが、コンサートホールなどでの仕事が増えるとうれしいですね。行く行くは、有名ピアニストの調律をやってみたいですよね。コンサートで。

 そのためには経験が必要ですが、経験を積むと、弾き手の要望に応えられるようになりますね。でも、そのレベルでは、音だけじゃなくて、キーの感触が違うというようなことが問題になることもあります。コンサートなどになれば、より高いレベルの技術が必要となります。音だけじゃどうしようもないです。私は、まだまだそのレベルまで行っていませんね。

 調律は実際やっていて楽しいですよ。ビートを聞きながら合わせていくことが、パズルみたいで。解決して当たり前なんですけど、ピアノ1台1台でその感覚がまったく違います。とにかく仕事をしていて、自分が集中していく過程が、面白いんですよ。

 調律師は、日本だと若いうちから始めないとダメだし、精神的に落ち着いていないといけないと聞いたことがあります。私は、日本だったら学校に入ることもできないんじゃないですか。アメリカだから簡単に始められたっていうのはありますね。弟子入りして教えてもらうっていうのは、日本では難しいのではないでしょうか。

 調律師を目指そうと思うんだったら、とにかくやってみたらいいでしょう。私は、今まで他の仕事も中途半端でした。それで師匠に、「やり始めたんだから、続けろよ」って言われたことがあります。最近、調律師としてうまく行くようになって、余計にその言葉をよく思い出します。

(2007年4月1日号掲載)